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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
腹の奥底(仮題)
94/144

15

「さて、じゃあ最終確認といきますか」


「さいしゅう……?」


「大公夫妻、覚悟について伺いたンぐっ」


「……わたしが問います」



 勇人の口を塞ぎ、シリウスが口を開く



「お二人には覚悟を問います」


「……覚悟」



 呟くアーディグレフに、シリウスは続ける



「もう一度生むとは、文字通り、若返り、再び彼を生むということです」



 それに一同は頷く



「言葉は耳障りがいいですが、当然ながら良いことばかりではありません」


「……」


「それは先程言った ご子息自身の問題のこともありますが、それよりももっと深刻な問題が先には蔓延っています」


「もっと深刻な……」


「……問題?」


「その前に、もう一つ別の質問を……お二人は国を捨て、名を変えて生きていくおつもりは?」


「ない」


「ありませんわ」



 答えを聞いて、シリウスは小さく息を吐く

 元々聞くまでもなく、本人達でなく甥であるラドゥが探し回っていた段階で分かっていたことだ


 国王がこの国の良心と言っていた意味がここにある


 三つの大公家のうち、元凶である王太后の実家とそれに迎合するもう一家は最早病巣でしかなく

 陰日向に国と国王を支える最後の良心となっていたレンディオム家が失われれば、この国は滅びるしかないのだから



「……話しを戻しましょう、若返るとは、そうそう有り得る事象ではありません、それ相応の魔具か、あるいは魔術、そして奇跡によって齎される事象です、どれも、そうそう目にかかれるものではありません」


「それは……勿論……」


「その事象の恩恵に与ろうと、或いはその謎を解こうと、貴方方は狙われることになるでしょう」


「「「!!」」」



 一同は、はっとなって、シリウスを凝視する

 シリウスが人の領域を超えるという尤もらしい言葉で濁し、難色を示した最大の原因がそこにはあった



「欲深い者達がその蜜を得ようと纏わりついてくる可能性も、信じていた身内や友人に裏切られる可能性も、死した後もその亡骸を冒涜される可能性もあるでしょう、そしてそれは勿論、若返った貴方方だけではなく、当然 彼も」



 そう言って、シリウスはユーディレンフの頭を撫ぜる



「何事も無くとも、常に疑心暗鬼に駆られることになるでしょう、貴方方は貴族の責務を忘れ、この地を捨てて他所で生きていくつもりは無い、……敵も御方も判然としない中、そういったものを抱えながら、これから先、ずっと、命尽きるまで、生きていけますか?」



 聞きたくは無かった質問だ

 彼らは選ぶだろう、不幸を呼び寄せると分かっていても尚、ほんの僅かな希望に縋るために


 それは勇人も予め予測できていたことで

 だからこそ彼女は何度も、何度も、シリウスの背中を押した


 我儘でいい、何の問題がある、思う侭に振舞えば良いと


 ……それは、つまり…………



「……今までより少し周囲が騒がしくなるだけのこと、それに」


「身内については問題など何もありませんわ、ねぇ」



 夫の言葉に繋げた夫人が、義弟と二人の甥を疑う余地も無いという顔でにこりと見渡すと、彼らも当然のことのように頷く


 その日、ラドゥ達は奇跡を見た


 椅子に勇人を残して立ち上がったシリウスが、そっと伯父夫婦に歩み寄り その両の手を差し伸べた、それに伯父夫婦が応えると、その姿は、見る間に若さを取り戻していく、その、直後


 両親の姿を見たユーディレンフが、勇人の腕からもどかしげに抜け出て二人の元に駆け寄った



「あぁ、ゆーでぃっ」


「ユーディ、分かるのか」


『かぁたま、とぉたまっ』



 ユーディレンフが話すのを、勇人とシリウスは初めて聞く

 彼は、今現在 恐怖の記憶を失っているとはいえ、その心の深い部分には傷が残り、それが元で話せなくなっていたからだ



「あいたかったっ、あいたかったわかわいいぼうや」


「よく私達の元へ帰ってきた」


『んぅ』



 永く離れ離れになっていた親子が、やっと再会し、涙に暮れ、子は、安心したように父母の腕の中で眼を閉じる、その、姿が


 淡く温かな光の粒子となり、二親に融け込むように消えていく



「……ぁ」


「大丈夫、ちゃんといます」



 消えた姿に不安そうな声を漏らす夫人を安心させるように勇人が声を掛け、シリウスが勇人を抱え上げ椅子に腰掛けながら補足した



「……貴女が妊娠した時、胎児に宿ります、それまでは、眠っているだけです」



 皆の眼の前から消え失せた姿を、シリウスと勇人だけが見ている



「……なかなかに凄いものを見せてもらった」



 国王が思わずと言った風に感嘆の声を漏らし、ラドゥとその父親が深く同意した



「人とは、生き返れるものなのだな」


「彼は、自分が死んだことを自覚していなかった、だから還れたんですよ」



 勇人がそう言うと、面々はなるほどと頷く



「……よし、では群がる羽虫の対策でも考えようではないか」


「ぁー……ちょっとソレは後回しで」



 仕切り直した国王に、勇人が待ったを掛けた



「うん? どうした魔女殿」


「だから魔女じゃねーですって、あー、レプスが……」


「彼女が? 何かあったのかね」


「いや、侍女がちょっと、そんで大慌てでこっちに……っていうか何で的確にこっち来てんだ?」



 シリウスと視界を共有していた勇人には、顔面蒼白でこちらへと向かっているレプスの顔が見えている

 聞き返したラドゥに勇人が答えると、ああ、とラドゥが頷く



「此処へ来る途中 手配しておいた、何かあれば突入するようにと、彼女が部屋から出た時には此処へ案内するように、と」


「それでか、あー、いや、ちょ、今は、あの、ちょ、大公夫妻ちょっとそこの奥の部屋にでも隠れて……」



 そう言った瞬間、扉がどんどんと叩かれる



「しっ、しりうすさまぁぁあああああ!! たすけでくだせぇましぃぃいいいいいぃいいいいいっ!」


「助け?!」


「はやっ! もう来たのかよ!! あ、ちょ、まずい、まずいっ」



 切羽詰ったようなレプスの叫び声にラドゥが躊躇無く扉を開くと、足を縺れさせるように駆け込んできたレプスが勇人に縋りついた

 常ならば、シリウスに助けを求めるのに縋りつくのは俺になのかよ、とかツッコミの一つでも内心入れているところだが、今はそれどころではない



「じ、じ、じじょじょじょじじっ!」


「まぁ、どうなさったの? 落ち着いて」


「あの、あの、……ぇ?」



 言葉にならないレプスを落ち着かせようと夫人がハンカチを差し出すと、それを見たレプスの時が、止まった



(ぁー……これまずいよな……)


(明らかに反応していますね)


(……だよな)

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