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セカイ ノ コトワリ  作者: 冬ノゆうき
32/35

to_date('2028/05/14 16:20:00') location = '兵庫県 姫路 小富士山山腹';

 玉藻がスティングレーの熱線を防いでから30分弱が過ぎ、今朝から続いている戦いが大きく動き出した。

 玉藻が空中に描いた巨大術文様は姫路要塞の各所の士気を大いに高めることになった。

 戦闘開始当初から世界敵に対して優勢に戦いを進め、最外郭の要塞壁どころか、その外側の水量の少ない市川すら渡らせない善戦を続けていた北方の第13師団。

 それとは対照的に要塞壁の一部では世界敵の取り付きを許し始めるなど苦戦が続いていた南方の第31師団。

 その両師団から玉藻の術文様はしっかりと見えた。

 そして止むことのない喝采が続いていた。

 それはさらにスティングレー撃退のために飛び立った玉藻達の姿を見て、最高潮に達した。

 優勢に戦いを進めていた第13師団はもちろん、苦戦していた第31師団にもだ。

 もともと第31師団は世界敵との戦いの経験が少ない者達ばかりで編成されていた。過去最大の激戦だった3年前の『大阪防衛戦』すらも経験した者はほとんどいない。ましてや玉藻クラスの人外種の戦いを生で見るのが初めての者がほとんどだった。

 それが逆に良い方へと影響を与えたようだ。

 ようするに直に見る初めての玉藻の勇姿に激しく感動し、感激し、衝撃を受けたのだ。

 その第31師団は玉藻が飛び立ったのと合わせて、一気に攻勢に転じた。

 それは玉藻のおかげでもあるが、さらに絶妙なタイミングで前線指揮を執り始めた鬼瓦ゲンカイのおかげだった。

 ゲンカイが指揮して要塞壁に取り付いていた世界敵を駆逐すると、そのまま鬼族を先陣に、第31師団が予備兵力も含めて全面攻勢に入る。

 兵力では世界敵の方がまだ圧倒的に上回っている中での攻勢は、逆襲にあった場合に継戦能力すら失いかねない危険な賭けだった。

 しかしダイダラボッチを撃退するには、九尾ノ玉藻の熱線防御と、鬼瓦ゲンカイの前線指揮で全軍の士気が高まっている今しかないのも事実だった。

 先陣を切る鬼瓦ゲンカイと鬼族に続くように、抑え込まれていた姫路要塞南方戦線が一気に市川の対岸まで押し上げられた。

 しかも戦線の押し上げはジワジワとだが止まらない。

 そして攻勢に転じて20分ほどで先鋒を駆けるゲンカイ率いる鬼族の一部隊がついにダイダラボッチの足下にまで到達した。

 ダイダラボッチの足部への攻撃が始まる。

 人外種達の火炎妖術、水流妖術、体術による打撃、重火器による銃撃が絶え間なくダイダラボッチの足にくわえられる。

 さらに要塞からの野砲および戦車砲の砲弾が上半身に叩き込まれていく。それは僅かずつだがダイダラボッチの身体を削っていった。

 対してダイダラボッチの動きはとても緩慢で鈍い。

 どうやらスティングレーの熱線をぶつけられたダイダラボッチは予想以上に重傷だったようだ。熱線に焼かれた方の腕はまったく動かなくなっていた。

 しかも半身を気持ち引きずるように移動するようになっていて、攻撃に移る動作もいつも以上にゆっくりとして遅いのは、誰の目から見ても明らかだった。

 小富士山から観ているオレにもその様子はよくわかった。

 そしてオレの隣にいる小鬼にも―――


「なんで!なんで待機なわけ!!」

 戦場を眺めているオレの腕を無理矢理引っ張って自分の方に向かせるや否や食って掛かってきた。

 彼女が不平を言っているのはつい先ほど中隊麾下の全部隊に通達された『指示あるまで現在地で待機。交戦は極力避けるように』という命令に対してである。

「ねぇ未知斗!何でよ!」

「何でって……」

 別にオレが命令を出したわけじゃないから、オレに問い詰めてこられても困る。

 まあ、上層部が何故待機を命じたのかの理由は予想できるけど。

「ここで一気に攻めれば――」

「一気には無理だろうな」

「……何でよ」

 ギロッと下から睨みつけてくる。

「そう怒るなって。確かにミライの言うように今は攻勢で押してるけど、いつかは攻勢限界点に達する。何せ世界敵の方がこちらよりも遙かに多い兵力だからな。しかも世界敵には士気が無い。疲労も感じない。味方がどんなに倒されようと、士気が崩壊しての潰走という事が起きない。これはなかなか簡単には決着がつかないものさ」

「だ、だからって何で待機なのよぉー」

「たぶん、第31師団の攻勢限界が訪れた時の世界敵の逆襲に備えてだろうな。第31師団の戦線が伸びきって、逆に突破されそうになったところで強襲部隊を投入。世界敵の反撃速度を抑えて戦線が急に崩れたりしないようにする。オレ達はその強襲部隊用に温存ってわけさ」

「むー……なるほど……」

 難しい顔のままだ。

 内心は面白くないのだろうけど、納得はしてくれたみたいだ。

 とりあえず近場の朽ち木にどかっと腰を下ろした。

 いくら待機中、しかも世界敵が第31師団の攻勢に掛かりっきりで第1連隊のいる仁寿山、小富士山には見向きもしなくなっていたとはいえ、警戒は怠らない。

 流華とリトに周辺警戒を指示する。

 愛と緑田沼には不足物資の確認をさせた。ふて腐れているミライにも指示した。命令なので渋々従っている。

 オレも彼女の隣りに座って残りの弾薬の数と消費弾薬を比べ始める。

 ミライは携帯食料を数えていたが、もともとたいした量を持ち合わせていない。すぐに手持ちぶたさになって、今はぼぉーっと戦場から流れてくる音を聞いているみたいだ。

「ねぇ……未知斗」

 唐突にその戦場の音に消されてしまうぐらい小さな声でオレを呼ぶ。

「ん?」

「この戦い、勝てるよね?」

「……さぁな」

「さ、さぁなって……勝てないと思ってるの!?」

「もちろんそんな事は思ってない。スティングレーとダイダラボッチをどうにか出来れば姫路要塞を守りぬくことは可能だと思うぜ」

「じゃあ勝てるじゃない」

 このミライの簡単思考が時には羨ましい。

「まあ、そういう意味では勝ちだけど、今回は姫路要塞を守りぬけたとして、次も守れるかどうかはわからないだろ?」

「はぁ?そんなのは次に攻めてきたときに考えればいいじゃない?」

 そりゃそうかもしれないが……今から考えておかないと手遅れなこともあるだろう。

 そういうことに限って、手遅れになってから気がついたりするのだけど。

「……ったく」

 少し呆れて目をつむったところ、目の回りに違和感を感じる。

 ミライがのぞき込んできてオレの眉間あたりを指で撫でていた。

「眉間にシワが寄ってるよ?」

 ……目潰しされるのかと思った。

「リラックスしないといざって時に動けないぞ」

「あ、ああ……サンキュな」

「どういたしまして」

 ミライがニコッと微笑む。

 ……ヤバイ。今のは少しだけドキッとしたぞ。

「……」

「……」

 どうも斜め後ろの方から刺すような視線を複数感じる。

 まあ、複数も何も愛と流華なのだけど――

「……どうした?2人とも」

「イチャイチャ」

 ぶぅぅぅぅ!!?

「確かにいつになくイチャイチャしています」

 な、なにを言ってるのかな?愛も流華も。

「な、ななななな!してないよっ!!」

 オレ以上に動揺したミライが叫んだ。

「そうでしょうか?仲が良いのはいつもの事ですが、今朝からはさらに心も体も互いに接近しています。昨夜、何かあったのではないでしょうか?」

「やっぱり?」

「だ、だから!そそそんな!な、なにもないよ!」

「大丈夫。兄様と姉様はお似合い」

「だ~か~ら~姉様よぶなぁぁぁ~」

 ミライが睨んでも、愛はまったく堪えた様子も無く続ける。

「ミライは私が妹じゃ嫌?」

「うっ………その言い方は卑怯だぞ」

「私はミライが姉様になってくれたらとても嬉しい」

「だ、だから、そういう台詞は卑怯だ」

「愛さん。心配しなくてもミライは照れているだけです。本当は愛さんみたいな妹ができて心底嬉しいはずです」

 これまた珍しいことに流華が冗談を言ってる。やはり疲れが溜まっているのだろうか?

 ……って、冗談言ってるんだよな?

「……」

「うん。わかってる」

 愛は冗談ではなく、本気で頷いているんだろうな………

「姉様。心配しなくても大丈夫」

「えっと……何が?……というか姉様はやめてって――」

「私は理解ある小姑」

「こ、小姑って!?そこまではまだ進展してないってば!!」

 流華と愛が顔を見合わせる。

「な、なによ?」

「……まだ?」

「へ?」

「『まだ』という事は、そのうちそう言う事になる。ということですね。よかったですね。愛さん」

「うん。いつでも小姑になる準備はできてる。だから姉様安心して」

 愛がうんうん頷きながら言う。本当に嬉しそうだな愛のやつ………

 対してミライの方は俯いたまま動かなくなった。

 いや、肩が小刻みに震えている。

「………」

「姉様?」

「ぐっ……」

「『ぐっ』?……姉様、お腹が痛いの?」

「……」

「姉様?」

「ぐ……ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 突然ゴリラのように両手を突き上げて叫びだした。

 どうやら心の許容量を超えたようだ。

 オレは2人に飛びかかろうとするミライの頭を寸前で押さえつける。

「なっ!?」

「ちょっと静かにしろ」

「な、なにぃぃぃ!?」

「なにぃ?じゃない。世界敵がこっちに気づくだろう。不必要に敵を集めるな」

「うっ……ぐ……」

 振り上げた拳が2人でなく、止めに入ったオレに振り下ろされそうになったが、一応説得が通じたようで拳は渋々納められた。

 ミライは苦々しげに2人を睨むだけで我慢してくれたみたいだ。

 当の2人は何食わぬ顔で明後日の方を見ている。

 ミライにちょっかい出すのはいいけど、後始末までちゃんとしてくれよな……まったく。

 ふとミライの視線が鋭いままでオレに移る。

「……おい」

「ん?」

「いつまで頭に手を乗っけてるつもり……」

「あ、ああ。わりぃ」

「……ふん」

 頭から手をどかせると、頬を膨らませながら腕を組みそっぽを向く。それでも大人しく待機はしてくれるようで、オレの隣でジッと立っていた。


 そのまましばらくすると、他の小隊も続々と集結し始める。

 オレは他の小隊隊長らに提案して、見張りを各小隊でローテーションで立てるようにしようと提案した。

 お互いに見張りを立てあった方が見張りの数を減らせて効率がよい。休憩できる隊員も増える。

 各隊長も賛成してくれた。

 そして見張りを受け持つ順番を隊長らと決めていると――


「ミライ様!」

「姫様!」

 何やら待機中のミライの周りに男達が群がり始めている。

 しかもどの男もオレ以上の長身かつ筋骨隆々の大男ばかりだ。

 いや、2人だけ女性が混じっている。ただその女性もスラッとした長身のスタイルの良い子らばかりだ。

 あともう1つミライを囲む人々に共通点があった。

 皆、頭に立派な角を生やした鬼族の者達だった。

「お身体は大丈夫ですか?」

「お怪我などされてないでしょうか?」

「おい。ミライ様が世界敵相手に遅れを取るわけないだろが」

「し、失礼しました!」

 ミライが確認できないぐらいの人集りから賑やかな声が漏れている。

「問題ない。お前達も大事ないか?」

「はっ!!若頭領の仇を討つまでは死ぬわけには参りません!!」

 ミライが他の鬼族の隊員達から何やら挨拶を受けている。

 小鬼のミライを取り囲むようにして、180cmを越える背丈をした大人の鬼達20人ばかりが低頭に礼をしている光景は何やら奇異に見える。しかしそれだけに鬼族の中で鬼瓦家の格はとても高いと言うことだろう。

 それに加えて鬼瓦家の若い者は軒並み、世界敵との戦いで命を落としており、彼女は数少ない次代の頭領候補というわけだ。そこら辺もあって彼女への扱いは格別に丁寧なのかも知れない。


 しばらくして一通り挨拶は終わったようだ。

 鬼達はオレにも丁寧に敬礼をして解散していく。

 ようやく解放されたミライがオレ達の方に戻ってきた。

「ふぅ~……疲れるわぁ~」

「すごいな。みんなミライの事をお姫様みたいに扱って」

「ホント……みんな、ボクみたいな小娘にヘコヘコ頭下げて、悔しくないのかねぇ?あ、今の『小娘』って言うのはボクの背が低いからじゃなくて、若いって意味だからね。勘違いしないでよ」

 いや、わざわざ言わなくても分かってる。そもそも勘違いも何も背が低いのは事実だ。

「兄様。婿に行くのも結構玉の輿?」

「なっ!?あ、愛っち!?」

「……愛。何処でそう言う言葉覚えてくるんだ?」

「?」

 愛は何故オレ達が絶句しているのかわからないといった感じで小首を傾げてから、ミライを指さす。

「ミライお前か?愛に色々変な単語教えてるのは?」

「へっ?え?ええええ!?ボ、ボクそんな事教えた!?」

「うん」

「い、いつ?」

「……あれは確か、先月の――」

「やっ!やっぱり思い出さなくていい!うん!」

 結局ミライが愛の口を塞いだ。

 自分で教えたのを認めたようなものだな。

「わかった。わかった。もう犯人はわかったから。それよりも待機中だけど、すぐに配置移動になると思うからあんまりお喋りしてるなよ」

「ちょっ!?犯人って………へ?配置移動?」

「ああ。さっきも言ったように交戦自体はしばらく先だろうけど、戦線維持の必要がない今の内に部隊の再配置が行われるだろうからさ」

「ん~……そういうもの?」

「そういうもの」

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