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昨年は大変お世話になりました、本年もどうぞよろしくお願い致します。
緩やかに椅子の背凭れに肩を預けてエルーシャが眠りに落ちると、アーディグレフがぽつりと呟く
「……黙っている、つもりだったのか」
「……そうです」
皆の眼の前でもこもことした綿のような植物が、眠る彼女を安定させるように補強する中、シリウスはその問いに答えた
……つまり、ユーディレンフの息子だということを
シリウスが孫だということを
「それだけ似ていて……か?」
「事実、半信半疑だったでしょう」
「……ああ」
髪の色、眼の色、そしてよく見えるように前髪を上げて見せたその額の第三の眼
「……彼女から継いだのか?」
「いいえ」
「後から……移植したのか」
「最初は」
「最初……?」
国王が疑問を口にする
「……占術師に息子の行方を尋ねたことは?」
「? ……勿論、ある」
突然変わった話しに訝しみながらもアーディグレフが答えると、シリウスは言葉を続けた
「その時、言われませんでしたか"本人か、もしくはその極めて近しい縁の者が、過去か現在、或いは未来にあの魔導師から色濃く影響を受け、その為に視ることができない"……というようなことを」
「「「?!」」」
「では、その、眼が……!」
「そうです、……ですから」
ですから、長く一所に留まるのは得策ではない、そう言おうとしたが、口を、噤む
席を立った大公夫人がテーブルを回り込み、シリウスの手を取ったからだ
「孫ですもの、偶には遊びにいらして下さるのでしょう?」
「……」
「ね?」
念を押すように首を傾げられ、シリウスは渋々頷く
何が言いたいかを察し、それでも譲るつもりはないと、それが彼らの総意であると
(はは、"母親"に弱いことバレてんだろこれ)
(……弱くなどありません)
(拗ねんなって、どうせ暫くは影から覗くつもりだったんだから)
(……)
彼らが息子を生みなおすと判断した時から、その生活を四六時中とはいかないまでも陰ながら伺うことは決めていた
姿を現すか、そうでないかの違いだろう
言葉にすればたったそれだけの差異だが、その差は間違いなく大きい
「あー……とりあえず、どっか寝かせられる部屋を貸してもらえませんかね」
「うむ、そうだな……警備を考えると……」
「奥の部屋に長椅子があるようですから、それでいいでしょう」
シリウスが口添えると、勇人はすぐさま頷いてレプスの母親に確認をとった
「あ、じゃあソレ借りるか、お袋さん、彼女の寝相は」
『大丈夫だべ』
「じゃあ、長椅子貸して下さい」
「む、しかし椅子だぞ?」
「大丈夫です」
「そうか、ではラドゥ」
「はい」
ラドゥが席を立つと、シリウスも立ち上がって勇人を椅子に降ろし、彼女に付き添う為だろう、レプスの母親も同じく立ち上がる
シリウスがレプスを抱き上げたのを確認すると、ラドゥが先程追加の椅子を持ち出した部屋へとシリウスを案内した
奥の部屋へと踏み入れた途端、母親の姿は消え
それを見ていたラドゥも他の面々も、彼女が霊だと初めて気付く
(死者……だったのか)
そんなラドゥを構わずに そっとレプスを長椅子に横たわらせるシリウスに向け、ラドゥはぽつりと疑問を口にする
「彼女は……従兄を、恨まなかったのか」
「……暴力には、慣れていたんです、ですから哀れみの気持ちが上回ったのでしょう」
「そう……か」
エルーシャは九つの歳まで酷い怪我を負う程の教育と称した暴力を当たり前のことと認識して受け続けてきた、だからこそのことだ
「そ、それにしても、君の話しではその額の眼は後天的なもということだが、なぜ彼女は疑問を持たなかったのだろうな」
「それは単に、レプスの記憶と混同していたからでしょう、出産直後の僅かな時間よりも遥かに長い時間を過ごしていますから」
「な、なるほど」
空気を変えようとわざとらしく会話を振ってみたが、会話は一瞬で終了となり、ラドゥはネタが尽きる
ブランケット代わりに綿状の植物でレプスの肩から下を覆ったシリウスは会話のネタを探すラドゥを置き去りにさっさと部屋を出た
その背に続く女性の姿は無い
ラドゥには見えないが、恐らく横たわるレプスに付き添う為に、すぐそこにいるのだろう
「また後で様子を見にきますから」
返事が聞こえないのを分かった上で付き添う彼女に声を掛け、自分も部屋を出てそっと扉を閉じる
シリウスは既に、いつものように勇人を膝に抱え座っていた
戻った部屋では大公夫人が再びお茶を蒸らしなおしており、手伝おうとするラドゥに大丈夫だと断るので礼を言って先程まで座っていた椅子に向かう
ラドゥが席に着くと、国王は顎に手を当てながら言葉を捜した
「あぁと……話しを戻そう、さて、えぇと……」
「群がる羽虫の対策についてです、陛下」
「あぁ、うむ、そうであった、すまぬな叔父上」
ラウディル-ドが短く告げると、国王はすぐさま礼を言う
「そのことですがね」
「む、魔女殿は何か妙案があるようだな」
「だから魔女じゃねーですって、あぁもう、あ、どうも」
どうぞと注ぎ足されたお茶に礼を言い、一口飲んでから勇人は尋ねた
「社交なんてとんでもございません! ってくらいに見た目にかなりの難が出て噂的にもかなり厳しい状態になってもいいんだったら、話は大分変わってきますがね」
「……ほう?」




