to_date('2028/05/10 12:02:00') location = '兵庫県 姫路要塞 三の丸第三食堂';
『なぁなぁ……昼の号外、見たか?』
『見てるに決まってるだろ』
『砦消失ってマジなのか?』
『本当だろよ。悪い方に嘘ついてもしょうがねぇだろうし』
『確かに…………最近大人しいかったのに……ついに敵も動き出したってわけか』
『どうだか。結局それ以上は侵攻して来てないみたいだぜ?』
隣のテーブルの下士官2名が1枚の新聞を広げながら小声で喋っているのが聞こえてくる。
いや、この2人だけではない。食堂内のほぼ全員が共通の話題について話をしていた。
オレも先ほど売店で買ったばかりの薄っぺらな新聞を広げる。
『須磨砦消失!?』
1面すべてを占めている記事のタイトルは、デカデカとそう書かれていた。
山陽方面の最前線基地『須磨砦』が5日未明に世界敵の高出力熱線攻撃により、砦の施設ごとほぼ全てが消失したというものだ。
今朝、政府より発表があり、日本国全体がこの話題で持ちきりといった感じだ。
須磨砦に熱線を放った世界敵は観測の結果、スティングレー型世界敵だと推測されると発表されている。
この名前はオレも知っている。主に欧州で暴れまわっていたヤツだ。噂ではヨーロッパ大陸の主要な陸上兵力はほとんどこれにヤラれたらしい。この新聞にも2面以降にスティングレー型世界敵に関する特集を掲載していた。しかしどれもこれもオレが知っている事ばかりが並べられていて、そちらは特に興味がわかなかった。
1面の最後の方には、須磨砦を攻撃した世界敵の一群は今のところ砦より西へは侵攻してきてないため、統合自衛隊最大の基地『姫路要塞』がすぐに世界敵の侵攻を受ける状態ではない。と〆られている。
とりあえずそれは良いニュースなのかもしれないが、オレの心は少しも晴れることはなかった。
その原因は、記事タイトルに負けないぐらい大きく書かれた文字の所為だ。
『須磨砦の生存者絶望的!?』
昨夜、須磨砦の生存部隊である第113中隊が姫路要塞に到着した。
しかしそれ以外の生存者に関しては、砦の状況を考えるに、生存はほぼ絶望的という内容の事が書かれている。
須磨砦には数ヶ月駐留していたため、親しい知り合いが何人かいる。
そして何よりも砦にはイッキおじさんがいた。
生存者の名簿一覧に『鬼瓦イッキ』の名前が無かったところを見ると、おそらく砦と共にしたのだろう。
ミライのやつ、大丈夫だろうか?
「兄様?」
突然声をかけられて、慌てて新聞から顔をあげる。
いつの間にか目の前の席には、昼食を載せたトレイを置いた愛が座っていた。
その愛がオレの左手を指さす。
「兄様、手」
「ん?あ、ああ……」
オレの左手は無意識に力が入っていたみたいで、新聞の端を握りしめていた。
「あ、あははは……記事がアレなんで、ちょっと力入っちゃってたみたいだな」
誤魔化しながら、くしゃくしゃになった新聞を綺麗に折りたたんで手を合わせる。
「さて、昼食を食べるとするか。いただきます」
「いただきます」
相変わらず周囲からは須磨砦の話題がひっきりなしに聞こえてくる。しかしオレ達2人の間では箸が食器を擦る微かな音しかしない。
2人っきりで食事する時は大概はこんな感じだ。まあ須磨砦の事もあって少し気分が沈んでいるのも確かにある。
「大尉。食事中に失礼します」
オレの隣に3人の男性隊員が直立不動で立っていた。
所属が異なるため親しい面識は無い3名だが、知らない相手ではない。
3人とも隊員服が破けてしまいそうなほどの恵まれた体躯をした男達で、3人ともに頭部に鬼族を示すツノが生えている。
「(もぐもぐ)……なんだ?」
「鬼瓦曹長がいずれにいらっしゃるかご存じでしょうか?」
ミライの居場所?
「……いや、今日はまだ会ってないな」
「そうですか。お食事中失礼しました」
3人が敬礼をしてから足早に離れていく。
ミライはてっきり鬼族の集会に出てるのかと思ったけど、違ったのか?
「兄様」
珍しく食事中に愛が話しかけてきた。
あまりに滅多に無いことなので、一瞬誰の声かと考えてしまったぐらいだ。
「ん……(もぐもぐ)……どうした?」
「……ミライを慰めて」
オレの耳に聞こえてきたのはそんな言葉だった。
普段ならまた突拍子もない事を言い始めた―――と思うところだが、今は愛の言いたいことがオレにも良く理解できた。
須磨砦の守備隊を率いていたのがミライの父、鬼瓦イッキだった。そして他の隊員と同様に鬼瓦イッキも須磨砦と共に消失した。
この報告をミライが受けたのは昨日の事だ。
オレはちょうど定例会議で一緒にいなかったが、流華と愛はミライと一緒に装備の点検の最中だった。その報告を聞いたミライは2人に点検の続きをお願いすると、フラフラと何処かに行ってしまったらしい。
2人ともミライにはそれっきり会っていない。
鬼族の若頭領が戦死したということで、今朝から要塞内の至る所で、特に若い鬼族を中心に『若頭領の仇討ち』を声高に叫ぶ者達が集まっている。
てっきりミライもそういった集まりに参加しているから見かけないのかと思っていた。
「ミライを?」
「はい。ミライはとても落ち込んでいた。そんな仕草は見せなかったけど」
ミライの母親は彼女を産んですぐに死んだらしい。彼女を男手1つで育てた父親だ。それを失った彼女の悲しみは計り知れないだろう。
「それに兄様。ミライのことが心配でしょうがない」
「いや……そりゃオレもちょっと心配だけど……ああいう時はそっとしておいた方がいいんじゃないか?」
「もうすぐ 決戦」
うぅ………確かに時間が無いのはわかってるけどさ。
「それにそばに誰かいる方が早く立ち直れる。私には兄様がいた」
「あ、ああ………でもその役をオレができるのか?」
「大丈夫、拒んだりしない。ミライは兄様の事を愛しているから」
ぶぅぅぅぅぅぅぅ!!
「ごほっごほっ!……冗談を言うなって」
オレが吹き出した米を器用に避けながら表情1つ変えずに愛は言う。
「冗談違う。真面目。本気。マジ」
「マジとか言うな……」
反論しようとしたが、愛の目のあまりの真剣さに言葉を飲み込んでしまった。
珍しくよく喋ると思ったら、一切引く気はないらしい。
「今のミライの気持ちは私にはよくわかる」
「………そっか……そうかもしれないな」
彼女のその言葉には、上っ面じゃない深い意味があるのをオレは知っている。
九尾ノ愛は未知斗と同様に、玉藻に養女として引き取られた身だ。
始めて京都の九尾ノ屋敷に連れてこられた時、幼い時分に両親の死を目の前にしてしまった愛は、自分の世界に閉じこもってしまい、言葉もろくに発しない状態だった。
それが数年続いたが、未知斗の持ち前のおおらかな性格に触れたおかげで他人とコミュニケーションを取れるぐらいまでに状態は改善していった。
別に玉藻と袂が愛の面倒を見なかったわけではない。ただ戦況悪化が進むにつれて、京都の屋敷には未知斗しかいない事が多くなっていった。
そんな状況だったので、玉藻と袂が愛の片言を聞くだけでも彼女が京都に来てから2年。会話を出来るようになるのにさらに1年かかった。
しかしその頃すでに未知斗は愛と普通にコミュニケーションを取っていたことを鑑みるに、未知斗の存在が愛に多大な影響を与えたのは他人から見ても明らかだった。
その後、京都の小学校へと進学する。
しかし戦況の悪化とともに住まいを姫路に移さざる負えなくなり、その直後に起こった大阪防衛戦での敗北後に統合自衛隊へ自主的に参加することとなった。
彼女の口から語られてはいないが―――おそらく袂を亡くし、悲しみにくれる未知斗が昔の自分と重なったのかもしれない。あの時の自分のように今度は未知斗の支えになりたい。そう思っての入隊だったとしても不思議ではないし、あながち間違ってはいない。
そんな自分の悲しみも相手の悲しみも受け止めてきた彼女だからこそ、自信を持って言い切れる言葉だった。
「……わかったよ。オレもミライの事は気になるしな。後で様子を見てくるよ」
「ありがとうございます」
愛がペコリと頭を下げる。
一瞬伺えた愛の顔には薄く笑みが浮かんでいた。
そんなに嬉しい事なのだろうか?
「まあ……とりあえず冷める前に食べちまおうぜ」
「うん」
ただでさえ遅かった昼食にようやく箸を付けることが出来た。
それから10分後。
少し急いで食事を終え、愛と別れて食堂を出た。
さてとミライのいるのは……
ミライは……
……この広大な姫路要塞の何処を探せばいいんだ?
戦時待機中なので要塞外には出てないにしても、東西6km、南北10kmの市街地を内包した大要塞だ。日暮れまで数時間しかないのに闇雲に探し回っていてはとてもじゃないが今日中に見つけられそうもない。
しばらくミライの行きそうな場所を廻ってはみたが、ミライを見かけたという情報は一切手に入らなかった。姫路城内にはいないかもしれない。
何の手がかりも無いまま、少し陽が傾き始めてくる。
………しょうがない。
要塞内で許可無く力を使うのは禁止されているが、非常事態だ。妖術で探索範囲を広げて――
「未知斗?」
「っ!?」
妖術を使おうとした矢先に声をかけられてビクリとするが、相手を確認して安堵した。ちょうど前方から流華が歩いてくるところだった。
「ああ、なんだ流華か……おっす。散歩か?」
「いいえ、愛さんに用事があります」
ふ~ん……なんだか最近、流華と愛って本当に仲良い気がするよな。
「愛なら三の丸第三食堂で昼食は一緒取ったけど。その後はどこに居るのかわからないな」
「はい大丈夫です。自室にて待機されているようなので伺ってみます。……では、失礼します」
「ああ」
軽く会釈して流華がすれ違っていく。
……ん?『待機されている』って言ったな?
「……なあ、流華」
「はい?」
すれ違い様に足を止めて振り向く。
「何で愛が自室にいるってわかるんだ?」
流華は不思議そうに小首を傾げて答える。
「ツクヨミを使えば、姫路要塞内ならば地下深くにでもいない限りは誰が何処に居るのかわかります」
ああ……そりゃそうか。10km以上先の世界敵も見つけられるんだから、その能力なら要塞の敷地内ぐらいなら人も探せるか。
……あれ?……あっ!
「じゃあミライが今いる場所とかもわかるのか?」
「ミライをお探しですか?………見つけました」
は、速っ!!?
くぅー何で流華の能力の事に気がつかないんだオレは。
「で、何処にいる?」
「……」
また流華が小首を傾げる。
「流華?」
「いいえ、いるにはいるのですが……」
そう言って流華は南の方を指さす。
その指の示す先にあるのは………手柄山?
「山の中腹にあります太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔の上にいます」
ああ、あの高い塔の…………ん?
「上?」
「はい。何故かはわかりませんが、塔のてっぺんに座っています」
そこまでわかるのか。
まあ流華が意味もなく嘘をつくわけもないし、適当なことを言うわけもない。塔のてっぺんにいるというのも間違いなだろうけど……何故そんなところにいるんだ?
「ふ~ん……まあいいや、ありがとう流華」
「未知斗!」
とりあえず、流華にお礼を言って慰霊塔へ向かおうとする。しかし彼女に珍しくちょっと強めの口調で呼び止められた。
「ん?どした?」
「……その……」
「ん?」
「………」
「珍しいな」
「?」
「流華が自分から喋る時に言いよどむ何てさ。珍しいと思ってな。何か言いにくい話か?」
「それは……」
少し間があって、ようやく流華が口を開く。
「もし……」
「うん」
「もし、困ったことになったなら、昔の事を思いだしてください」
「……へ?」
「……」
「え?おいおい、何だ?その予言みたいなのは。どう言う意味だ?」
「意味は………特にありません」
「は?……意味が無いって?」
琉華は明らかに意味があるような表情でそれを口で否定すると、小さく頭を下げた。
そしてこちらを振り返る事無く、スタスタと基地建屋の方へと歩いて行ってしまう。
「お、おい、琉華」
琉華を呼び止めるが、これまた珍しいことにオレを無視してそのまま歩いて行ってしまう。
(『昔のことを思い出す』って何の事だ……)
もちろん追いかけようと思えばすぐに追いつくが―――何故か、オレは彼女を追いかけることを躊躇った。意味深な言葉を投げかけられたからだろうか、それとも頑なに返答を避けた琉華の態度を訝ってなのか。
いや、琉華の態度も気になるが、今はミライの方を優先しよう。折角、琉華が見つけてくれたのだ。その場所にミライがいつまでも居る保証は無いのだから。
オレは少し気になりながらも琉華とは反対方向。基地正門のある方へと駆ける。
オレは琉華が教えてくれたとおり、市内の手柄山を目指した。