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扉が閉まると同時に、国王は気力が尽きたのか大きく息を吐いてよろめいた
「陛下っ」
すぐ後ろに控えていたラドゥがその背を支える
貧血だ、傷はシリウスが跡形も無く塞いだが、失われた血液が戻ったわけではない
アーディグレフは上着を脱ぐと国王に着せ掛けた、血を失えば体温も低下する
「流石に回り中敵だらけの中で国王張ってるだけはありますね、いつ気絶するかと冷や冷やしましたよ、シリウス」
謁見の間から出た途端にテキトーな敬語になった勇人がシリウスに促すと、ラドゥの眼の前にお馴染みの木製のジョッキが差し出された
ただし液面はドブ色で臭いも刺激的だ、刺激臭で染みるのか一同の眼に涙が滲む
これを飲めというニュアンス的なものを否応無く察することはできるものの、それでも一縷の望みを掛けてラドゥが聞く
「これは……?」
「造血効果のある薬草の絞り汁複合バージョン、一応言っとくと とんでもなくまずい、注意事項としては耐え切れずに噴出す時に鼻や気管に入ったりすると刺激臭からお察しの通り激痛がコンニチハしてくれる」
「……その……これを、本当に?」
ラドゥの父親ラウディル-ドが若干青い顔色で勇人とシリウスとジョッキにうろうろと挙動不審気味に視線を彷徨わせる
「私が毒見を……」
「いや、必要ない、今更 魔女殿のやることに不確かなものなどなかろうよ」
「魔女って……俺一介の庶民なんだけど……、いや、いーけど、べつに……あー、飲む時鼻摘むと多少楽ッスよ」
毒見を買って出たアーディグレフを制止した国王は、腰に片手を当てて湯上りのビールみたいに ぐっと
ぱぷぅっ!
「がっふ! ごふっ え゛ぇっふおお゛!!」
「へいかっ 鼻からっ ちょっ」
「何で忠告してんのに鼻摘まねーんだよこの人、ほら鼻かんで鼻かんで、鼻水と一緒に取り除けば大分マシになるから」
大公夫人が慌てて出した鼻紙を受け取った国王は、ぶびーん! と盛大に鼻をかみ、何度かそれを繰り返すことで落ち着いたが鼻は大分赤かった
シリウスなら一発で治せるが、そんなことに力を使う気にはならないらしく、視線は明後日の方向を眺めている
一定間隔で回廊に配置された衛兵たちがぎょっとこちらに注目するが、回りを大元帥たちが囲んでいるため問題なしとして寄ってくることはない
謁見の間での醜聞は避けられたが、此処はまだ人目の在る場所だ、こんな所で込み入った話しなどできる筈もなく、鼻を押さえて涙目の国王を先頭に一同は国王個人の客室へと急いだ
*** *** ***
バタンと扉が閉まり、面々は深く息を吐き出す
妙な噂話が出回ってはいけないと気を張っていたが、ここに部外者の眼は無い
ラドゥは国王を椅子に誘導して座らせた後、魔具を起動させ盗聴防止を施した
「陛下、貧血はどうですか」
「大分良い、流石に効果は覿面のようだ、くく……不味いだけのことはある、寒気も治まってきた」
「陛下……」
「叔父上、必要ない、我と叔父上は共犯者だ、謝る必要性なぞどこにもない、そうだろう魔女殿?」
深く頭を下げようとしたアーディグレフを国王は遮る
「魔女じゃねーって」
「魔女だろう」
「魔女だな」
「魔女に違いない」
「多数決というヤツですね」
「うっせ」
最後はシリウスだ、こいつら揃いも揃って、と勇人は思ったが口には出さなかった
さながら婚家がアウェイの嫁である
敢えて役を当てるなら大姑に相当する大公夫人だけがおろおろとする中、また室内を蔦葉が覆っていく
「ぁ、ゆーでぃ」
「なるほど、従弟殿が見えたのはその植物のお陰だったのだな……、取り敢えずそなた等も座れ、一人だけ座って見下ろされるのは居心地が悪い」
面々が席に着くとユーディは定位置であるシリウスに抱えられた勇人の膝の上にちょこんと納まる
それを切なそうに見守る夫妻を認識しつつも、国王が改まった態度で礼を言う
「魔女殿のお陰でこの国の良心を失わずに済んだ、感謝の念に堪えない」
「右に同じく、そなたの忠告を聞いた上で理性が効かず怒りの衝動を抑えられなかった、申し訳ない」
「誰だって可愛がってた我が子が酷い眼にあったら、あんな風になる可能性がありますよ」
そこで扉をノックする音が聞こえ、ラドゥが立ち上がって扉の向こうへ行くと、カートを押して戻ってきた
客室への道すがら頼んだお茶とお湯と着替えだ、それを見て立ち上がった国王は上着をアーディグレフに返すと、着替えを手伝おうとするラドゥを断って自分で体を拭き清め服を着る
それを見たラドゥは、大公夫人がお茶の仕度を始めようとしたところを代わり、お茶を蒸らし始めながら口を開いた
「……しかし彼女は大丈夫なのか?」
「大丈夫、今も丁重にもてなしてもらってるみたいだ」
「? 誰のことかね」
「彼らの一員の少女のことです陛下、登城した時に引き離されまして……」
「……母上にか、そなた等 余裕のようだが、大丈夫なのか?」
「ええ、今のところ」
この程度の規模の城ならば、シリウスであればさして苦労も無く隅々まで把握することができる
共有する視界には、ケーキスタンドに盛り付けられた一口サイズの様々な菓子を眼の前に迷っているレプスの姿が在った
そしてその傍には、怪訝そうな表情を僅かに浮かべる侍女たちの姿も……
「あの……」
会話が途切れた時を狙って、大公夫人がもどかしそうに口を開く
一斉に集まった視線の先で、彼女はどう口に出したらいいものか、と口を開いては閉じる動作を繰り返した
自分でも、何を言いたいのか、形にならないのだろう
「……ご子息のことですね?」
「は……ぃ……、この場には、関係の無い話を……申し訳……」
「いいえ夫人、貴女方全員が望んでいる、なによりも一番重要な話だ、……そうですね?」
勇人がそういって彼らの顔を見回すと、全員が深く頷く
皆、どう切り出したものかと言いあぐねていたのだ




