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「さーて、この頑固者をどう説得したもんかな」
「え?」
悩ましげに溜め息をつく勇人を夫人はきょとりと見返す
頑固者……旦那様のことかしら、いいえ魔女殿はご存知無い筈……、夫人には勇人の言う頑固者の心当たりが無い
他の面子も皆 夫人と似たようなことを考えているが、勇人たちに暫く着いて回っていたラドゥには頑固者の心当たりがある
つまり、シリウスのことだろう
「まぁ、"嫌だ"とは一言も言ってないからな、嫌じゃないのは分かってる」
「……そんな後々面倒な担がれ方をしそうな愚行は犯したくありません」
シリウスの視線は相変わらず明後日の方向を向いている
どうしても、大公夫妻の方を見ない
「お前、担がれそうになったって間違っても温和しく他人のオネガイを聞くようなお人よしじゃないだろ」
「そうです」
「我儘だし、自分にとってどうでもいいと判断する相手には愛想も振り撒かない、っていうかそもそもお前気に入った相手にも ものっそい分かり辛ぇ愛想しか振り撒かないだろ」
「振り撒いてなどいません」
「そうか?」
「そうです」
唐突に始まった問答を、面々はワケも分からず黙って見守る
「我儘については否定しねーのな」
「……」
ぐ、と黙り、ぐり、と旋毛の上の顎が訴える
「お前、我儘のクセに何か取り繕わなきゃなんないモンでもあるわけ? ヘンなトコ常識人ぶって何か得でもあんのか?」
「……」
「我儘大いに結構だろうが、他人に迷惑掛けなきゃ大概の我儘は何の問題もねーだろ」
「我儘とは他人に迷惑を掛ける行為のことを言うんじゃありませんでしたか」
「うんにゃ、必ずしもそうではない、例えば俺だ」
「貴女ですか」
「お前も知っての通り俺は三人兄弟妹の長男だ、世間的には長子イコール面倒見が良いとかそういうイメージを持たれがちな長男だ」
「……外れてはいないと思いますが」
「表向きはそう見えるかもな、兄弟が小さいうちは共働きの両親に代わってばぁちゃんと弟と妹を守る責任があったし、自分で言うのもなんだが責任感だってちゃんと持ってるつもりだ、当然 あいつらの成長過程において俺からの影響はとんでもなくデカい」
「……」
「優しく性格の良い、ちゃんと幸せを選べるように思慮深い人間になってほしかったから、弟や妹がそうなれるように口煩いほど口出ししてきたし、勿論これからもそのつもりだ」
「……そうでしょうね」
「情操教育のために勧める漫画もアニメも映画も小説もハッピーエンドを推してきた、勿論あんま偏った知識で偏った人間にはなってほしくなかったから、バッドエンドだって否定はせず七:三くらいの割合で比較的マトモなモンを勧めてきた、まぁ俺自身だってハッピーエンドの方が好みだがな……で、これ、どう思う?」
「どう……?」
聞いた限りでは、教育熱心でとても思いやりの在る姉のようにラドゥ達には聞こえるが、彼女が何を問いたいのか全く分からない
"長男"という違和感のある単語と、まんがだとかあにめだとか ところどころニュアンス程度しか分からない言葉が飛び交うが、概ね勇人が何を言っているのか理解する一同は話の着地点が見えないその先行きを静かに見守る
「弟妹がどんな人間になりたいかも聞かず、これが良い筈だ、と俺の自分勝手な理想を押し付ける、とんでもなく我儘な洗脳教育だろう」
「「「!」」」
我儘、それを、我儘と表現するのか
「弟も妹も本当はもっと暴力的な話しを読みたいかもしれないし、友達とも一方的な上下関係を築きたいと思っているかもしれない、もしかしたら目的の為には犯罪に手を染める大人になるのも望むところかもしれん」
そういった人間になりたいと思う子供なんていないだろう、……とは、絶対に言い切れない
「ま、本当のトコは どんな大人になりたいかなんて本人たちにだって分かってないだろうけどな、まぁ本人たちがそーいうアウトローな大人になりたいって主張したところで叩き伏せるけど……とこんなカンジに俺の勝手な判断でそうやって偏見マシマシで育ててきたワケだ……で、自己都合の身勝手極まる教育なわけだが、他人に迷惑、掛けてるか?」
確かに"他人"には掛けていない、本人がどんなに迷惑に思っても、最終的に真っ当な大人になれればそれで万事問題ないだろう
まぁ全く意味の無い暴言や暴力を躾けと言い張るのでなければ、の話しだが、勇人の教育方針には当て嵌まらないので問題ない
「俺は俺がやりたいように、勝手気侭にやってる、弟妹の人生を大きく左右するようなことまでな、で、お前はどうなんだ」
「ソレは……人の領分を、大きく逸脱します」
「今更ソレ言うかお前、お袋さんの時にお前がやろうとしたことだぞ、ったく、うじうじうじうじ……避けられる不幸は避ければ良いだろっ、人間の分を不相応に超えるとかンなこと知るか! 俺の知ったことか!! 俺が分かるのは"勿体無い"ってことだけだ!」
「母は……、たった一人の人間くらい、土地を離れ、名を変え、隠すことは容易い、それに比べて彼らは……そういう訳には、いかないでしょう」
彼らには投げ出すことのできない背負うものがある、と暗に示すシリウスは、それでも大公夫妻を見ない
「誰もが知る人物が眼に見える程の劇的変化を遂げれば、たちまち誰もが貪欲に群がる、きりが、ありません」
「断れ! お前は我儘なんだから天上天下唯我独尊でいい! 気分がノらなきゃ遠慮なく断れ!!」
「……」
「義務じゃなく気紛れでいい、できるヤツが気が向いた時に自分の力を使ってちょっとしたズルをする、そんだけのことだろ! だから、……だからお前みたいなふてぶてしい我儘野郎が我慢なんてすんな!」
勇人は、自身の頭の上に載っていたシリウスの顔をがっと両の手で掴むと、ぐりっと大公夫妻へと向き直させる
「……見えるだろ、泣いてんのが」
……見れば最後だと、見ようとしなかった顔だ
既に乾いてはいるが、頬には涙の跡があり、眦はまだ薄っすらと滲んでいる
シリウスは、長い、長い沈黙の後、口を開いた
「再びこの世に生を受けたとして、男女どちらとして生まれ直すか分かりません、本人の為には残らない方がいいでしょうが以前の記憶が残ってしまう可能性もあります、残った記憶が幸せなものとは限りません、逆に、何も……貴方方両親のことなど、微塵も、覚えていない可能性も……」
それは……、再び、この子が
ユーディが……息子が……この世に……
「……それでも」
「それでも、この子が、もう一度」
もう一度、今度は幸せになれる可能性が、ほんの僅かにも、存在するのなら
「では、もう一度……産んでみますか」
「……ぇ?」
かーちゃん(嫁的なニュアンスで)……




