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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
腹の奥底(仮題)
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17

 逸早く気を取り戻した国王が、レプスに問い掛けようとした時、それよりも早く、勇人に縋り付いていたレプスは立ち上がる

 彼女のその表情を見て、勇人も、レプスの母親も、顔色を悪くした

 その表情は、最早十代の娘のものではない

 口を開いたレプスは、紡ぎだす言葉すらも、既に……



「シリウス」


「はい」


「わたしに毒を盛っていましたね?」


「はい」


「「「?!」」」



 自分達の恩人の一人が、このような少女に毒を盛っていたという事実、それを事も無く肯定する姿に居合わせた国王達は驚愕する



「貴方のお陰でわたしはこうして無事でした、ですが別の方がその毒で……貴方なら、癒せますね?」


「では……判別を」


「お願いします」



 レプスが差し出した手を、シリウスが脅えさせないようにそっと取る、その身の内に取り込んだ毒を判別する為に


 シリウスが毒だと言って毎日レプスに飲ませていた果汁には、言葉の通り、本当に微量の毒が様々に含まれ、それを彼女は欠かさず飲んでいた

 そうやって得た耐性で、レプスは毒に害されることもなく、今もこうして無事に此処にいる



「エルグラッソの葉ですね……すぐには死に至りませんが、苦しみは一日以上続きます、この根を、煎じて飲めば毒は分解されます」



 シリウスはそう言いながら手の内に植物を芽吹かせると、根の部分だけを千切り取って差し出した


 苦しみが一日以上続くという言葉に、ラドゥは王太后の目的を察する

 レプスの苦しむ姿を見せて、言うことを聞かせようとしたのだ

 引き離した先で毒を盛るように持たされた者は、反応の無いレプスを訝しんで自らの舌で確認してしまった、レプスがシリウスを頼ったということはつまり、解毒薬までは持たされなかったのだろう

 持っていれば、すぐにそれで解毒した筈なのだから


 差し出されたその根を受け取ったレプスは、自分をこの部屋へ案内してくれた近衛に渡す



「お聞きになられましたね、これをお願いいたします、あの部屋に苦しんでいる女性がおられます」


「承知した」



 受け取った近衛は後から追いついた侍従と他の近衛に合流し、今度は虫の息の侍従を担いでまた元の部屋へと駆けて行った

 再び扉が閉じられたのを見届けた後、勇人が恐る恐る声を掛ける



「あの……えぇと……ぁー……」


「そのままレプスとお呼び下さいカミシロさま」


「えと、レプス、と、取り敢えず座るか? あ、俺が言っていい言葉じゃ無かったか、えぇと」


「構わぬよ、テーブルは大きいし、椅子もまだある、其方のご婦人も遠慮せず」



 ご婦人、という国王の言葉にラドゥがはっとなり視線を向けた



(……誰だ?)



 彼が初めて見るその顔は、レプスとの血縁を感じずにはいられない容貌

 シリウスが蔦葉を張り巡らせたこの部屋に居ることによって初めて見るレプスの母親だが、彼が知る筈も無い


 取り敢えずラドゥが新たに二脚椅子を用意している間に、大公夫人が新たな来客のものを含め、全員分の茶を蒸らしなおした



「どうぞ」


「ありがとうございます、おっ母もどうぞ、マナーは気にしなくとも大丈夫です」


『っ! マリー……』


「大丈夫です、ちゃんと、ここに」



 恐縮する母親にレプスが穏やかな笑顔で促す言葉を聞くが、俄かには安心できるものではない

 それ程に、違い過ぎる、表情も、話し方も、声の、高さまで……


 妙齢の男……しかも自分を襲った男によく似たその息子に、そっととはいえ手を取られても……動じないことだけは僥倖だった

 以前船の中で勇人と二人予測した通り、心的外傷が残っていないことには安堵する……だが、レプスの人格は、本当に、安心してもいいものなのか?



「わたしが贈った名を、受け取ってくれたのですね」


「……はい」



 一口飲み込んだお茶の礼を呟き、レプスは静かに話し始める


 シリウスという名は、生まれる前から生母によって用意されていた

 シリウスはある程度物心がつくまで生母から贈られた名で呼ばれていたが、ある時、義母親が予め用意した名がもう一つあることを聞かされ、どちらを選ぶか問われた時、そのままシリウスで在ることを選択したのだ



「おおきく……なりましたね……スピカ様が貴方を、育てて下さったのですか?」


「はい」


「今も、ご健勝でしょうか?」


「いいえ、既に、次なる輪廻に」


「そう……ですか、……安らかでしたか?」


「はい」



 重苦しい空気に、勇人は冷や汗が出る思いだ

 他の面々は、先程レプスが呟いたユーディレンフを連想させる言葉から彼の縁者ではないのかと疑惑の念が尽きず、その会話に耳を澄ます



「父君は、今も……?」


「いいえ、既に……」


「……貴方が……見送ったのですか?」


「……はい」


「最後は、安らかでしたか?」


「……いいえ」



 義母親の力によって体を癒すことは出来ていたが、やはり心まではそうはいかず、失ったままだった

 自分自身で力を使えるようになってからは、シリウスが定期的に通ったが、治すのはせいぜいが床擦れ程度、それ以上にもそれ以下にもならない


 義母親が亡くなった後、シリウスは父親を引き取り、独り、……見送った


 一緒に過ごしたのは先の大規模浄化の後、勇人が地球に還り、次に再会するまでの僅かな間のひと時のこと

 それまでと同じように体は癒したが、やはり時折発狂することから穏やかにとはいかない

 そして生きて一緒に過ごせる時間は長くはなかった……眼の前にいる、在りし日の影、かつての母親のように


 最後はそれまで以上に酷く発狂し、突然、ぶつん、……と、事切れた

 シリウスの、眼の、前で



「そう……でしたか」



 知っているのは、シリウスの他には勇人だけだ

 誰にも、大公夫妻にも、言うつもりは、ない

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