to_date('2028/05/14 15:40:00') location = '兵庫県 姫路 小富士山山腹';
「未知斗!あれ!あれ!」
ミライが馬型世界敵を叩きつぶしながら姫路要塞の方を指さす。変なところで器用だ。
彼女の指さす方を見ると、ちょうど打ち上げられた直後の花火が姫路の上空で花開いたところだった。
『あれは”ハ号作戦発動す。各員、地上の世界敵を優先して撃退せよ”です』
流華から通信が入る。
あの花火は正確には花火ではない。戦場にいる自衛隊員へ広範囲に素早く作戦指令を伝達するための信号弾だった。流華はそれを解析して報告してくれた。
「ああ……ヤツの相手は玉藻がするってことだな」
オレは数kmの距離にまで接近してきた上空のスティングレーを見ながら呟いた。
スティングレーは決して速くないスピードだが、確実に姫路へと近づいてきていた。その巨体には地上から野戦砲や10式戦車の徹甲弾が絶え間なく飛んでいき命中している。しかしその進軍能力を奪うには至っていなかった。
「未知斗!どうすんの?」
いつの間にかミライがそばに寄ってきていた。
「ねぇねぇ」
「どうするも何も、何も変わんねぇよ」
耳にかけたインカムの位置を直す。
『琉華』
『……はい。琉華です』
少し離れたところからM82A1で狙撃を行っている琉華に通信する。
『中隊司令部からは?』
『作戦変更の指示は無し。現戦線の維持作戦を継続と思われます』
『了解だ。琉華はその場で狙撃を継続。意次は君のサポートに専念させる。細かな指示は君の方から指示してやってくれ』
『了解』
ミライに向き直る。
「作戦継続だ。ミライはオレと一緒に愛と合流して、南方斜面を登る世界敵の殲滅を継続だ」
「りょーかい!」
元気よく敬礼する。
「……」
「……ん?何?」
「……いや、機嫌が直ってくれて嬉しいな。と思っただけだよ」
「っ!?」
ミライが敬礼したまま顔がボッと真っ赤に染まる。
ついポロッと余計なことを口走ってしまった。どうもいけない。ミライの事になると素直になるというか、つい思ったことを伝えたくなってしまう。咄嗟にミライの開きかけた口を人差し指を立ててで制する。面倒な事が起こる前に有耶無耶にするとしよう。
『リト。どうだ?』
『こちらロクヨンのリト。感度良好。オールグリーン』
『そのままロクヨンでの上空索敵を継続してくれ。斜面を登る世界敵はオレへ逐次報告しろ。ただしオレからの返答が無い場合は愛に連絡だ。いいな』
『了解!』
軽い音を響かせながら、オレ達の頭上を小型ヘリコプターが飛び去っていく。
「さて、オレたちは――」
「ぅぅ……」
リトと通信を始める前と同じ状態のミライが立っていた。
いや、口元がキツく閉まってる箇所だけ違った。
「ぅぅ……」
………キャラメル食べ尽くしたんだよなぁ……しょうがない。
オレは敬礼しっぱなしのミライの手をグッと握った。
「へ……へっ?」
「ほら、急いで愛と合流するぞ」
「ひゃ!?わっわ!?」
よくわからない声を発するミライを無視して、彼女の手を引いて愛のいる方に駆けた。
それから上空のリトからの指示を元に、オレとミライ、そして愛の3人が斜面を登ろうとする世界敵の駆逐に専念した。
いや、そうじゃない。専念したつもりではいたが、上空を浮遊するスティングレーの事がどうしても気になる。
それはオレだけではないようだ。愛も他の特殊小隊の隊員達も戦闘をしながらもどこか注意が空に向いている気がした。そういう点から言えば、スティングレーの事など気にせずいつも通り生き生きと戦っているように見えるミライはある意味スゴイ。
「……ホントに戦闘が好きなんだなあいつ」
『隊長殿。何か?』
通信用インカムがONのままだった。
『何でもない。それよりリトの方は大丈夫か?上空を飛ぶ世界敵の数が増えてきたように見えたが』
『現在のところ問題無しであります!戦闘継続に支障なし!』
『わかった。ただ気をつけろよ。無理して交戦する必要はない』
『サー!』
通信後、遠くでロクヨンのプロペラ音が聞こえる。
そのロクヨンよりも高い高度を、コウモリのような姿をした世界敵が悠々と滑降しているのが見えた。
あれはスティングレーが体内から射出しているコウモリ型世界敵『ナイトバッド』。スティングレーが自分を防御するために周囲に展開しているモノの一部だ。
スティングレーに近づく敵を排除するだけでなく、スティングレーに飛んでいく砲弾に対して身を挺して守ったりする。
今のところは戦車による砲撃からスティングレー本体を防御することに専念しているようだ。同じく空を飛ぶロクヨンには特に興味を示してはいない。
ふと視線を少し東に移す。
東側を向くとスティングレーの巨体がどうしても視線に入る。
しかもスティングレーはすでに曽根の防衛ラインを突破している。ひめじ別所も越えているかもしれない。
文献で知っているスティングレーの情報では、熱線の射程距離は10km前後。かの世界敵の最大にして唯一の攻撃はすでに姫路要塞中枢をその射程圏内に捕らえている。いつ熱線を吐き出してもおかしくなかった。
―――赤い?
「兄様……兄様!」
はっ!?オレは身体を揺すられて正気に戻る。
目の前にはいつの間にか愛がいた。空を見上げたまま反応が無いオレを危惧したのだろう。心配そうにオレを見上げていた。
「あ……わ、悪い」
「どうしたの?」
「いや……」
オレは愛から視線を外し、再び空を見上げる。
スティングレーがほとんど変わらず宙に浮いているのが見える。さっきから変わっていないように見えるのだけど……ただ――
「……赤くなっている」
「え?」
愛も一緒に見上げたその時――
『未知斗!未知斗!応答願います!』
珍しい声がインカム越しに聞こえた。
流華の慌てた声だ。オレも咄嗟に驚いてズレてもいないインカムの位置を直す。
『流華か?どうした?』
オレの声に続いて、周囲に鈍い破裂音が響く。
どぁぁぁぁぁぁーーーん!
姫路要塞上空に再び綺麗な花火が上がった。
『スティングレーに熱線照射の兆しあり!総員、対衝撃、対閃光防御とのことです!』
流華が上がった信号弾と同じ内容の指令を言う。
『ああ、こっちでも確認した!流華と意次は近場の塹壕へ入れ!いいな!』
『了解しました』
オレはまだ空を見ている愛をこちらに向かせる。
「愛、ミライに連絡だ。至急合流させろ」
「はい」
『リト!聞こえるか!』
『感度良好!聞こえるであります!』
『信号弾は確認したな?至急G5の物資集積所LPに着陸しろ!オレ達もすぐにそっちに向かう。そこで一旦合流だ』
『サー!了解しました!』
通信指示の通り、リトのロクヨンが北へ向かって飛んでいく。その奥ではスティングレーが浮遊しているのが見えた。
その個体の頭部にあたる場所が―――確かに赤光している。
やはり見間違いじゃなかったのだ。しかも先ほどよりも赤みを増していた。
これはかなりマズイかもしれない。
「愛!ミライはまだ戻らないのか?」
「姉様、来た」
愛が斜面の一角を指さす。
そこには熊笹をかき分けてこっちに走ってくるミライと、彼女の後に別の部隊の隊員達5,6名も一緒にいる。半数は負傷しているようだ。武器を構えず、腕を押さえて走っている。そしてさらにその後ろからは、彼らを追うように世界敵数体が木々の切れ間から確認できた。
「ミライ!」
「あぁー!未知斗ぉー!ごめーん!!実は――」
「わかってる!蹴散らして早く避難するぞ!!」
どうせ通信を受けて退避を始めたところで、交戦している友軍を見つけて助けに入った――といったところだろう。世界敵を駆逐せず、オレのところまで撤退してくるのを優先しただけ褒められる。
「愛、駆逐するぞ」
「うん」
オレと愛はミライ達の助けに走り出した。
1分が過ぎた。
オレと愛とミライの3人で追撃してきた世界敵をほぼ撃退完了すると思われた矢先に、それは起こった。
「す……ごい」
戦闘中のミライが戦う手を止めて空に見とれている。
あの戦闘中のミライがだ。
しかしそれも仕方が無いことだ。
空を眺めているのはミライだけではないのだから。
オレも、愛も、流華も、周囲で戦う同じ中隊の面々も、そして目の前に立ち並ぶ世界敵達ですらも、空を見ていた。
空には―――光の文様が浮かび上がっていた。
スティングレーと姫路城との間に浮かび上がった正円の文様は、その直径たるや姫路城天守閣のおよそ2倍。そしてその正円が東西に重なるように3枚並んでいた。
妖術を扱う者にはわかるが、その文様は術を施すための術式だ。しかしこれほど巨大かつ、複雑な術式は見たことがないだろう。
しかも妖術を嗜まない一般人にも視認できるほど圧倒的な存在感。世界敵達ですら、無視することができない圧倒的な威圧感。
「これ。玉藻が1人で?」
「……そうだろうな」
ミライの事は言えない。愛もオレも刻み出された巨大な術式から目を離せずにいた。
当のスティングレーも玉藻の作りだした巨大な術式に気圧されたのか、それまでのゆっくりとした前進をついに止める。
ただし、そのまま後退して逃げるというわけではないようだ。
スティングレーの頭にあたる部分が一気に赤い光が増していく。
そしてその赤い光が一際明るく輝いたかと思うと――――――
――――――光が弾けた。その発光から一条の光が飛び出した。
術式の直径に比べたら細い、しかし4,5mはあると思われるスティングレーの放った熱線が市川を越えて要塞内に入る。
しかしそれは玉藻の術式に触れた瞬間、重力を無視するかのように90度天に向かって駆け上る。 そしてそれはある程度の高さまで上がっていったかと思うと、熱線の先頭をもたげて海へ向かって斜めに落ちていった。
その際に海岸沿いを侵攻してきていた世界敵の一部を地面ごと焼き尽くし――
さらに少し後方を歩いていたダイダラボッチの左肩を抉り――
海岸線を越えた瞬間に重海水の力で海底へと吸い込まれていった。
それはまるで熱線が意思を持った昇竜がごとく。
世界敵の中を暴れに暴れ回った後で、海へと戻っていったかのようだった。
あとには何事もなかったかのように微かな波紋も残さない海面。
高温に焼かれ赤銅色に変化した溝が走る地面。
千を軽く越す世界敵の四散して起こした黒霧。
そして肩を焼かれたダイダラボッチの尻餅によって、姫路周辺に震度3ほどの地震が引き起こされた。
そのダイダラボッチの尻餅によって、周囲には大きな砂埃が巻き上がり、視界が非常に悪くなる。しかしその間隙を突いて相手を攻撃しようという者は、統合自衛隊にはもちろん世界敵側にも居なかった。
皆、しばらくこの世のものとは思えないその光景を呆然と眺めていた。
そして先に動き出したのは、意外にも統合自衛隊の側だった。
統合自衛隊のある一部隊から起こったそれは、瞬く間に統合自衛隊全体へと広がっていく。
それは隊員達が心からあげる――――玉藻への喝采だった。
『玉藻さまぁぁ!!』
『閣下ぁぁぁ!!』
『玉藻閣下ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!』
喝采はしばらく経っても止むこと無く続いた。そしてそれは次第にかけ声へと変わっていき、声の発生源も少しずつ東へと動き始めた。
開戦以来7時間以上、ジワジワと前線を西に押し込まれていた統合自衛隊の各部隊が、ここに来て初めて攻勢へと移りだしたのだった。




