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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

兄弟

作者: 一角黒馬

兄弟愛とBLの間くらいを目指したのですが、苦手な人は苦手な描写があるので注意です。

「すばる、ちゃんとすすむの事を守るんだよ」

痣だらけの母は、いつも俺の肩を強くつかみ、そんなことを言った。

俺は、その度に小さく頷きはするけど、逃げるようにその場から去っていた。

何て弱い母親なのだ。子供が二人もいる大の大人が自分の身も守れず、父に殴られてばかり。力で勝てないのなら、逃げればいいのに。本来ならば、すすむも俺も、母に守られる存在のはずなのに。

馬鹿で弱い母なんて、大嫌いだった。


俺は父に似たのか、よく周りの奴と喧嘩をしていた。何度も親を呼び出され、母に「もうやめて」と泣かれた。そんな俺でも、三つ下の弟のすすむの事は、しっかり面倒を見ていた。

父に殴られようと、決して泣かずにすすむを守った。すすむが頼れるのが、俺しかいないから。


俺が高校2年の時、すすむがいじめられていることを知った。

すすむは中学2年。昔から内気で友達なんて見た事無かったけど、何だか最近様子がおかしいと思い、こっそり鞄の中を見たら、ノートや教科書に落書きがされてあった。

落ち着き始めていたのに、一瞬で前のように怒りが湧いた。

すすむに誰にやられているのか問い詰め、探し出したそいつに容赦無く暴力を振るった。

おかげで俺は数か月間施設に入れられた。

すすむの事や先の事を考えずに行動したことを反省し、すすむにその後の様子を聞いたら、いじめは無くなったらしいけど、無視はされているようだった。


父の母に対する暴力はまだ絶えないけれど、俺とすすむは良い方向に進んでいるように思えた。

暴力もあまり振るわなくなったし、酷いいじめも無くなった。


だけど、俺が成人して一人で暮らし始め、すすむが高校生の時。

すすむが心配で実家に帰って来た時、すすむがまたいじめられていることを知った。

でも、すすむもその事を隠そうとしているし、今度こそ我慢した。

我慢したのに。

手首の傷を見つけてしまったのだ。

抑えきれなくなって、この前以上に強く、問い詰めた。

すすむは「何でもない。何もしなくていい」と繰り返すばかりで、なかなか言わなかった。

冷静になっていれば、なぜすすむが話さないのかを聞くことも出来たのに、その時の俺は怒りでそれどころじゃなかった。

やっとのことで聞き出し、見つけ出したそいつに、罵倒を浴びせながら暴力を振るった。

すすむはそんな俺を、怒っているような、悲しそうな目で見てきた。


その目から逃げるように家に帰り、冷静に物事を考えられるようになってから、もう一度実家に帰った。

すすむと一緒に暮らそうと思った。

母が倒れていた。謎の錠剤が散らばっていて、手首の深い傷から血が流れていた。

怒りが湧いて、思わず手を出しそうになるのを堪え、救急車を呼んだ。

メモと千円札を残し、やって来た救急車に乗り込んだ。


家に帰って来たのは夜中。机の上の千円札はそのまま置いてあった。すすむは部屋の畳に何も敷かずに横になっていた。

布団を一枚敷いてすすむに近づくと、頬と畳に泣いたような跡があった。

その時、初めてすすむが変わってしまったと気付いた。

泣く事も、笑う事も、頼ることも無くなってしまった、と。


次の日、戸惑うすすむに私物を鞄にまとめさせ、家から連れ出した。

暴力的な父の帰りも待たず、弱い母の帰りも待たず。


忘れた頃にやって来た。俺が暴力を振るったすすむの同級生の兄の友人だと名乗る、いかにも悪そうな男が、突然俺を人気の無い所に引っ張り、殴りかかってきた。力の差がありすぎて、俺がただの暴れん坊だと思い知った。

だが、その男は大して俺を殴らず、こんな事を言った。

「お前、うちの店で働け。んで、俺の相手もしろ」

大体察した。

屈辱ではあったが、そういう店で客を相手したり、この男の相手をするのに、そこまでストレスを感じていなかったという事は、俺はやっぱりまともな仕事に向くような奴じゃないんだな、とつくづく思った。


それでも、いつまでもこいつの言いなりになっているのは腹が立つので、真面目に体を鍛え、格闘の仕方も勉強し、ついに男より上に立った。

店で働くのもやめた。

俺は汚れてしまったけど、これでハッピーエンドになるはず。

あとは、つい放って置いてしまったすすむに、これ以上無いほどの愛情を注ぎこみ、小さい頃のような笑顔を見せてくれれば。


いざすすむを前にすると、ツンデレなのか何なのか、素っ気ない態度しか取れなかった。


俺がこんなだから、すすむも、俺自身も、変わってしまった。二人の関係が変わってしまった。

すすむのストレスをもっと違う方法で解決して、冷静さを失って先走らなければ、きっと、大嫌いな母も安心してくれたはずなのに。


心配と後悔だらけの日々が続いた。

俺のせいだ、親のせいだ、を繰り返した。

数か月が気付かないうちに過ぎた。


夕方。何だかムシャクシャしてバイトを早上がりして家に帰った。

いつも静かなはずの家の中から、興奮したような息遣い、聞き覚えのある低い声が、小さく聞こえた。

不審者かと思い、足音を立てないようそっと音が聞こえる部屋に向かうが、苦しそうなすすむの声がして、すぐに察した。

ドカドカと足音を立て、ドアを思い切り開けると、中年の男と、その下に服を脱がされかけているすすむの姿があった。

「おう、帰って来た。お前の弟もなかなか可愛い顔してんじゃねえか。どうだ?三人で………」

ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情が一気に胸から溢れ出した。

意識がはっきりした時には、男は痣と血だらけになっていた。

目に涙を浮かべ震えるすすむを見て、父が母に暴力を振るう様子が鮮明に思い出された。

俺はまるで、父親だった。

でも、違った。

俺は、ちゃんとすすむの事を愛していた。大切に思っていた。

衝動的にすすむの事を強く抱きしめた。今、すすむにどう思われていようと、今更だろうと、資格なんて無かろうと、抱きしめたかった。大切な弟だから。


ほんの少しの間の刑務所生活を終え、家に帰った。心はとてもスッキリしていた。

絡みついていた過去が、全て消えたようだ。

ドアを開けると、少し緊張してきた。すすむはどんな反応をするだろうか。

すすむは畳の上でうずくまっていた。俺が帰って来た事に気付くと、ゆっくりと顔を上げた。

「………大丈夫だったか」

口を開くが何も言わずに、数秒してから涙をボロボロと流した。

そして、微笑んだ。

「うん。お帰り、お兄ちゃん」

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