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神徒レプス、特出したものなど何一つ持ち合わせることのない片田舎の小さな個人商店の生まれの娘、元の名をマリエッタ、齢十五の彼女には、前世なるものが残っている
名をエルーシャといい、元々はセラスヴァージュ大陸とは別大陸の国の上位貴族の娘として生を受けた彼女は、大層野心の強い両親を持ち、物心のつく前から高貴な血筋と縁付くようにと暴力を伴う厳しい教育を受けていた
躾けや教育と表現するにはあまりにも行き過ぎたそれらによって、時に眼を覆うような傷も負ったが、高貴な血筋と縁付く為の投資という名目で優秀な治癒師が専属で雇われ
それによって傷跡が残ることもなく、彼女は九つの歳までそれを当たり前と認識して生きていた
だがある日、エルーシャに女としての不具が見つかり、生活は一変する
彼女は出産どころか妊娠にも耐えられない体だったのだ
貴族としての体面を保つため、彼女の名前も籍もそのままに、すぐさま年頃が近くエルーシャと似た髪と眼の色を持つ娘が親族の中から金で買い取られ
その娘に総てを奪われるようにしてエルーシャは捨てられた
二度と帰ってこれないよう、たまたま別の大陸から来ていた神官に船代と口封じを含む寄進と共に預けられ
エルーシャは海を渡り、セラスヴァージュ大陸でルディナ教の神徒として生きることとなった
これは一体何の因果なのか、彼女は現在レプスとしてもルディナ教神徒として生きている
エルーシャにとって大きなこの転機は、暫くの間は彼女を苛むことは無かった、寧ろ暫くは幸せだったと言えるだろう
人の情というものを一切含まなかった以前の生活に比べれば、生活のあらゆる面は質素であり、神徒としての仲間との生活も以前と同じように冷淡ではあったものの
ひとたび外界へと慰問に出れば、彼女はそこでは望まれ、縋られ、求められ、そして感謝される
人として、初めて必要とされる生が、そこには確かに存在したのだ
喜びが彼女を満たし、彼女は素直に教示に染まり、奉仕活動に熱心に身を捧げた、そうして数年、永遠に続くと思った明日は唐突に終わりを迎えることとなる
十代も終わりの頃、それは突然のことだった
慰問に訪れた先のある療養所で、彼女は患者に犯され、それによって子を孕むこととなる
患者の男は、薬漬けで精神が崩壊しており、その病状から離れた病室に隔離され寝台に拘束されていたが、発狂した男は拘束を破り、丁度傍にいた彼女を蹂躙した
長く彼女が戻らないことを不審に思った療養所の職員が様子を伺いに行くまで、彼女は意識が無くなってもその身に暴行を受け続けたのだ
助け出された彼女を、暫くは皆が気遣った
だが、彼女の妊娠が分かると、周囲は一変する
淫売、売女、阿婆擦れ、婚姻関係の存在しない上での妊娠に対し、神徒の仲間はおろか、今まで彼女に縋っていた者たちまでもが彼女を悪し様に口汚く罵るようになった
本人にその気がなければ妊娠なぞする筈が無いだなどと、およそ理屈の通らないおかしな自論まで持ち出す者すらも現れ、彼女は瞬く間に狂気の渦に飲み込まれていく
その妊娠が強姦に因るものであり、妊娠にすら耐えられない体でありながら、堕胎することは決して許されなかった
寄る辺無い彼女にはそれに従うしか残された道は無く
療養の名目で追い払われるように土の神子である巫女スピカに預けられ、その力によって癒されながら妊娠を耐えざるをえなかった
スピカは優しく、彼女を心の底から丁寧に手厚く労わったが、スピカの目を盗んで浴びせられ続ける罵詈雑言は一向に止むことが無く
エルーシャが信じてきた者、彼女の施しを受け取っていた者たちからの恥を知らない暴言によって深く刻まれた傷を真から癒すことは終ぞ叶わず
とうとう出産の直後、僅かな気力すらも使い果たし、彼女は息を引き取った
彼女の生きる気力を奪ったのは、彼女を強姦した患者ではない
彼女の施しを受けながら、その恩を仇で返した者達こそが、彼女を死に至らしめた
妊娠中の記憶の殆どは朦朧としており、ただただ、理不尽に責められた辛く苦しい絶望的なその思いと
ほんの僅かに、たった一人、自分を救おうと心を尽くしてくれたスピカの記憶だけが彼女の心に残る
彼女に任せさえすれば、……この身に宿る禍つ者
この子は、救われるだろうか
我が心を蝕む、穢れ澱んだ思いは雪がれるだろうか
漠然とそう思うエルーシャは恐らく、じわりじわりと密やかに我が身に迫る死の気配を無意識に感じ取っていたのだろう
たった一つ、無垢な名前だけをシリウスに残し、恨みも憎悪も一つ残らず後生大事に総て抱きかかえて彼女はこの世を去った
自分も、子供も、子供の父親も、救われることを、願って
――未練など、何一つ残しはしなかった筈なのに
生まれ変わった彼女がシリウスと再会した時、彼はその魂に亡き生母の影を見た
直に顔を眼にした記憶は無いが、他人の記憶を覗く事で、その顔は知っている
自分と同じ髪と眼を持つ、儚い娘
レプスとは似ても似つかない容姿を持つ彼女を、シリウスの眼を通して勇人も見た
その生が幸せではなかったことを、勇人もシリウスも知っている
思い出せば引き摺られ、折角得た新たな生すら歪めるかもしれない
だからこそ、思い出させないよう心血を、……注いだのに




