to_date('2028/05/05 18:15:00') location = '兵庫県 生野 国立世界敵研究所';
研究所2日目――――はっきり言って、特に何もなかった。
別に仕事の手を抜いていたわけではない。
早朝から交代で周辺の索敵作業を続けながら、手の空いている者は所長からは『必要ない』とは言われていたが研究資料の搬出などを手伝っていた。
それでも世界敵が現れなければ特に仕事はないし、現れないに越したことはない。言い換えれば、研究所の為にもオレ達は暇な方がいいのだ。
――だが、その日の夕飯は平和な日常から少し逸脱した出来事が起きた。
「はい!かっんせーい♪」
研修室の中央に置かれたテーブルを囲む各人の前にミライが皿を軽快に置いていく。
その皿の上にはシチュー(?)が並々と盛られていた。
今夜は珍しく……いや……オレの記憶が許す限りでは過去に無かったことだ。
夕飯をミライが1人で作った。
何故そんな珍事が起こったかというと、何でも周囲の山林に見回りに入ったミライが山中で世界敵出現以前に不法投棄された乾電池の山を見つけたそうだ。
部屋の隅に転がるパンパンに膨らんだ彼女のザックは廃棄乾電池でいっぱいになっている。
重海水の所為で海外との貿易が出来なくなった日本では、あらゆる鉱物資源の価値が高騰している。 それは乾電池や電子部品の基板のように、工業加工物も同様だった。
ミライがご機嫌なのは、そんな日本国家へ助力ができたことに対しての喜び――ではない。
いやそれも多少はあるかもしれないが、おそらく彼女の一番のお目当てはその廃品を回収した者に対する報奨金の方だ。
あの廃棄乾電池一袋分で、上等な洋服が3,4着は買えるぐらいの報奨金が貰える。彼女の頭の中ではそのお金の使い道でワクワクが止まらないのだろう。
そんなわけで上機嫌のミライが、いつもは愛に任せっきりの自分の料理当番を進んで行ったというわけだ。
何はともあれ、ミライの機嫌が良いなら喜ばしい。
「ああ。それじゃあいただくとするか。ちなみに愛、胃薬はあったよな?」
「うん。準備万全」
「だぁぁぁぁ!!そこっ!なに腹痛が起こるの前提で話してるのっ!というか、愛っちは本気で準備しない!!」
自分のザックから薬箱を取り出そうとしていた愛に、ミライが食って掛かる。
「冗談だ、冗談。いくらミライでもシチューぐらいは普通に作れるだろ」
「あ、あたりまえよ!」
「というか、これはシチューでいいんだよな」
「どう見てもシチューでしょ!」
まあ、確認するまでもなくシチューにしか見えない。
見た目も普通だし、異臭が鼻を突くような事もない。
いたって普通……スプーンで掬ってみても変なとろみもない。贅沢を言えば、特に面白みのない味と言ったところだろうか。
あーん。ぱくっ―――
―――ん?んん?んんんん!???
口に入れた瞬間に口内だけでなく、鼻腔まで広がるこの風味は…………甘み?
えっと……シチューで何故こんな劇甘っ!?
テーブルを挟んで向かいに座る流華と目があう。
シチューを口に頬ばったままだが、その顔は相変わらずの無表情。いや若干、瞳に不快な色あいが浮かんでいるように見えるのは気のせいではないはずだ。
ごそごそ……ごそごそ……
隣の愛がおもむろに自分のザックを探り始める。
中から取り出したのは先程の薬箱だ。
薬箱から錠剤を取り出すとオレに差し出してくる。その愛の瞳にも明らかに不快の感情が見て取れたが、それでもオレに優先的に薬を差し出すあたりはいつもながら健気なことだ。
「……甘いねぇ」
スプーンをくわえながらのミライの一言にオレ達3人の視線がザッと彼女に向く。
いわゆる『お前が言うな!!』というやつだ。
「何で甘いの?」
「……んっく……それはオレが聞きたい」
口の中のシチュー(?)らしきものを何とか喉奥に流し込んで声を搾り出す。
甘みしか味が無いのが逆に幸いだった。甘い以外には変なモノは入っていないのだろう。我慢して飲み込めば、食道に送れないことはない液体だった。塩辛さも旨みも完全に甘ったるいものに置き換わってしまっている。
ん?甘みに置き換わる?
「……おまえ……まさかと思うが、塩と砂糖を間違えたとかってオチじゃないよな?」
「へ?もう!未知斗!いくらボクでもそんなマンガでしかないような間違えはしないよ!!ちゃんと白いラベルのを入れたもん」
ん……白いラベル?
「ミライ。白は塩。ピンクが砂糖」
愛が間髪入れずに指摘する。
「え……あれ?……」
「……」
「……」
「……普通、白が砂糖だと思うじゃん。白いし」
「隊支給の塩と砂糖ならどっちかと言うと塩の方が白いぞ。しかもここまで甘くなるには相当量入れただろ。塩と間違えたってだけのレベルじゃないぞ……一体どうやったらこんな味付けになるのか理由が知りたいよ」
「……天然?」
「あのなぁ……マンガの中だけだろ?これが天然で許されるのは?」
「な……なによ!しょうがないじゃんか!砂糖と塩の入れ物がまったく一緒だったんだもん!」
そう言ってほっぺたを膨らまして見せる。
可愛く言えば誤魔化せると思ったか?
「『もん!』じゃねぇ。だから白とピンクのラベルでわかるようにしてたんだろ。そもそも砂糖の量がありえないだろ?普通は途中で味見とかして気づくだろうし。こんな味の料理なんて、一生に一度味わえるかってレベルだぞ」
「なによぉー!大体18年そこそこしか生きてないくせに、一生あり得ないとかわかるわけないじゃん!」
「(ツッコムのはそこじゃないだろ……)18年そこそこって、お前も一緒だろが」
「え?」
「……」
「……」
何故そこで口を紡ぐ?
「なぁ……前から聞きたかったんだけど」
「な、なによ?」
「お前ってさ、本当はいくつなんだ?」
「はぁ~?女子に歳聞くなんてデリカシー無いなぁ~。そんなんだからいつまで経っても彼女ができないわけだ。こんなに日頃から女の子ばっかりに囲まれて仕事してるのに、なぁ~んにも無いっていうのもあれだし、玉藻様も心配せずにはいられないよねぇ~。うんうん、わかるわかる」
くっ……。
確かに年齢聞くとかデリカシー無かったかもしれないけど、ここまで言うか?
「で……どうなんだよ?」
「もぉまだ聞くわけ?あぁ~ま・さ・か、ボクが未知斗よりも若輩者なんじゃないかとか期待してるわけ?歳が下だってバレたらボクも多少は大人しくなるとか期待してるの?」
いや、どちらかというと逆方向に疑ってるわけだけど、これを口に出すとまた色々突っかかってくるんだろうなぁ………って言うか、自分が『大人しくはない』という自覚はあったんだな。こいつでも。その事には少し感心した。
しょうがない、ここは天才様に教えていただくか。
「なぁ流華はミライの歳とか知らないか?」
「ミライは未知斗と同じ18歳で間違いありません」
流華が断言した。
「ちょ、なんで流華がそんなこと断言するのよ!?」
「……知りたいですか?」
喋るとき以外に滅多に動かない流華の唇がわずかにつり上がる。
所謂、含み笑いをしてる。
「ぅ………べ、べつにいい」
「そうですか」
何故か少し残念そうなニュアンスの流華。
そりゃ滅多に笑わない彼女が唇を歪ませれば、さすがのミライでも怖いだろ。オレも面と向かってやられたら怖い。もしかしたら夕食を台無しにされて、さすがの流華も少し機嫌が悪いのかもしれない。
「………」
とりあえず目の前に広がる2つぐらい次元の違うアナザーワールドな料理(?)を眺める。
好んで食べたいとは思わないが…………ここの撤収作業も長引く恐れがある。それを考えると余分な食料などほぼない。何より慢性的な食糧不足の時代を生きてきたオレ達の世代は、多少の食べ物なら我慢して食せる。統合自衛隊の訓練生の頃は数日間、未調理の山野草だけ(そもそも食べられる草かも定かでないモノ)を食し続ける訓練も受けたぐらいだ。
オレは目の前の檄甘シチューに再度チャレンジした。
「兄様。食べるの?」
愛が少し驚いた口調で言う。まあ、無理もないけど。
「余分な食料もないし、残すのはもったいないだろ。それに食べられないわけじゃないからな」
美味とは対極に位置する料理(?)ではあるけど。とりあえず腹が減ってるので食べられる。
嫌々ながら胃にシチュー(?)を流し込んでいるオレをジロジロとミライが見ている。
「……んっく……どうした?食べないのか?」
「食べるけど……ねぇ。それにしても未知斗ってホント怒らないよね?って言うか激情することもほっとんどないよね?」
「そりゃあ何処かの小鬼ほど騒いだりはしないさ」
「くっ………な、何で怒らないのよ?」
「『男子たるもの常に騒ぎ立てず不動に構えるべし』ってな」
「誰の言葉?」
「……」
「ねぇ?」
「袂の口癖」
愛がオレの代わりに答えた。
「ああ……」
『ああ』って何だよ。
何か言い返そうと思ったけどミライのニヤニヤ顔を見てやめた。その表情はまるで悪戯を思いついた子供のような顔だった。
だから袂の名前は出したくなかったのに。
「ふふん、未知斗は袂姉が大好きだったもんねぇ~」
「……尊敬はしてた」
何となくミライの言う『好き』っていうのは認めたくなかった。
「大好きだったもんね?」
「……尊敬してた」
「それと大好き?」
「そ……」
「というか、大好き?」
「……」
こいつはそこまでして何故オレに言わせたいんだ?
「……大好き?」
「あのなぁ……」
「袂さんは快活で気持ちの良い方でしたし、それでいてとても思慮深い。出来た方だったと思います。未知斗が尊敬するのも当然だと思います」
流華が珍しくオレ達の会話に割り込んできた。
普段はオレとミライがする世間話にはあまり突っ込んできたりしない。
クールな天才美少女小泉流華には、オレ達の会話は低次元すぎる……のかどうかは知らないが、あまり興味が無いみたいだ。しかしこの天才少女も袂の事は入隊時から一目置いていた。そんな袂の話題には興味が湧いたのだろう。
「一応、袂はオレの姉だし、戦闘技術の師匠だからな。教えを守るのは当たり前だろ?」
「まーねー。そう言う事にもできるよねぇ~………まあそだね。強かったもんねぇ~袂姉。だって袂姉がいなかったらボクと流華と未知斗は大阪で死んでたかもしれないしね?」
「そうだな。袂のおかげで拾った命だもんな」
袂に修行をつけてもらっていた頃の事を思い出しながら甘いシチュー(?)をすする。
「あーれー?意外とサッパリ返すね?」
「(もぐもぐ)……そうか?」
「そうだよ。だって昔は未知斗、袂姉の話になるたびにズウゥゥゥ~ンって落ち込んでいたのにさ」
ミライが半眼で顔に縦線が入りそうなほど、ドヨ~ンとした表情をしてみせる。昔のオレのモノマネのつもりなんだろう。
……それにしても甘いなぁこのシチュー(仮)は。
「あのなぁ……もう3年前だぞ?いつまでも引きずってる訳ないだろ?」
「へぇ~……じゃあ、最近はもう寝言で『たもとぉ~たもとぉ~』って泣き叫んだりしないんだ?」
「いや、待て。その恰も当時は泣き叫んでいたかのような言い方をするな」
「でもさぁ寝言じゃ自分が言ってるかなんてわからないよね?」
それなら聞くな。
「その点はやっぱり……」
ミライが愛の方をニヤッとしながら向く。
小隊が野営する時、オレはいつも愛と一緒のテントで寝る。家でも先日みたいに一緒に寝ることが、極たまにだがある。
愛は少し宙を見て、思い出す素振りを見せる。
「ん……最近は……ない?」
「最近どころか昔もない。っていうか、何で疑問形なんだよ。即否定しろ」
「私の方が先に寝るから兄様が寝言を言っているかわからない」
そりゃ……確かにそうだ。
「でも、兄様の袂への想いの強さからすれば言っていてもおかしくない」
何故それは力強く断言するんだ?
愛のセリフに、ミライの奴が『やっぱりねぇ~』と言った感じでウンウン頷く。
「……ったく、納得したか?納得したならさっさとこの未知の異物を腹に入れて寝るぞ。ランプの油だって余ってるわけじゃないからな」
「……」
「……聞いてるのか?」
「未知斗、少し怒った?」
「怒ってない。それより食べないなら片付けるぞ」
「へいへーい、食べまーすよー。不味いけど」
その不味い食事を作ったのはお前だろ。
とりあえずオレが本気で片付けそうだと思ったのか、ミライは渋々食事に手をつけ始めた。それを見て他の2人も食べ始めた。
その夜は寝床についても腹の中から甘いモノがこみ上げてきて、昨夜に引き続き、またまた安眠することができなかった。




