to_date('2028/05/09 12:55:00') location = '兵庫県 姫路要塞 本丸司令室';
玉藻は暗い部屋にいた。
別に夜だからではない。正確な時間を確認できる時計が近くにないのでわからないが、5月9日の正午過ぎだ。
何故暗いのかというとここが地下室だから。
正確には『姫路要塞』の地下に広がる第13師団および山陽方面軍総司令本部の第1会議室である。
広い室内には椅子に腰掛ける玉藻だけでなく、十数人の人の影が確認できた。
1人の男性が席を立つ。
「先日未明より須磨砦からの定期連絡が途絶えました。先行して撤退を開始していた第113中隊からの報告によりますと、閃光と共に、須磨砦全体が爆散したとのことです」
別の男性が立ち上がる。
「つい先程届いた報告です。六甲山系を偵察中の第179偵察小隊からの報告によりますと、『5月9日03:10。長さ数百mに達する巨大浮遊体より、ほぼ真西に向けて、高出力熱線と思しき閃光と照射光を確認』とのことです。巨大浮遊体はおそらくスティングレー型世界敵と思われます。照射時刻、方向からも須磨砦への攻撃はこの時の熱線によるものと思われます」
そしてその暗い部屋の中でも唯一明かりの射す壁には旧神戸市街地より以西の兵庫県、および鳥取・岡山との県境付近の大きな地図が張られていた。
その一角を棒で指し示しながら男性士官が報告を続ける。
男性が棒の先をすすすっと西の方向へ進め、加古川の手前を指し示す。
「1時間前の時点で、第113中隊以下須磨砦の生存者およそ250名が加古川の東10kmの位置に到着。世界敵の進軍速度を鈍らすため、地雷などを設置しつつ姫路要塞まで撤退作戦を継続中です。この支援のために第13師団より第10中隊を向かわせております。16:00までには合流できる予定です」
説明を終えた士官が席につく。
室内が重苦しい空気に包まれそうになるのを遮るように、玉藻が口を開く。
「……それで、その後スティングレーと思われる世界敵は?」
「はい。偵察隊の情報に寄りますと熱線を1射後、海岸沿いに東方へ移動したとのことです。肉眼での確認のみですが、神戸市街跡よりも東方面へ移動したのは確実です」
「一旦下がったか……スティングレーが熱線を連射出来ないというのは本当のようじゃな」
「そのようです閣下。前田技術少将、スティングレー型の詳細情報を報告してください」
「はい」
山本中将に促され、30代後半の比較的若い将官が席を立つ。あわせて姫路周辺の地図に被せるようにして、手書きの世界敵イラストが貼られる。
「スティングレー型世界敵について説明をさせていただきます―――」
―――亀型空中要塞世界敵『スティングレー』
主にヨーロッパ戦線で猛威を振るったと伝わっている、空を覆わんばかりに巨大な宙に浮かぶ世界敵である。
全長、全幅は共に数百mに達し、その姿は空に浮かぶ巨大な亀のようであり、その大きさはおそらく世界敵の中でダントツを誇る。
『スティングレー』自体の戦闘能力は頭部(と思われる場所)からの熱線攻撃のみだが、その威力がまた桁違いでTNT火薬の1000倍以上に相当する。
それだけの威力なので小山の上に建つ砦ぐらいはこれ1射で消し飛ぶのは当然で、ヨーロッパ戦線でもパリ郊外に展開していたフランス陸軍がこれにより一瞬で壊滅したと言われている。
ただし連射したところは確認されていない。謂わば、一発限りの決戦兵器のようなものだ。
しかしやっかいなのは熱線だけではない。『スティングレー』の本当の戦闘能力は、その内部から射出されるコウモリ型世界敵『ナイトバット』である。
形はコウモリだが、日中も行動し、単体の戦闘能力も比較的高い。通常小火器だけでは撃退するのは難しい程度の強さを持つ。
『スティングレー』はその『ナイトバット』を体内に1000体以上保有しており、空中要塞の名に恥じない性能である。
「いやはや……それにしてもまさかスティングレーがこの日本に来ているとは……」
玉藻の隣に座る山本中将が唸る。
「大阪防衛戦より3年。世界敵の動きがかなり活発になってきています。近畿各地に分散していた世界敵もぞくぞくと阪神方面へと集結しているのが報告されています。さらに北陸方面からも琵琶湖湖岸を南下する世界敵の大軍が確認されています」
説明する士官によって、地図上に次々と世界敵を示すピンが立てられていく。
「その北陸からの世界敵に関してですが、琵琶湖西岸へ強行偵察していた部隊から届いた情報です。こちらの写真をご覧ください」
玉藻と山本の前に差し出された白黒写真はお世辞にも鮮明とは言い難い代物だった。その写真の中央に大人がゆったりと歩いているような黒い人影が、そしてその足下は凸凹な地面が映し出されている代物だ。
「これは……まさか……」
「はい、中将閣下。もちろんこれは人間を映したモノではありません。この写真の足下の凸凹は湖岸の街並みを超望遠で映したモノです」
凸凹が建物の遠景だとするなら、その凸凹は人影の膝までも達してはいない。
「……ダイダラボッチ」
玉藻の呟きに一同がざわめいた。
―――巨人型陸上決戦世界敵『ダイダラボッチ』
空の世界敵最強が『スティングレー』ならば、陸の世界敵最強がこの『ダイダラボッチ』と言われている。その姿は名の通り見上げるような巨人の姿をしており、腕の一降りでビルは倒壊し、一蹴りで戦車がおもちゃのように宙を舞った。
この『ダイダラボッチ』は世界敵出現当初から日本戦線には2体が投入されていた。
東京で暴れまくったその2体はそれぞれ北陸と東北に移動していき、それらの地方都市を順々に潰して回った。この2体の所為で北陸・東北の2地域は失陥したと言っても過言ではない。
「大阪防衛戦の時の片割れでしょうか?」
「おそらくな。わざわざ東北からご苦労なことだ」
山本の問いに玉藻は答えると椅子に深くもたれて考え込む。
玉藻は顔には出さないが内心苦々しく思っていた。直前まで考えていたこと――『スティングレーは自分が狩る』ということに専念できそうにないからだ。
玉藻は過去にダイダラボッチを1体狩ったことがある。
北陸地方制圧後に福井から一歩も動かなかったダイダラボッチは、3年前の大阪防衛戦の際に初めて近畿に向けて南下してきた。
当時、既に重火器が不足していた統合自衛隊の戦力ではダイダラボッチを止めることが出来ず、最終手段として、人外種の比率が最も高かった玉藻率いる第13師団がダイダラボッチ撃破のために京都近郊まで北上。盆地地形を利用した罠で他の世界敵ごと足止めした上で、玉藻がダイダラボッチらを丸1日かかって狩りきった。
周囲の玉藻に向けられる視線はその再現を期待するものだった。
しかし彼女の脳裏には、第13師団を率いてダイダラボッチが北陸から引き連れてきた世界敵達を撃破している間に、手薄になった大阪城が堕とされ、大阪防衛戦は大敗北したという苦い経験が思い出される。
そんな事を思いだしている間に、次々と別の報告がされていく。
1つは、悪い報告だ。山陰方面の最前線基地である『鳥取要塞』への世界敵の攻勢が強まってきたとのことだった。
鳥取要塞は姫路要塞と同様に、城郭を中心に市街を取り込む形で造られている山陰地方最大の軍事基地である。
しかしその鳥取要塞もここ姫路要塞と同様に世界敵の脅威に晒されている。山陰地方は山陽地方ほど世界敵の攻勢が激しくなかったとは言え、程度の問題であった。
そしてもう1つは、良い報告だった。
後方の広島要塞や九州、四国からの大規模な追加戦力がようやく編成完了し、近日中に姫路要塞に入るとのことだった。戦力の補充は、陰陽両面での世界敵の攻勢激化が予想される事から玉藻が大阪防衛戦の惨敗後から常々要請していたことだ。
かろうじて補充が間に合いそうで玉藻は内心胸を撫で下ろす。しかし新規編成されて配属される第31師団の師団長の名前を見て眉をひそめた。
「のぉ……山本」
「はい。いかがしました?」
玉藻は手元の書類の一角を指さして見せる。
「この名前は本当か?」
「はい、ご本人です。昨夜広島から届いたばかりの編成表なので詳細はわかりませんが、どうやら現役復帰を決められたようです。確か、玉藻閣下とは古い友人の間柄でしたか?」
「まあ……古い腐れ縁なのは確かだな」
玉藻はもう一度書類に目を落とす。
そこには『鬼瓦ゲンカイ』の名が書かれていた。
―――鬼瓦ゲンカイ。
鬼族でも最有力家の1つ鬼瓦家の前当主である。
名前からもわかるように鬼瓦ミライの祖父にあたる。異名を『瀬戸の鬼入道』という。
御歳数百歳を数える鬼族の最長老でもある彼と平安の世以前から生き続ける玉藻との間には多少の因縁があった。
2人の出会いは応仁の乱後の群雄割拠の時代(俗に言う『戦国時代』)にまでさかのぼる。
当時、人間との繋がりを絶って山奥の里に篭もっていた鬼族とは対照的に、玉藻は京の都で公家や武士、果ては他の人外種を狩って廻っていた。
その対応に苦慮した時の権力者に請われたゲンカイが玉藻狩りに参加したのが2人の初めての出会いだった。
それから数百年。
争ったり協力したりを繰り返しながら、現在は2人とも統合自衛隊に所属して人間と一緒に戦っている。
玉藻は現役だが、ゲンカイは鬼族として相当の高齢となったため、今は予備役扱いで鬼瓦家の家督も息子に継がせて島根県石見地方の山奥で隠居生活を送っていたはずだった。
しかし静かに余生を送れないような戦況と家庭の事情が発生してしまった。その為の現役復帰だろうと玉藻は思った。
やんちゃだった頃の自分を知っている唯一の生存者なため、色々具合が悪いのが正直なところだ。
それでも戦力としては申し分ない。長年お互いを殺す気で拳を交えあった相手なのだ。力量に関しては間違いなかった。高齢で力の衰えが多少あるにしてもだ。
「――なので頼もしい限りですな」
山本中将の答えを促す声で、玉藻は現実に戻される。
どうやら少し昔のことを考えているうちに話が進んでいたようだ。
「あ、ああ。そうじゃの」
曖昧な笑みを浮かべる上司に少し怪訝な顔を浮かべた中将だが、会議中なのでそれ以上は追求することはなかった。
「それと閣下、須磨砦失陥の件は追加派遣した偵察隊の報告を待って公表します。それまではマスコミはもちろん部隊内での情報共有も禁止します。それでよろしいでしょうか?」
「ああ、それがいいであろうな。状況がわからないまま公表しても不安をあおるだけだからの。何より当の我々ですら状況を完全には把握してないのだからな」
「はい。ではそのように各部署にも手配します」
「広島の政府首府にはわらわから直接説明しておく」
「はい。よろしくお願いします」
「あ~……それと要塞内の警戒レベルを1段階引き上げて12時間以内には第13師団および要塞守備隊の全軍が召集可能な状態にしておくように。先ほどの山本の命令とは矛盾するかもしれないが、このまま一気に世界敵が須磨を超えてくる可能性も少なからずあるからな。最低限の準備は行っておく必要があるだろう。山本」
「はい」
「悪いが、警戒レベル引き上げ事に対してそれっぽい理由を考えてくれ」
「わかりました…………それでは『山間部での世界敵出現数が急増しているため』というのはどうでしょうか?実際、山間部での出現数は増加傾向にあるので嘘ではありません」
「うむ。それでよい」
満足げに頷く玉藻。
その後、会議はおよそ1時間ほどで終了した。
近日中にあるかもしれないここ姫路要塞への世界敵の侵攻に対する対策が一通り出尽くしたところで防衛作戦骨子の最終決定は次回へと持ち越すこととなった。
「ふぅ~……」
ようやく解放された会議室から出ながら、玉藻は小さくため息をつく。
「好き放題していた頃はこんなに気をやんだりすることはなかったのにのぉ……」
そんなことを漏らしてから慌てて口を噤んで周囲を見渡す。会議を終えた将官・士官の面々が忙しそうに自分の持ち場へと散らばって行く。
玉藻と目が合って一礼をして退室していく者達もいるが、どうやら今の独り言は誰にも聞かれなかったようだ。
最近独り言を言うのが増えたと玉藻は思った。あと、昔のことを懐かしむことも増えた。
これはあまり良くない傾向かもしれない。
「……疲れてるのかの?」
「司令。玉藻司令」
首をコキコキしながら司令室に戻ろうしたところを、若い士官に後ろから呼び止められる。
正直あまり相手をしたくはなかったが、露骨に嫌な顔をするのも可哀想だと玉藻は思う。ふと、そんな今の自分の感情と、先ほど思いだした戦国時代に暴れ回っていた頃の自分とのギャップに内心苦笑する。そのおかげで疲れは隠せないにしても、嫌な顔はせずに振り返ることが出来たと玉藻は思った。
「ん?どうした?」
「お疲れのところ申し訳ありません」
やはり疲れは表面に滲み出ていたようだ。
「息子さんと娘さんが面会を求めていますがいかがしましょうか?」
「息子と娘?」
「それが……相手は九尾ノ未知斗大尉と九尾ノ愛少尉なのですが、お二人とも大尉、少尉としてではなく、息子と娘として母親に用事があると言うものですので……」
言われるまでもなく息子と娘と言えばその2人しかいないから相手が誰かは玉藻にはわかった。
いや、正確には娘がもう1人いた。3年前までは――
「ふむ。なんじゃろうな?……まあよい、わかった。ご苦労」
「はっ。失礼します」
士官が敬礼をして下がったのを確認してから、玉藻は大きく深呼吸をした。
「……あまり悩んでいる姿を見せるわけにはいかないからな。母として」
そう呟いてもう一度深呼吸すると、未知斗たちがいる方へ走り出した。
できるだけ軽やかにスキップするかのように心がけて。
*
「みちとー♪あーい♪」
廊下に声を響かせながらオレに飛びついてくるモノが1つ。
まあ、こんな風にしてくるのはいつものように―――玉藻しかいないのだけどな。
玉藻は腰に飛びついてくると、キラキラした目でオレを見上げる。
「どうした?改まって呼び出したりなんかして?」
「いや……それがな……なんて言うか……」
「ん?相洲博士の事は残念じゃったが、研究所の撤収自体は無事完了したようだな。未知斗や愛は怪我してないか?そう言えばミライはちょっと大きな怪我をしたと聞いたが大丈夫だったのか?」
「え、ああ。オレが油断した所為で怪我させちゃったんだけど、愛に治療して貰って」
「傷1つ残らないように治療した」
愛が『当然』と言う風に少し自信ありげに答える。
「ふむふむ。それはよかったが………ふむ………未知斗の所為で怪我をしたのか?それならば多少は傷跡が残るのも良かったかも知れんな」
玉藻がいつものようによくわからない事を言い始めた。
愛は小さく首を傾げる。
「よく考えてみろ。キズモノにしたとあっては、未知斗が責任を取って面倒をみてやらんといけないようになるではないか。『お嫁に行けなくなる?ふっ、心配するな。オレが嫁に貰ってやる』みたいな?」
やっぱりそう言う話かぁ……というか、後半のセリフはオレが言うわけ?
「……なるほど。やっぱり玉藻、賢い」
しかも愛は本気で感心している。元々親類で血が繋がっている分、なんだかんだで結構、玉藻と愛は考え方というか性格が似ていると思う。
「で、そのミライのおかげで未知斗は怪我は無しですんだのかの?」
オレの身体をさすりはじめる玉藻の両肩を掴んで、少し強引に引き離す。
「ん……未知斗?」
「玉藻……ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
「うむ聞くつもりでいるぞ。ふふ……どうしたのだ真面目な顔をして?」
玉藻は手で口を隠しながらクスクス笑い始める。
「袂に会った」
クスクスが止まる。
口は手で隠したままだけど、玉藻の綺麗な金眼は大きく開かれたままオレを凝視している。しかしそれも少しの間だけで、すぐにその眼はいつもの優しく微笑むものへと戻っていた。
「……ふっふっふ。何だ?夢でも視たのか?」
「いやそうじゃないんだ。ホントに会ったんだ」
オレは生野での任務の事を詳しく話して伝えた。
隠密に長けた世界敵に研究所への侵入を許したこと――
研究所にて、博士の遺体があった部屋に袂と妖狐の娘がいたこと――
そして袂と会話を交わしたこと――
「……報告には無かった気がするぞ?」
袂に遭遇したことは小隊内だけの秘密にして、上には報告していない。
別に報告しなかった明確な理由はないのだけど、何となく玉藻の耳にだけ直接伝えた方がいい気がした。
「黙ってた。玉藻にだけ伝えた方がいいと思ったから」
「ふむ……」
玉藻は顎に手をやり思案するポーズのまま、しばらく考え込む。
「……玉藻?」
「ん?ああ……それはもしかしたら袂が生きているのかもしれないのぉ……」
おぉ!?やっぱりそうなのか!?
オレは嬉しさのあまり手を一回叩いていた。
玉藻がそんなオレを上目遣いで伺ってくる。その目は厭が追うにも鼓動が高なるオレとは対照的―――とてもクールで冷めた眼差しをしていた。
「た、たまも?」
「……と、でも言ってもらえることを期待していたか?」
「え?」
「しっかりしろ未知斗」
玉藻が拳でオレの腹を軽く打つ。
「現実をよくみろ。袂は死んだのだ。3年前の大阪防衛戦の際にの。孤立無援じゃった。まず間違いない。それはわらわよりも同じ戦場にいたお前の方がよくわかっているであろう。そんなことでは次はお前が命を落すことになるぞ?」
「い、いや……でもな玉藻。オレは確かに見たんだよ……そ、それに会話もした。オレが話しかける前に、オレの名前をまだ言ってないのに『久しぶり未知斗』って向こうから言ってきたんだぞ?」
「………本当に名前を言ってなかったのか?愛やミライや流華が戦闘中にお前の事を呼んだりしなかったのか?少し頭が回る相手ならばそれでお前の名前を知っていたかのように振る舞う事もできると思うが?」
「それは……」
「だいたい会話をしたと言うが、何を話したのじゃ?他愛もない世間話か?それとも残懐、蟄懐を口にしたか?」
ざ、残懐?蟄懐?
「ああ……心残りや不平不満といった事だ。それでどうなんじゃ?何を話した?」
「それは……」
オレは袂とあのとき何を話した?
咄嗟に聞かれるとすぐには思い出せない。いや、思い出せてはいるが、支離滅裂な内容だったので何から話して良いのかわからない。
「えっと……箱庭が何とかって……お母さんが頑張っているから上がどうとか……」
……あ!
何で今まで気がつかなかったんだオレは!?オレの名前を呼んだことよりももっと重要な事を袂は口にしていたじゃないか。あいつは『お母さん』と言ったんだ。玉藻の事を!
「玉藻!もっと重要なことがあった。そいつは玉藻の事をお母さんって、玉藻と袂が親子だって理解してたんだよ!それって――」
「……まあ聞け」
制するように玉藻が少し口調を強めて言う。
「お前にまでは伝わってない情報かもしれないが、世界敵の中には人間そっくりの姿をした者が稀にいる。もちろん幻覚で姿を変えてみせる蝶型世界敵などとは別にだ」
「え……」
「人間種だけではない。人外種の姿をした世界敵もいる。そしてそれはすべてが過去に戦死した者、もしくは行方不明の者の姿をしている。意味はわかるか?」
「そ……それって……」
「世界敵の中には相手の身体をそっくり乗っ取ってしまう奴がいるということじゃ。乗っ取る対象の生死を問うのかどうかなど詳しいことは何もわかっていないが、過去にいくつか事例が確認されておる」
「なっ……そんな話聞いたことがないぞ」
「もちろん最重要極秘事項じゃ。考えても見ろ。そんな事を公表しては皆が疑心暗鬼に囚われてしまうではないか?もしかしたら一緒に戦っている仲間の中に世界敵が混ざっているのではないか?……とな」
確かにそうかもしれない。
「あ、そうそう。そいつらにはただ1つ、乗っ取るルールに決まりというか、法則みたいなものがあっての。乗っ取る対象が身体的もしくは頭脳的にずば抜けて平均を上回る者、いわゆる天才の類しか選ばないと言うことじゃ」
「で、でも!袂が乗っ取られたとは―――」
「では聞くが未知斗。袂が仮に生きていて、お前の追跡を振り切るぐらいに四肢ともに健全ならば、何故ここに戻ってこない?」
それはオレもずっと考えていたけど答えは出なかった。
「百歩譲って何か事を成している最中だったとして、一言無事だったことを伝えに来てもいいのではないか?それがこの3年間全く音沙汰は無かった。しかもお前の話では五体満足のようじゃから、大怪我で動けないというわけでもない。お前のことも認識していたようだから記憶を失っているわけでもない。それなのにじゃ」
玉藻がオレを見上げている目には『間違っているか?』と言う問いが浮かんでいた。
いや、玉藻の言っていることは何1つ間違っていない。まったくもって正論だった。
それでも……それでも心の奥底の何処かに―――
『袂はまだ生きているんじゃないか?』
―――そんな気持ちが無意識に残っていたのかもしれない。
報告しなかったのだって、生きている事を玉藻に認めてもらいたかったから直接伝えたのだと思う。
「しっかりしろ未知斗」
玉藻はオレをそっと抱きしめてきた。
「玉藻?」
「今度その袂モドキと遭遇したときは躊躇無く倒せ。よいな」
「え……?」
「わしはもう子供を失いたくないからの」
いつもは実力も考えも底がまったく見えない化け物のような人だと感じていたが、今オレに抱きついている玉藻は身丈通りのとても小さく弱々しい存在に見えた。
「玉藻」
「ん~?どうした?怖い顔して」
抱きつきながら顔を上げる玉藻。
「本当にいいのか?」
「……何がだ?」
オレを見上げる玉藻の顔は微笑を浮かべたままだった。ただオレへの返答は少しだけ遅れて返ってきた。
「袂の事だよ」
「ふふふ……だから言ったであろ?躊躇無く倒せ。相手は袂の姿を真似ており、同等以上の能力を保持しているであろう。油断などしたら、また誰かが傷つくことになるぞ……傷つくだけで済めばよいがな」
玉藻はそう言うとオレからゆっくりと離れて、隣にいる愛の頭を優しく撫でてあげる。
「………わかった。次はもう手加減しない」
「うむ。それがよかろう」
玉藻が満足そうに鷹揚に頷いた。
「それはそうと……未知斗よ。それはどうしたのだ?」
玉藻がオレの腰に差している小刀を指差す。
これはあの袂モドキが投げたと思われる、天井に刺さった刀だ。玉藻に渡してやろうと持って帰ってきていた。
「これか。これはその……さっき話した袂の偽者が使っていたと思う刀なんだけど。昔、袂が使っていたのに似てるからさ。玉藻に持って帰ってやろうと思って――」
『袂の偽者』と言うのに若干抵抗があるが、玉藻にこれ以上心配をかけたくはない。
ただ、意外にも玉藻は興味を示して『見せてみろ』と手を差し出したので渡す。
玉藻は渡された小刀を鞘から半分抜きだし、その刀の刃の部分をジッと見つめる。まるで刃の表面の波紋を1個1個確認するかのように入念に。
「………未知斗。これ、しばらくわらわが預かっても良いか?」
「え、あ、ああ。別に玉藻にあげるつもりで持って来たから構わないけど」
「うむ。礼を言うぞ」
小刀を鞘に収めると、それを少し掲げて礼を言う。その玉藻の表情は何故か少し機嫌がいいように見えた。
「あの……閣下。目を通していただきたい書類があるのですが」
会話の切れ目を見計らっていたかのようにタイミング良く廊下の向こうから若い士官が玉藻を呼ぶ。
「あー。わかった」
「忙しそうだからオレ達は戻るよ」
「すまんな。当分家には帰れないと思うから、また何かあったら呼び出してくれ」
「ああ……あ、あと……その……無茶して身体、壊すなよ」
「うむ!未知斗も愛もな」
玉藻は満面の笑みを浮かべると大きく頷いて呼んでいた士官の方へと歩いていった。
オレと愛は、何となく玉藻が廊下を曲がってその九尾が見えなくなるまで、その場で見送った。
「……強いね……玉藻」
愛がポツリとつぶやく。
「本当にそう思うか?」
「……ううん」
「……だよなぁ」
長く一緒に暮らすオレと愛ならわかる。
何となくだけどいつもより玉藻の会話のテンポが悪かった。疲れているからと言えばそれまでだけど……たぶんあれはそれだけじゃない。
さすがの玉藻も実の娘の話となればショックは隠せないのだろうか?
オレは踵を返して、玉藻のいる司令部とは逆の廊下を進む。
そう言えば、話の内容が深刻だっただけにすっかり忘れていた事があった。玉藻にはもうちょっと詳しく聞きたいことがあった。
1つは、黒髪おかっぱ頭の妖狐の娘のこと。
もう1つは、博士の遺体が四散したこと。
この2点については袂の件とは異なり、既に隊の上層部報告済みだ。それで特に問いただしてこないところを見ると、大して気にかけてない、重要ではない事柄なのだろうか?
それとも―――
「おーい!話は終わったぁ~?」
静かな廊下によく通る女の子の大きな声。声の主である鬼瓦ミライと、彼女に無理やり引っ張られるようにして小泉流華が走りよってきていた。
外で待っていろと言ったのに、我慢できなくなって来たな。
「ああ、今終わったところだ」
「もぉーおっそい!!待ちくたびれた!それでどうだったの?」
「玉藻に叱られたよ。その袂はニセモノだって」
先程玉藻に言われた遭遇した袂モドキがニセモノだという証拠を、ミライと流華にも説明した。もちろん姿を盗む世界敵の事は隠しておく。琉華あたりは既に知っていそうだけど。
流華は直接は会ってないから始めから半信半疑だったかもしれない。しかしその話を聞いたミライも『やっぱりそうだと思った』とあっさり納得した。
ミライらしいと言えばそうだが、あっさりしすぎていてちょっと違和感を感じる。
「ねぇねぇ。それで今日はこのあとはどうするの?」
「ん?ああ、時間もいい感じだしな。みんなで飯食って帰るか?」
「あ……」
愛が何か言いづらそうに口を開く。
「ん?どうした愛」
「兄様。すみません、このあと流華と重要な話があるから夕飯は一緒にできない」
「ん?そうなのか?」
正直少し驚いた。
いつもオレにべ~ったりな愛が、オレとのご飯をキャンセルして別件を優先するなんて事は今まで無かったことだ。別に寂しいとか悲しいとかじゃなくて純粋に『そんな事があるんだ』という驚きだ。
流華に目をやると肯定するように頷いて返した。
「すみません……」
愛が本当に申し訳無さそうにペコリと頭を下げる。
「いや、別にかまわねぇよ。たまにはこういうのでも……じゃあ夕飯どうするかなぁ……」
料理は愛や玉藻に任せっきりだから、オレができる事って言ったら米を炊くぐらいだ。
「だから夕飯は外食………ミライと2人で食事に行くのがいい」
愛が『良いこと』を思いついたと言わんばかりの口調で言う。
「2人で夕食を共にして、2人で夜景を眺めて、2人でしっぽり――」
オレが咄嗟に愛の口を塞ぐ。
こいつは止めなかったら何を言い出すのかっ!?
「あは……あははは……あ、愛っちはおませさんだなぁ……あははは……はは……」
そう言い返すミライの顔は誰が見ても引きつっていた。
セリフを言い切れたのは、普段から吹かせている姉貴風を守ろうとする無駄なプライドのおかげだろう。
「おませ?……2人でデートすればいい」
「で、で、デート!?って愛っち!?」
若干言葉をオブラートで包んでみたらしい。まあ根本は何も変わっていないけどな。
「あ~……えっと、愛。用事があるんだろ?オレは大丈夫だからもう行っても良いぜ」
「はい」
愛は素直に頷くと、別れの挨拶をした流華とともに歩いていってしまう。残されたのは当然オレとミライの2人だけだ。
所謂気まずい雰囲気である。
「じゃあ……さぁ……」
ミライの方を見る。何故かミライはオレをすごく睨んでいた。
「……なによ?」
「……デートするか?」
「なっ……なななな……す、すすするかぁ!ぼけぇ!!」
ぐほっ!?
目にも止まらぬ速さでオレの腹にミライの正拳突きがめり込む。
「うっ……な、なにしやがる……」
「いきなりそんな事言う未知斗がいけないの!!デリカシーなさすぎ!!このヘンタイ!ヘンタイ!!」
デート誘っただけでこの仕打ちかよ。デリカシーはまだしも、ヘンタイではないだろ。
「ごほごほ……ったく、せっかく誘ったのにさ。まあ、嫌ならいいけど」
「あ……」
オレのセリフについ声を漏らしてしまったミライが『しまった!!』みたいな表情を浮かべる。
「あ?」
「……」
「ミライ?」
「な、ななな!なにさっ!!流華に愛っちを取られてションボリしてるからってボクに突っかかるのは止めてよね!」
「いや……別に突っかかってはいないけど――」
弄ってはいたけど。
「それよりミライこそ愛に流華を連れて行かれて寂しいんじゃないのか?」
「なっ!?わけわかんないこと言わないでよね!!」
「訳がわかんないのはお前の方だ」
「っ……」
「……」
「……」
「……」
「……何だか、2人で言い合ってると空しくなってくるな」
「同感……」
珍しくオレの意見に同意した。
「じゃあ、とりあえずデートは置いといてさ。ホントに飯食いに行かないか?夕飯」
「未知斗の奢りだからね」
「お前なぁ……さも当然のように言うなよな。まあいいけど――」
ミライの顔が明らかにパァ~っと明るくなる。
「――ただし、甘いものは無しな。夕飯なんだから」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
今度は暗くなる。本当にわかりやすい奴だ。
ん~………わかりやすいか。そうは言っても、こいつのわからない事は色々ある。
「おい?おーい?みーちーとぉ?」
「あ……ああ、どうした?」
「『どうした?』じゃなくてご飯食べに行くんでしょ?」
オレの顔を少し訝しげに覗き込むミライがいた。
「あ、ああ……」
「……」
ミライがオレの顔を半眼でジッと睨む。
「……な、なんだよ?」
「本当に元気ないね?まさか冗談抜きで愛っち取られて寂しいとか?」
「バカ。そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ何よ?」
ミライの問いを無視して先に進もうとするが、前に周り込んだミライが腰に手をやりオレを睨み上げる。
こうなると力づくでも聞き出そうとするからな……この小鬼は。
「ん……ただな。今に始まったことじゃないんだけど、さっきみたいにミライがオレの恋人みたいに周りから扱われているの迷惑に感じてないのかな?……とか、ちょっと考えていただけだよ」
「はぁ?……えっと……またそんな事考えてたの?」
「ああ。さっきは愛が言っていたし、相州博士にもそう見られていただろ?玉藻からはしょっちゅう言われるし、他の隊員からもそういう扱いされている………ああ、あとイッキおじさんにも会うたびにそれっぽいことを言われているな」
「もぉ……あの親父様は……何言ってるのよ」
ミライが俯いてブツブツ文句を言っている。
「たまになら笑って誤魔化せるだろうけど、これがしょっちゅうってなると、嫌になってるんじゃないかなと思ってさ。それならいっその事――」
「い、いっそのこと!?」
俯いてたミライが一転、顔を上げてオレに迫ってくる。その眼は先ほどまでの半眼ではなく、まん丸に見開き………若干ギラギラしていて………少し怖い。
「――べ、別に付き合ってないって事をハッキリ言った方がいいのかなと思って……」
「………そっちかよ」
オレに飛びかからんばかりに迫ってきていた小鬼が、風船が萎むように勢いがなくなると、そっぽを向いて呟いた。
……かと思いきや、再びオレの事を睨み上げる。
ったく。なんでこいつはこうも忙しいのだろうか。
「そ!そんなことよりっ!未知斗はどうなのよ!!」
「へ?オレ?」
「そうよ!この手の話をする時はいつもいつもいつもいつもボクのことばかり気にするけど、肝心の自分はどうなの?って話よ!」
「それって……オレがミライの彼氏扱いされてどう思っているかって事か?」
「そう!」
確かにいつもミライが『ボクは別に気にしてない!』と答えてこの手の話は終わる。オレがどう思っているかなんて言ったことなかったかもしれない。
「ど、どうなのよ?」
「んー………別に嫌じゃないかも」
「……ふ……へ………は、はぁ!?な、ななななに言ってるのかなっ!?」
何言ってるって、お前が聞いてきたんだろうが。
ミライは両手を少し紅くなった顔や頭の周りであたふた動かしはじめる。なんだ?阿波おどりでも踊り始めたのか?
しばらく不思議な踊りを続けてオレの精神力を若干削ったのち、今度は自分のツノを弄りってモジモジし始めた。
「そ、それって……どどど、どういうことかな?」
「どういうことって言われても、そのままだよ」
「そ、そそそのままってぇ!!?」
「だから、ミライと一緒に見られても、別に嫌な気持ちにはならないってことだ。逆に全然知らない人と噂になったりしたら居心地が悪くてしょうがないと思うしな」
「あ……ああ………………なんだぁ……そういうことかぁ」
声のトーンが一気に落ちていく。
しかしそれも一瞬のことで、オレの手を掴み強引に引っ張りながら元気よく言う。
「ま、それでもいっか!ほら未知斗。ご飯食べに行くんでしょ?」
「あ、ああ。でも――」
「わかってるってば。割り勘でいいからさ♪」
いや……割り勘じゃあ、絶対食べる量の多いミライの方がお得だし。
まあいいか。そんな感じの方がオレとミライらしいしな。
小柄な身丈によらず力強く手を引っ張ってくる幼馴染の後ろ姿を見ながら、ついそんな事を考えて口元が緩んでしまった。
それにしてもこいつは色恋い話には敏感に反応するのに、こうやって手をつなぐのは抵抗ないんだな。
オレとしてはこっちの方が結構恥ずかしいんだけど………まあ、子供の頃からこうやってオレをいろんなところに引っ張り回してるから気にならないのかもしれない。
昔からと言えば、愛とミライは昔から知り合いなので仲が良いのはわかるが、愛と流華があそこまで仲良くなるのは、こう言っては何だけど少し意外だった。
まあ『兄様兄様』とオレにベッタリだった事を考えると、他の人と付き合うようになったのは良いことのはずだ。交流が広がれば視野も広がるだろう。
「おいおーい?みーちーとぉ?」
「あ……ああ、どうした?」
「『どうした?』じゃなくてご飯食べに行くんでしょ?」
オレの顔を少し訝しげに覗き込むミライがいた。
少し考え事しすぎていたみたいだ。
「未知斗……もしかしてホントに愛っちが離れちゃって落ち込んでるの?」
「アホぉ。んなわけあるか。飯食いに行くぞ」
「はいはい」
ニヤニヤしているミライが気に食わなかったが、無視して歩き出す。ミライもオレの少し後ろをついてくる。
とりあえず何処に行くかは決まってないけど、基地の外に出ない事には食事できる場所も限られてしまう。
「まあ~実際は、自分から食事をキャンセルした愛っちの方が内心は穏やかじゃないだろうけどねぇ」
まだその話は続くのか?
「何言ってるんだよ?たまには別々でもいいじゃないか。小さい頃からずっと一緒だったんだから、オレ以外と親しくなるのもいいことだと思うぜ?」
それを聞いてミライの顔が明らかに変わった。
今までの冷やかす感じのニヤニヤ顔ではなく、キツイ……と言うか、小馬鹿にした感じの表情になった。
「まったくぅ~ホンキで言ってるの?未知斗は?」
「本気ってなにがだよ」
「愛っちのホントの気持ちのことわかってないの?それともわかってないフリ?」
愛の本当の気持ち?何が言いたいんだこいつは?
「愛っちが未知斗の事が大好きだってことよ」
「その話は知ってるっての」
この前の汽車の中でも聞いたしな。聞いていたことは一応内緒だけど。
「そうじゃないよ。そうじゃないんだよなぁ~未知斗く~ん」
わざわざオレの顔の前で、指をチッチッチと振ってみせる。
「勿体振るなって。言えよ」
「ふふん~♪こほん……じゃあ聞くけど愛っちは未知斗のことをなんて呼んでる?」
「ん?……『兄様』だろ」
「じゃあ玉藻さまのことは何て呼んでる?」
突然言われるとすぐには思い出せないものだな。えっと……『玉藻』だったかな?
「それじゃ袂姉のことは何て呼んでた?」
「袂?……呼び捨てで『袂』って呼んでた」
……。
……今更だけど、気がついた。
オレの表情を読み取ったのか、ミライが『わかったでしょ?』という顔でオレを覗き見る。
そうかオレ以外は母親代わりの玉藻ですら呼び捨てで呼んでいるんだ。
それは何故か―――
「はじめに会話できるようになった相手がオレだったから、その名残とか?」
オレの言葉にミライが大きく肩をすくめる。いちいちオーバージェスチャーだなこいつは。
「はぁ~……まだ半分もわかってないじゃない」
「半分って、もう半分は何なんだよ?」
「それはぁ……ボクの口からは言えないなぁ」
なんだそれ?さっぱりわからないぞ。
「さっ!そんなことより早く行こう!最近はすぐお店閉まっちゃうから急がないとね」
確かにミライの言う通り、お店が夜は早く閉まるのは本当だ。ランプの油も節約するとかで、夜も19時を過ぎると一気にお店が閉まってしまう。20時にはほとんどのお店が閉まり、開いてるのは当番医の病院ぐらいだ。
オレの返事も聞かずにさっさと先に走っていくミライ。
うまく誤魔化されたような気もするが、追求したこところでこれ以上は喋らないだろう。
それから近くのファミリーレストランに入り、閉店間際の時間いっぱいまでミライに食事を付き合わされた。
結局帰ったのは20時まわっていた。
大食いのミライに付き合って若干軽くなった懐を寂しく感じながら家に戻ってみると――
『今夜は流華の家に泊まることにします』
――という愛からの置き手紙があった。
女友達の家にお泊まり………全然、悪い事じゃない。むしろ仲良くすれば良いと思う。
でもその下に書かれた1文――
『なので、ごゆっくり』
――は余計だ。
次の日。
日本政府から須磨砦が消失したこと。さらに世界敵との決戦に向けて姫路要塞に兵力を集結中だという事が発表された。