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セカイ ノ コトワリ  作者: 冬ノゆうき
12/35

to_date('2028/05/06 09:10:00') location = '兵庫県 生野 国立世界敵研究所';

自衛隊の方、申し訳ないですね。手伝ってもらって」

「いいえ、撤収を支援するのも僕らの役目ですから―――っと」

 何かよくわからない書類でいっぱいの段ボール箱を木炭トラックの荷台に積む作業を手伝っていると、同じように作業していた研究員に感謝された。


 研究所3日目。

 2日目同様に世界敵の姿はなく、朝から撤収作業の手伝いをしていた。


 先程の研究員には任務の一部のように答えたが、任務内容は撤収作業の護衛であって、このように荷物運びを手伝うのは、任務には厳密に含まれてはいない。

 しかし周囲の地形や施設内部を確認し終えた現時点では、特に何かが起こらない限りは暇なのである。

 だからこうして手伝っている訳なのだけど―――


「ところでウチで一番力持ちの小鬼はどうした?」

 オレと一緒に荷物運びの手伝いをしている愛に聞いてみる。

「部屋で昼寝中」

「ったく………あいつは食って訓練して寝るだけだな」

「とても健康的」

「いや、まあ……そりゃそうかもしれないけど……」

 いつもの事だけど、嫌みではなく本心で答えている愛に内心苦笑する。


『未知斗。応答願います』

 荷物運びを続けていると、耳につけた小型インカムから流華の声が流れてくる。

 現在、流華はこの研究所の屋上に上がって周囲を監視中だ。

 ただ監視と言っても目視で行っているわけではない。彼女の特殊能力を存分に発揮した監視方法だ。


 流華は身体の一部が機械で出来ている。

 もちろん生まれた時からなどではなく、世界敵に襲われた際の怪我によるものだと聞いている。

 10歳頃に世界敵に襲われ、一命を取り留めたものの身体の自由が効かなくなってしまう大怪我を負ったらしい。そこで開発中だったサイボーグ化技術を取り込むことで、今のような自由に動ける身体を取り戻したそうだ。元々聡明な頭脳を持っていたのと、父親が陸上自衛隊の元将官だったコネで実現できたらしい。

 ただし交換条件として、彼女は次世代電子兵士として統合自衛隊に入隊を強要されることになる。本人曰く『モルモット』のようなものだそうだ。

 その後、流華の頑張りもあって電子兵士の有効性は実証された。

 しかし近畿地方を失い、急速に電力などのインフラが低下している現代日本社会では電子兵士の量産はおろか、流華に続く試作体の生産すら難しくなっていた。結局今に至るまで、流華に続く電子兵士は生まれていない。


 そんな彼女は電子兵士として身体能力も若干上がっているが、彼女の最大の特徴はその左目に埋め込まれた『歩兵戦術情報処理システム』通称TUKUYOMIツクヨミである。

 彼女の全身の皮膚の中にはナノレベル―――ようは目に見えないぐらい小さなレーダー発信器と受信器が散りばめられているらしく、そこから得られる膨大な情報を瞬時に処理整理することができる。戦術コンピューターみたいなモノが左目に収まっている。

 詳しい事は知らないが、動力源は彼女の体温から電気を発電して得ているらしい。極端な話、彼女が生き続ける限り動き続けるそうだ。

 この情報処理能力のおかげで、オレの小隊は他の小隊に比べて格段に進軍能力に長けている。その()()で単独の遊撃作戦とかに任命されることが多いのだが―――


『どうした、何か問題か?』

『はい。世界敵が接近中です』

『ここが目的地か?』

『詳細な目的は不明。ただし今の進行方向を維持するならば生野市街地のいずれかの地点に到達するものと思われます』

『敵戦力は?』

『15ないし16。いずれも小型もしくは中型の陸上歩行タイプ』

 小隊規模か。山間地で独立して動く世界敵の集団にしては比較的大規模だ。

 定員割れもいいところで、名ばかりのオレ達九尾ノ小隊だが、それでもこの4:1の戦力差はとくに苦にはならないだろう。

 ただ問題なのは、今までの経験上この規模の世界敵集団を殲滅すると、近日中にそれに倍する世界敵が襲来してくる事が多々あった。

 今のままではあと2,3日はこの研究所から離れることはできない。そうなると戦闘はできるだけ避けたいところだが………どうしたものかな。

『どうしますか?未知斗』

『……避けられる戦いは避けたいところだが、こちらに向かってきているとなるとそうも言っていられないな。今回は出来るだけ研究所から離れた場所で殲滅しよう。もうしばらくこの場は離れられそうにない。かと言って、世界敵が進行ルートを変更してくれる可能性にかけるわけにもいかない。それなら下手にここで戦って、世界敵がこの場所に集まるようなマネはしたくない』

『適切な判断だと思います』

 頭脳明晰な副長からも賛同が得られた。

『琉華』

『はい』

『ミライは部屋で昼寝中だ。とりあえず叩き起こして5分で研究所玄関に集合してくれ』

『了解です』

 通信を終えて愛の方を見る。

「――と言うわけだ。愛、少しここを離れる事になりそうだ。簡易なモノでいいから、この研究所周辺に結界を張っておいてくれないか」

「うん」

 愛は頷いて答えると、空中に何やら複雑な術式を描き始めた。

 彼女の指が空間をなぞるたびに、微かに青白い光の帯が浮かんでは消えていく。周囲の研究員も作業の手こそ休めないが、愛の術式の構築作業を興味津々で眺めている。

 流華が科学の力で周囲の様々な事を調べることができるのに対して、愛は玉藻直伝の妖術によって周囲に様々な影響を与えることが出来る。使える妖術の数も半端ではなく、流華同様に何でもオールラウンドにこなせてしまうのが彼女だ。

 指揮や戦闘に特化しているオレやミライとは一味違う。

 ものの10秒ほどで術式は完成した。

 愛が言うにはこの研究所の外周のさらに1m外側に世界敵の侵入を阻む簡易な結界を組んだらしい。人の目には何も無いように見えるが、研究所を囲むように愛の妖気が漂い始めたことがオレにはわかった。


 愛が術式を完成させて間もなく、呼び出してから3分ほどでミライは研究所から飛び出してきた。

 服装はしっかりと統合自衛隊から支給の山岳迷彩服に着替えている。そして彼女の背中には流華が愛用する在日米軍から横流しされたという曰く付きの長大なライフル『XM2010』が背負われていた。

「未知斗ぉ!!世界敵が接近中って本当かっ!?」

 所員たちの間からざわめきが起こる。

 あの馬鹿………周りには撤退作業中の一般所員がいるんだぞ。

「残念ながら本当だ。だからあまり嬉しそうに言うな」

「嬉しいことを嬉しそうに言って何が悪いの?ボクは世界敵を狩るために統合自衛隊に入ったんだからね」

「それはよく知ってるよ」

 遅れて流華が駆け足で研究所から出てきた。

「ミライ。帽子を落としましたよ」

「あぁ~ありがと♪」

 やれやれ。こいつ世界敵と聞いて、文字通り飛び出してきたな。

 とりあえず時間がないので、ミライに手短に現状と作戦内容を伝える。


   ・

   ・

   ・


「―――と、言うわけだ。ここから東へ移動して世界敵たちを迎え撃つ」

「はーい。でもここは誰も残らなくてもいいの?」

「正直言えば誰か残したいところだけど。世界敵の数が多めだからな。討ち漏らして仲間を呼ばれることだけは避けたい。そう考えると4人で迎撃せざるおえないだろうな」

 小隊の定員割れが原因の絶対的な人手不足である。

「とりあえず愛には研究所の周りに結界を張ってもらった。急場のモノだが、並の世界敵ではなかなか突破できないはずだ」

「じゃあ安心だね!よぉ~し!いこーいこー!」

「未知斗。作戦実行可能な残り時間が少ないです」

「ああ、わかってる。これより九尾ノ小隊は当地に接近中の世界敵の迎撃を実行する」

 隊員たちに正式に指示を出す。

 流華と愛は真面目に敬礼を返すが、ミライは周囲の所員に向かって『いってきまーす!』と手を振っている。オレの話を聞いちゃいない。

 流華ほど真面目に構えろとは言わないが、もう少し緊張感を持ってくれてもいい気がするけどな。ミライは。

 あとは相州博士に現状報告だけはしておきたいけど―――

 そんな事を思っていたら、タイミングが良い事にその博士が研究所内から出てきた。

「やあ、未知斗くん。何やら騒がしいようだけど、何かあったのかい?」

 所員たちとは対照的おほほ~んとした雰囲気で相州博士が近づいてきた。

「ええ……少し問題が起きました」

「問題?」

「はい。15体前後の世界敵がこの生野に接近中です」

「ほぉ~。よく接近してきているのがわかるものだねぇ」

 知識の探求者らしく、世界敵の接近に怯える前に何故接近しているのがわかったかの方が気になるようだ。

「副長の小泉少尉が索敵に適した特別な能力を持っているのです。それでその世界敵たちにこの研究所の場所を知られるわけにはいかないので、これより我々小隊は東方面に進出して世界敵の集団を殲滅してきます」

「了解。了解。世界敵との戦いは専門家である君達に任せるよ。それよりも小泉少尉………というのは、そこのお嬢さんだよね?君にそんな特殊な能力が?」

 博士の視線が流華に向く。

 当の流華はいつもならば何か受け答えするところを、黙ったままだ。

 やはり何かおかしい………

「兄様」

 心持ち強い口調で愛が呼ぶ。

「兄様。非戦闘員は念のため避難させた方がいい」

「ああ、そうだな」

 愛の言うことはもっともだ。しかも博士からの質問攻めから逃げられそうだ。オレは相州博士と周囲の所員たちを見回す。

「ということです。詳しい話はまた後ほどでお願いします」

「ふむ………非常に残念だが、今は君達の言う通りにするとしよう」

 そう言うと博士は世界敵接近に怯える所員たちに指示を出して研究所内へと戻っていった。一応責任者らしいこともできるようだ。

 みんなが研究所内に避難し始めたのを確認してから、傍らの愛に目を向ける。

「愛、さっきは助かったよ」

「別に。兄様が困りそうだったから」

 相変わらず冷静な物言いだった。

「……ただあの博士」

「ん?」

「……なんでもない」

 愛はそれっきり何も言わなくなった。

「ねぇー!未知斗ぉ!早く行こうよ」

「あ、ああ、そうだな。九尾ノ小隊、出発!」

 オレの号令を待ってましたとばかりにミライが走り出す。オプションを含めて5kg超の重さがあるXM2010を背負っているというのに元気なものだ。

 彼女にオレが駆け足で続き、オレの隣に愛、後ろに流華。進軍時のいつものフォーメーションで小隊全員が走り出した。


   *


 生野の街から北東へ3,4kmほど行ったところにある竹原野という地点まで移動する。もう少し北へ行けば生野ダムという、今は管理されていないダムがある。

 流華の索敵で、世界敵がこのままの進路をとって進んだ場合、この付近で山から下りてくる事になるらしい。

「みんな、この付近で世界敵を迎撃する」

「了解です」

 流華はいつも通り、淡々と敬礼を返す。

「りょーかい!!いつでも準備オッケーだよっ♪」

 ミライが手の平に拳をパンパンぶつけながら言う。

 鬼族の特性で、彼女も戦闘を楽しむ癖がある。実戦では頼もしい存在だ。何せ単純な戦闘能力ではウチの小隊一だろうから。

「喜んでいる暇はないぞ。流華、世界敵の遭遇まであと何分だ?」

「およそ8分20秒後に北東方向から侵入してきます」

 北東の方を眺める。深い森に覆われた山々と集落との境に舗装された道が見えた。

「……あの森沿いに走る道のこちら側で迎え撃とう。森から出て道を越えてきた世界敵を潰していくぞ。戦術はいつも通り。ミライと愛が前進。近接戦闘にて世界敵を駆逐。流華は反対側の林からライフル射撃による前衛援護と情報収集。オレは前衛、後衛の双方をサポートする。以上、3分で配置につけ」

 三者三様の『了解』の声とともに、各自が散らばる。いちいち細かい指示をしなくても動いてくれるこの3人は指揮官としては楽で助かる。そういう意味ではこの3人は人材不足の統合自衛隊の中で経験豊富で相当優秀な隊員に含まれるのだろう。

 素早く配置につく3人を眺めながら、オレも道から少し離れた休耕田となっている田んぼの畦道に身を隠す。


 配置についてから数分後。

 山林から世界敵が続々と現れた。


『……世界敵を6体……7体確認。構成は熊型2体、馬型5体。すべて中型サイズ』

 100m以上後方でXM2010を構えている流華から報告が聞こえてくる。

 もちろん大声をあげているわけじゃない。聞こえてくる声は至って普通の音量、いやいつもよりも小さいぐらいだ。

 これはオレが【音飛ばし】の妖術で無理やり流華の口元の音をオレの耳元に送っている。

 人間だけで構成された小隊ならば無線機を配布されるのだが、無線機に使う電池やバッテリーも有限なので、最近はどの小隊にも必ずオレみたいな妖術を使える者を組み込んで、小隊内の指示はこういった妖術で行っている。

 ちなみに愛ももちろん【音飛ばし】の妖術を使えるが、彼女は前線で戦う役目があるのでこういった連絡妖術はもっぱらオレの役目だ。

『目標は熊型2体、馬型5体の計7体。流華のライフル射撃後に突撃だ。いいな』

『りょーかい!』

『了解』

 2人からも返事が返ってきたので、あとは流華の射撃開始待ちだ。

   ・

   ・

   ・

   ・


ぱん!


 黙ってなければ聞こえないほどの小さくて乾いた発砲音が田園に響く。

 よしっ!!

 流華の合図とともにオレは身体を起こして世界敵の方を見る。

 いつもながら大した射撃の腕前だ。先頭を歩いてきていたと思われる熊型の世界敵が、眉間から青黒い体液を噴きながらちょうど尻餅をついたところだった。

 銃撃一発ぐらいでは世界敵は死なない。

 しかしオレの前を駆る小鬼と小狐の強烈な一撃を、体勢を崩したその熊型がかわす事は不可能だろう。

 オレが数歩駆け始めた段階で、その熊型世界敵はミライの鉤爪に切り刻まれ、愛の氷礫で蜂の巣状態になっていた。

「きたきたきたきたきたぁぁぁぁぁぁ!!!」

 熊型を倒したミライはすぐには次の世界敵に向かわず、道路脇の大きな岩の上に降り立ち腰に手をやると、森を出てきた世界敵たちを見下ろす。

「わっはっはっはっはっはっ!!!」

 ……また始まった。

 いつものアレだ。

「わぁーれこそは日の本三鬼人がひとぉーり!瀬戸の鬼入道こと!鬼瓦ゲンカイが長兄!鬼瓦イッキが娘!鬼瓦ミライ!」

「九尾ノ愛……」

 大岩のそばに立って律儀に名乗る愛。そんな彼女の尻尾が徐々に立ち上がる。

「ひぃーとたびぃぃぃぃ!!!同じいくさ場に立ったからには!この名を冥土の土産に地獄まで持って行くがいいぃ!!!!」

 ミライは獲物を狙う肉食動物のようにグッと姿勢を落とす。するとミライの周囲の空間が靄が立ちのぼるかのようにぼやけ始めた。

 ミライのバカみたいに巨大な妖力が身体に収まりきらずに漏れているのだ。

 人間のオレでも視認できるぐらいの空間の歪みだ。


 これが鬼族の真骨頂『鬼人化』だ。

 鬼族は人間族よりも強力な妖力と身体能力を持っている。しかしそんな妖力や筋力を四六時中振り回していては本人も疲れるし、周囲も振り回される。

 そこで鬼族は普段力をセーブした状態で生活して、そのセーブした力を短期間に爆発的に解放する術を編み出した。

 それが『鬼人化』だ。

 この鬼人化の際の力の増幅率が、鬼瓦の家系の者は特に高い。


 鬼人化に併せてミライの頭のシニョンを突き破って鋭い角が兎の耳のように伸び、八重歯が犬歯のように伸びる。いかにも鬼と言った風貌に近づく。

 鬼人化して力を解放したミライを止めるのは並の使い手では務まらない。さすが鬼族最強の呼び声高い鬼瓦家の血を引いているだけはある。

 でもあの口上中と変身中に世界敵の動きを牽制していたのはオレの鎖だって事は知っておいてほしいものだ。

「ふぅぅぅぅぅぅぅ……いくっよ!愛っち!」

「うん」

 愛の返事と同時にミライが動く。それよりほんの少し遅れて愛が動いた。

 ミライも愛も常人では見失うほどの瞬発力で世界敵に飛びかかっていった。その脚力があまりに強すぎて、ミライが踏み出した大岩が鈍い音をあげて割れる。


ぱん!


 流華の2射目も熊型の眉間を撃ち抜く。

 姿勢を崩したそれを愛が氷の妖術で粉々に吹き飛ばす。

 ミライは馬型を1体ずつ確実に仕留めていっている。

 愛はまるで舞を舞うようにとてもスマートで無駄のない戦い方だ。

 対してミライはお世辞にも綺麗な戦い方ではないが、その圧倒的な身体能力で相手を打ち砕く戦闘スタイルだ。

 ちなみにオレはそんな馬型がミライや愛の背後に回り込んだり、山に逃げていかないように、鎖を伸ばして牽制する。


 戦闘開始から1分ほど経ったところで琉華から通信が入る。

『未知斗。新手です。数8。全て中型サイズの世界敵が接近中。およそ30秒後に東方の森より出てきます』

『了解だ』

 始めの7体に今回の8体。合わせて15体だから。ほぼ始めの索敵時の数と一致する。

 オレはまず、現在接敵中の7体を素早く殲滅し、残り8体を迎え撃つように前線に指示を出し、愛から『了解』の返事が返ってくる。

 しかしその愛からの念話にかぶせるように、琉華から再び連絡が入った。

『北西1.5kmに世界敵の反応1。南西方面へ進行中』

『何?北西?』

 ここから北西1.5kmと言えば、この交戦地点と生野の街との中間地点。それが南西方面に向かって進んでいるとなれば、完全にオレ達の防衛線の裏をかいて生野の街に向かっていることになる。

『何故見つけられなかった?』

『わかりません。突然反応が現れました。すみません』

『いや……おそらく隠密に長けたタイプの世界敵なんだろう』

 前線を見ると、ミライと愛の圧倒的な戦闘能力で始めの7体は撃破が完了しようかというところだった。

『琉華。その1体はオレが追いかける。ここはお前が指揮を取ってくれ』

『はい。わかりました』

『愛、そう言うことだ。以後は琉華の指揮に従え』

『………』

 愛から何故か返事がなかったが、琉華に任せれば問題ないだろう。オレはここまで来た時に通った道を戻り、生野に向かった。

 走っては時間が掛かるので、手に持つ鎖を周囲の木々や電信柱に飛ばして巻き付かせ、ターザンブランコの要領で進む。こちらの方が地上を走るよりも数倍速い。

 しかしそんなオレのスピードを上回る速さで駆けてきた者がいた。

 愛だ。

 愛はそのままオレと平行する。

「おい、愛。琉華の指揮に従うように言っただろ」

「うん。琉華に従った」

「なに?」

「あそこはミライだけで十分。私は兄様の支援に迎え――と琉華に指示された」

 むぅ……そう言われると返す言葉がない。

「……まあいい。生野に向かっている世界敵が1体だけとは限らないしな」

「うん」

「それにオレよりも愛の方が探索能力が優れている。愛、半径5kmぐらいの広さで索敵の妖術はすぐに準備できるか?」

「できる。でも、いるのがわかるだけで大きさや種類まではわからなくなる」

「ああ。それで構わない。どうせ相手は小型か中型のクラスだろう。戦力的には問題ない。それよりも接近を見逃す方が怖いから網は広くしておきたい」

「うん」

 愛は飛ぶように走りながらが、器用に宙に術式を描いていく。

「……ん?」

 術式を描き終えた愛が首をかしげる。

「どうした?」

「……兄様。研究所内に世界敵の反応ある」

「くそっ!?もう侵入されたのか?」

「あと結界が突破された」

 だろうな。世界敵が研究所内に侵入しているのだから。

「違う」

「ん?」

「結界破壊前から研究所内に世界敵がいた」



 愛が妖術で世界敵を補足してから4、5分ほどで研究所の正門まで戻ってきた。

 正門から見る限りは世界敵が侵入しているような様子は見られず、研究所からは音もなく静かだった。

「世界敵はどの辺りにいる!?」

「あっちの方の………地下?」

 愛が指さしたのは先日の夜にミライと(無理矢理)入った地下研究室のある中庭の方向だ。しかも地下から反応があると言う。それならおそらくあの剥製達が原因だろう。

「すまん……愛には話していなかったな。それはたぶん研究資料用に捕獲されている世界敵の標本が反応しているんだろう。一昨日、博士に研究のために保管しているのを見せてもらったんだ」

「………でも動いてる」

「……なに?」

 オレはすぐに中庭へ走った。愛も続く。

 中庭に着くと、一昨日ミライと一緒に降りた地下室への階段から1体の世界敵がちょうど現れたところだった。

 それは地下室の水槽に浮いていた熊型世界敵だった。

 博士は言う事が違う。あの標本はもう動かないんじゃなかったのか?それとも何か動きを封じていた仕掛けが解けたのだろうか?

 いや、今は原因究明よりも目の前の世界敵をどうにかする方が先だ。

「愛、外に出る前に一気に倒すぞ」

「うん。でもまだ奥に何体もいる」

「なにっ!?」

 確かに地下室から上がってきた熊型世界敵の後ろにもう1体、同じ熊型の世界敵が見える。この前は地下室が暗くてわからなかったが、あの部屋には世界敵がたくさん並べられていたのか!?

 そんな事を考えていると、ふいに肌に冷たい空気が当たる。

 隣に立つ愛の両手が冷気を纏い、身体から漏れる妖力によって尻尾もたなびき始めていた。戦闘モードに移行している。

 熊型世界敵もさすがにオレ達(というか愛の圧倒的な妖力)に気がつき、こちらに向かって声にならない咆哮を上げる。

「兄様……大変」

 今にも熊型世界敵に向かって飛びかかりそうな愛が難しい表情を浮かべる。

「たぶん琉華が補足できなかった世界敵が接近」

 琉華のツクヨミにすら探知されなかった問題の奴だ。

 そもそもオレ達はそいつを追いかけてこの研究所に戻ってきたのだ。

「そいつは今どこに居る?」

「正面から本館に侵入………した」

「ちっ!」

 オレは後ろを振り返る。しかし中庭からは本館の正面玄関がちょうど見えない。

 さっき研究所に到着した場所から動かなければ迎え撃てただろうが………まさかと思うが、この熊型世界敵の方は誘導だったのだろうか?

 いや、たまたまだ。世界敵がそんな戦術レベルの作戦を行うなんて聞いたことがない。

 とりあえず現状、最優先に対応しなくてはいけないのは―――本館に侵入した敵の方だ。

「本館の世界敵はオレが追う。愛、お前は地下室の世界敵をすべて殲滅しろ。それぞれ任務完了後は互いの支援に回る。いいな」

「うん」

 愛は世界敵を見据えたまま小さく頷くと、そのまま熊型世界敵に向かって突撃した。すでに2体目の世界敵が中庭に出てきて、階段からは3体目の頭が見えていた。それでもあの世界敵が相手ならば何体だろうと、愛が遅れを取ることはない。

 オレは愛の突撃と同時に本館へと走った。


 本館には裏口から入る。

 中は嘘のように静まりかえっていた。

 所員が避難しているはずだが、全員地下のシェルターに避難してジッとしているのだろう。物音も人の気配も一切しない。

 オレは愛と同じように宙に術式を描く。愛ほどではないが、オレも探索の妖術を使うことが出来る。

人間なので妖術の素となる妖力を体内にほとんど内包していない分、探索範囲はとても狭いものしか発動できない。しかも愛が描いた術式とは比べものにならないぐらい簡易な術式だ。もっと難解な術式の書き方も教わって知ってはいる。ただしそんな術式を行使しようものなら妖力があっという間に枯渇して卒倒してしまうだろう。

 しかしとりあえずこの簡易な術式でも本館全体の動くモノぐらいは調べることが出来る。

 そして探知の術で確認出来た。間違いない―――侵入した世界敵はこの建物の中にいる。

 オレは腰に巻いていた特製の黒い鎖を宙に広げる。

 鎖はそれ自体が生き物のように宙を走り、オレの周囲を守るように取り巻いた。

 これがオレの得意技であり、人間の身で世界敵と渡り合うための唯一の武器である。

 人間のオレは玉藻や愛が持つ妖力を殆ど持ち合わせていない。ミライのように鬼族の驚異的な身体能力も持っていない。琉華のように高い計算能力と正確無比な五感も持ち合わせていない。

 そんなオレが世界敵と戦うために身につけた技がこれだ。

 他の自衛隊員のように銃器で戦うという選択肢もあったが、銃器には弱点があった。確かに銃器の威力は高いが、攻撃力がその銃器に依存してしまう。結局訓練などで鍛えても命中率は上がっても攻撃力は変わらない。これでは一定以上の世界敵にはいつまで経っても絶対に勝てない。

 幸いオレの周りには、幼少の頃から妖術のエキスパートがいた。幼い頃から人間の身でありながら妖術を修行させられたオレは、弱いながらも妖術が使えるようになっていった。

 その弱い妖術を最大限に生かすために、武器を操ることで力不足を補う戦闘方法を確立していった。

武器に鎖を選んだのは特に理由はない。強いて理由をあげるとするなら『戦闘の師匠に勧められたから』ぐらいだろうか?

 とりあえずこの戦闘スタイルのおかげでミライや愛のような高い戦闘力の人外種とも一緒に並んで戦うことができてきた。

 そんなオレは他の人からは不思議な人間に見えるらしく、妖術を操って戦うものだからオレの事をあまり知らない人間はオレを人外種だと思っている者もいるらしい。妖狐族の男子だと勘違いしている奴もいる。

 しかしオレはれっきとした人間族だ。

 ただ、周囲の環境が特殊過ぎるだけの人間だ。


 オレは鎖を身体の周りに纏わせて、不意打ちに警戒しながら、1階を駆ける。世界敵が侵入した辺りには廊下に荒らされた形跡はない。

 だがオレの拙い探知妖術でも世界敵の反応を感じる。どうやら上の階に移動したようだ。

 オレは2階に駆け上がり、廊下を見渡すが世界敵は見当たらない。やはり荒らされた形跡も見当たらない。

 しかし廊下の北側の一番奥の部屋の扉だけが半分開いているのが確認できた。

 あそこには1日目に入ったことがある。

 所長室だ。

 オレはできるだけ足音を忍ばせて部屋に近づくと、鎖を構えて、一気に部屋に飛び込んだ。


―――部屋には予想外にも人が3人いた。


 1人は部屋の中央にうつ伏せに倒れている。

 その者を中心に、床に広がる夥しい量の赤い液体と、全く微動だにしない身体から既に絶命しているのは一目瞭然だった。衣服と後頭部の頭髪からそれが相州博士だとわかる。

 2人目は、相州博士の遺体の傍に立つ妖狐の子供。

 着ている着物からして娘だろう。妖狐の娘は背丈は玉藻ぐらい。その頭部には狐を模したお面を横向きに被っていてこちらからは顔が完全には伺えない。漆黒の黒髪をおかっぱ風に切りそろえており、二尾を生やしていた。

 そして最後の3人目は――――前の2人の事を思考の外に押しのけるぐらい、オレの視線を釘付けにする人物だった。

「……な、なんで……」

「ん~?ありゃりゃ……」

 そいつは悪戯が見つかった子供のようにバツの悪そうな、それでいて、それほど反省をしていない顔をオレに見せた。

 オレはそいつの名前を絞り出すように口にする。

「……た………たもと?」

「ふふふ………久しぶりねぇ。未知斗」

 死んだはずのそいつは確かにオレを名前で呼んだ。

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