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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
腹の奥底(仮題)
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12

 ぱちぱちぱちぱちぱち!


 突如として響いた拍手の音に、逃げ惑っていた大臣も、王に制されて動くに動けなかった近衛も、王を助けようとして動けなかったラドゥ親子も、一同、皆、水を打ったように静まり返った


 その中を、ユーディレンフが抱き合って蹲る夫婦に駆け寄り、いいこいいこと頭を撫でる



「素晴らしいですね国王陛下、才能在る御方は演技力も大変素晴らしいようだ、国外にまで名の知れ渡る名役者になること間違いないでしょう、陛下と共演なされた大元帥閣下も素晴らしい演技でした、しかしご婦人には衝撃的でしたね、そこだけは申し訳ありませんでした」



 この女は一体何を言っているんだ、と 衆目が勇人に集まる

 事態を飲み込めない国王も、シリウスに抱えられたまま此方へ悠然と歩み寄る勇人を見た


 国王と視線を合わせた、その、眼は


 口元は笑みを形どっているのに、まるで脅迫するように国王を見据えている

 この女が頭が回ることは判っている、だから、国王はそれに乗ってみることにした



「……そうか、国王を、廃業して……も立派に、生計を、立てて……いけそうだな」


「もしかしたら、世界中の美しい女優が貴方様の妻にしてほしいと殺到するやもしれません」


「くっくっ、やめて、おこう、我は愛妻家なのだ」


「それは素晴らしいことです、夫婦仲円満は家庭円満、家庭円満は国家安泰です、さあ、お立ち下さい、閣下ご夫妻もどうぞ、お立ち下さい」



 国王の直ぐ眼の前で足を止めたシリウスが、勇人の言葉に合わせるように手を差し出し、その手を掴むと国王は腹に違和感を感じたが、それを気に留める間も無く引き上げるようにして立たされる


 貧血による眩暈はあるものの、未だ剣が貫通したままの腹部に、痛みは無い



「取り敢えず、邪魔な小道具は片付けましょう」



 勇人が遠慮なく国王から剣を引き抜く様に、誰もが呆気に取られ眼が釘付けになる

 引き抜かれた本人が一番現実を疑いたくなったが、今はそんな場合ではない


 どうぞお使い下さい、と勇人から差し出されたふわりとした布で口元の血を拭う国王を他所に、勇人は再び皆によく聞こえる声で話し出す



「いざという時、周囲の方々がどういう行動をとるかが判りましたね」


「く……くく、そうだ、な、違うのはたった三人だけか……」


「一人は刃を向け、二人は足止めを喰らってしまいましたね、しかしこれでよく見極めることができましたでしょう」



 抜き身の剣を持って駆け抜ける大元帥を止める為に、ラドゥもその父親も抜剣して追い駆けようとした

 だが二人はシリウスの操る蔦によって手も足も封じられ、中途半端に剣を抜いた状態で身動き一つ取れなかった

 拘束されていた二人は国王の眼の前で解放されたが、状況が上手く飲み込めていない



「陛下の周囲の者の内、どれだけの者が役に立つか」


「!」



 勇人のその言葉で、国王だけでなく、周囲もざわりとざわめく



「国の要である国王陛下を助けようともせずに逃げ回る臣下も、主の命が懸かっているにも関わらず自己判断できず敵を排除しようとしない兵士も必要ない、陛下が考案なされた試験はなかなかに興味深い結果を齎されましたね」


「そう、だな、その通りだ」



 先代の王亡き後、摂政の必要無く即位したものの、当時若かった王は現在に続くまで随分と苦労した筈だ

 重要な地位につく臣下の多くが若く未熟な新王よりも国母であり王太后である彼女と、その実家に阿り、今のこの現状である



「それに比べて流石にそちらのお二人は大変素晴らしい反応でございました、大元帥閣下が走り始めてすぐ反応し、閣下を止めようとなされたのですから、……まぁ演技半ばで遮られては元も子もないので、失礼ながら足止めをさせていただきましたが……此度の芝居、真に上出来でございました」


「うむ、アーディグレフ・ギアム・レンディオム大元帥、ラウディル-ド・グラン・レンディオム元帥、ランドゥルーグ・カリア・レンディオム上級大将、そなたらの忠義、確かに受け取った、皆、大儀であった」


「……は、勿体無き、お言葉」



 なんとか流れを飲み込んだ三人が騎士の礼をとって王に傅き、夫人もそれに続く

 それを見て、王は我々を謀ったのか、と大臣や近衛たちが益々騒ぎ出した



「……レンディオム大公夫人、大層驚かせてしまい すまなかった、夫君もそなたに秘密を作るのは心苦しそうであったが我が無理を言ったのだ、そなたの夫に非は無い、許してやってくれ」


「は、はい、勿論でございます」



 茶番だ、王も、大元帥も、ラドゥ親子もそう思ったが、皆口には出さなかった

 この女は、未遂とはいえ復讐劇を一瞬にして茶番に変えてしまった



「しかし困りましたね、お三方以外ここにいる方々全員となると、国家が立ち行かなくなるやもしれません」


「くっくっ、それは問題ない、まともな者は今現在も己の職務を全うしておる、このような些細な謁見に首を突っ込んで喜んでいるのはここにいる者達ぐらいのものだ」



 負の影響は何も無い、と言い切る国王の呟きに、つまり普段から職務放棄かよ、と勇人は独り言ちる



「それはようございました、それはそうと陛下、偽の血で濡れたお体が冷えてしまってはいけません、着替えた方が宜しいかと」


「そうだな、風邪をひいてはかなわぬ」



 勇人の意図が伝わったのか、王は皆の前で血に塗れた上着を脱ぎ捨て、べっとりと赤く濡れた腹を拭き清める

 そこに、傷は、無い


 やはり謀り事だったのだ、王と大元帥、たった二人の演劇は彼らの中で決定的なものになった



「部屋を変えよう、我個人の客室に招待する……そなた達の顔はしかと覚えた、王太后は幽閉しておくように、その後は帰ってよい」



 冷徹な眼でぐるりと自分達の顔を見回し部屋を退室する王の背を見て、残された者たちは床に頽れた

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