to_date('2028/05/10 18:05:00') location = '兵庫県 姫路要塞 地下2階 第9電算室';
時間は少し戻る。
姫路要塞の中心に位置する姫路城の地下2階。
要塞の頭脳とも言うべき中央電算区画の一角に現在使われていない部屋がある。
正確に言えば、過去に使われていた電算室が電力不足と老朽化を理由に閉鎖されている部屋がある。
そのため、もちろん電気は通っていない―――はずなのだが、現在その部屋にはわずかに明かりが灯っていた。
それは部屋の照明などより弱々しく、懐中電灯のように直線的でもない。言うなれば火のような揺らめきを持った灯りだ。しかしその灯りは明るい赤色ではなく、青白く発光している。
揺らめく灯りに照らされる部屋の中では、2人分の影が浮かんでいた。
1人は部屋の至る所をゴソゴソと探っている様子。
もう1人は手に明かりを持ち、探っている1人の方の手元を照らしている。手の灯りはやはり自然の火のようで、手のひらの上でユラユラと小さな青白い炎が上がっていた。
ただそれは松明でもランプでもなく、手の平の上にちょこんと炎が浮かんでいるように見えた。まるで火の玉のように――
しらばくすると別の灯りが部屋に灯る。
部屋の一角のコンピューターに電源がついたのだ。
10年ぶりぐらいに電気の通ったコンピューターは、ガー!ガー!ガー!と喚起の声にも似たディスク起動音を鳴らして立ち上がる。
しばらくすると周りのモニターにも光が灯り、その画面には20年ほど前にリリースされた古いOSのローディング画面が表示された。
部屋を探っていた方の人影がそのコンピューターの前に座る。
ディスプレイの光に照らされて、部屋の闇にうっすらとその人の顔が浮かび上がる。
小泉流華だった。
流華は目にも止まらぬ速さでキーボードを叩く。
ディスプレイ上の黒い背景に緑色の文字が流れるように打ち込まれていく。
しばらく打ち込みをしてから、流華は後ろに控える人物にイスに座るように促した。
掌の火の玉を握りつぶすように消した後、イスに座ったその人物の顔に、流華と同様にディスプレイの光が当たる。
イスに座ったのは九尾ノ愛だった。
愛が腰を下ろしてからもキーボードを打っていた流華が、しばらくして手を止めると顔を向ける。
「愛さん。準備が出来ました」
「うん」
「再度確認ですが、情報の書き換えは何度でも行えはします。ただし書き換えにはそれなりの準備が必要のため、突発的な変更はできません。もし再書き換えが行いたくなった場合は早めに―――」
「大丈夫。そんなことない」
「……そうですか」
「うん」
「それでは他に何か不安な点や不明な点はありますか?」
愛は少し考える仕草をして答える。
「兄様に今回の事がバレると困る………たぶん凄く怒る」
どんな状況でも兄の事が第一なのだなと、流華は思った。
「その点はご心配なく。現在、未知斗は玉藻様が足止めしてくれています」
「よかった」
「ただ、玉藻様も意外とおしゃべりです。世界の理に関する核心に近い部分を未知斗にそれとなく話してしまっているようです」
「それは……神様から怒られない?」
愛の顔に憂慮する感情が浮かぶ。
「おそらく大丈夫でしょう。玉藻様は神様のお気に入りなので、よほどの事が無い限りは罰したりなどはしないはずです」
「よかった」
愛はもう一度安堵のセリフを言う。
「愛さんは玉藻様の事も大切に思われているのですね」
「………私のお母さんだから。異端の零狐である私を育ててくれた。とても感謝してる。袂を取り戻すと兄様も喜ぶけど、玉藻も喜ぶ。だから」
愛は珍しく少し恥ずかしそうに玉藻の事を語った。
琉華の記憶の限りでは、愛が玉藻の事を『お母さん』と呼んだのは初めてだと思った。玉藻に直接『お母さん』と呼んであげれば、とても喜ぶだろうに―――と愚考してみる。おそらく愛が玉藻をそう呼ぶことは無いのだろうけど。
とりあえず流華には愛のいま言った事がよく理解できた。しかし1点だけ漏れている事があると思った。彼女の言葉の中に彼女自身の事がまったく出て来ていないということだ。仮に、袂と引き換えに愛がいなくなるとしたら―――未知斗や玉藻様はどちらを選ぶだろうか?
そんな事を思ってから、それこそ愚考だと思い、それ以上考えるのを止めた。
流華は自分にはそれをとやかく口出しできる権利も資格も無いと思った。
「……流華」
「はい?」
少し間があって、愛が呟く。
「あと、流華に迷惑が掛かるのが心配」
「……いいえ。心配ありません。愛さんは幸いにも『零狐』という、この世界のルールからすればイレギュラーな存在です。そのようなイレギュラーな存在を修正する権限が私には元々与えられています。その権限を利用して書き換えを行うため、この作業で私が何か罰せられたりすることはありません」
「そっか……はじめて零狐で良かったと思った」
「そうですか?もし愛さんが零狐ではなかったなら、玉藻様の養女になることも、未知斗と出会うこともなかったかもしれないと、私は思いますが」
「……零狐で悪かった事も思えば大してなかったかも。他の妖狐とかから嫌われたぐらい………流華は何故嫌わなかった?」
「私にその質問は愚問だと思いますけど?」
流華は苦笑しながら続ける。
「零狐が同族や他の人外種からどう扱われているのか正確に理解していないということもありますが、何故かと聞かれたら………友人だから……でしょうか?」
「………」
「どうしました?」
「流華っぽくない」
「ふふふ……そうかもしれませんね」
流華の苦笑が優しい微笑みにかわる。
そんな彼女を見つめていた愛が続けて口を開く
「……もう1つ言う事あった」
「はい。なんでしょう?」
「流華。ありがと」
愛の言葉に、流華は少し驚いた表情をする。それを見て愛が小首を傾げる。
「……いえ。私は罵倒されこそすれ、感謝される謂われはないと思ってたので、少しビックリしてしまいました」
今度は流華の言葉に、愛が不思議そうな顔をする。
「……いえ。何でもありません。愛さん」
流華は軽く微笑んだのち、愛に目を瞑ってリラックスするように言う。
そして愛が言うとおり目を瞑ったのを確認したのち、流華は数ある端末の中の1つの前に立ち、キーボードを流れるような手つきで打ち始めた。




