表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
求めたものは
9/144

05

「貴女の知る通り、上位の巫女や神官は各々火・水・風・土の四元素の力をどれか一つ持っています、それがその位に就く最低限の条件ですから、彼らは力の強さによって位階が定められますが、最上位は神子と総称され、先程話した浄化の力を継いだ者たちのことを指し、大規模な浄化を行うのは彼ら神子です」



 そう言葉を紡ぎながらシリウスは勇人の腹に回した手を握ったり開いたりする、その度に、手の平から現れる石は色を変え、形を変え、勇人はそこから石を選び出す

 時には石ではなく糸のように細い金属が現れ、勇人の手はそれを使って石を繋ぎ、革紐を組み、リボンを編み込んでいく



「子供たちの扱いがああいったものなのは、浄化の力に関係しているからです」


「……なんで、だすか」



 一つ仕上がってできたと思ったミサンガはレプスのもう片方の腕に着けられたが、代わりに最初に着けられた方が外され、少し解いたり組み直したり、石を付け替えたり加えたりと手を加えられる



「四元素の力は影響を与える力であり、浄化の力は影響を消し去る力です、これは強力なもので魔属化した人間も手遅れにならなければ大概は元に戻ります、けれどこれは良いことばかりではありません、浄化の影響を受けるのは使い手自身もだからです」


「えいきょう、て、どんな」


「肉体的にも、精神的にも、当然のことながら良い影響とは言えないものです、浄化の力は四元素の力をも消し去ろうとし、神子はそれに対抗するため平時も力を維持しなければならないからです、これによって生じる反発は神子自身を蝕み、特に浄化の力を使う時その影響力は大きく強まり、心身ともに疲弊し、眠っている間も休まる暇は無いでしょう、これを耐えるには相当な精神力が必要になります」


「せいしん、りょく……」


「その点では貴女は非常に優秀でしたね、見事に神殿の真逆を成してみせた」



 勇人の頭に載せた顎をぐり、と動かす

 優秀だったと言われた当の本人は組み直したミサンガに納得がいったのかそれをレプスの腕に着けなおし、すぐさま次を組み始める



「褒めてもなんも出ねーぞ」


「出せるようなものがあったんですか」


「ない」


「ぇと、じゃあ、子供たちがあげなふうにされるんは、精神力を、つける、ためだすか?」



――あの扱いで? まさか、そんな



「いいえ」


「ぇ」



 明確な否定の言葉に、レプスはひくりと息を飲み込む


 それなら、何の為に、なんの、ために、あんな、あんな……




「その逆です」


「ぎゃ……く……?」


「最初から知らなければ欲したり憧れたりすることはありません、何事にも心を揺らさないように、何も感じないように、心が無ければ、影響されることもない、……そう、育てられます」


「……そ……んな」



 なんだ、それは

 そんなことを、しても、いいのか


 神の、代わりに、平和と、調和を説く、それが、意義だろうに



「……なんで、……なんで」


「今な、レプス」


「は……ぃ」



 勇人は呆然と返事を返すレプスの頭をそっと下げさせ、ミサンガを髪に結い付ける

 ミサンガに取り付けられた天然石が、しゃらしゃらと涼やかな音をたて、先程窓口で勇人が編んだ髪型に沿うように落ち着いていく、派手過ぎず、その意匠はレプスによく似合っていた



「この前の大規模浄化で活躍した巫女たちが、ソレをどうにかしようと頑張ってる」


「みこさま……が」


「うん、その浄化の力をな、代わりに継いでくれる物を、この旅で俺とレプスとシリウスで探すんだ」


「おらたちが、かわりを」


「そう、石ころでも、植物でもいい、心が無くていいなら、人間じゃなくてもいい、そうだろ?」



 レプスはこくこくと頷いた

 そうだ、女神さまの、カミシロさまの言う通りだ


 自分には関係の無いことだと思いながらも、自分だけ逃げることに どうしても拭いきれなかった罪悪感

 自己満足でも構わない、ほんの、少しでも、ただ逃げただけじゃないと、思っても、許されるのなら


 しきりに頷くレプスに、勇人は にっと笑い掛けると彼女の首に手を回し、その後ろで きゅ と紐を結った

 ごく僅かな圧迫感と、咽喉に伝わる ひやりと冷たい石の感触


 ゆっくりと身を引いた勇人と入れ替わるように姿を現したのは



『あんだもどもど賢ぐねんだがら、柄でもなぐそげに深刻に悩まんでもえぇべなっ』


「おっ母?」


「よし、見えたなレプス」


「え、あ、はいだす?」



 一人分、開いていた筈の場所には、レプスの母が座っていた



「お袋さんとたっぷり話しな、晩飯の時間になったら呼びに来るから、それまでゆっくりな」



 そう言う勇人はいつのまにか荷物を纏めて立っていたシリウスに抱えられ、扉を開いて廊下に出てしまう



「これ、閂、ちゃんと掛けとくんだぞ、物騒だからな」


「は、はいだすっ」



 カンヌキ? そんなもの最初からあっただろうか……

 いつの間にか扉を横切る程の長さの大きく丈夫で重そうな木材が二本壁に立て掛けてあり、ソレが嵌る為の輪状の掛け具が扉と扉の両脇の壁に上下合わせて八ヶ所、用途も使い方も説明されずともすぐ分かる造りだったが、レプスにはこんなものが最初からあったという記憶が無い

 けれども恐らく、コレがカミシロさまの言うカンヌキとかいうものだろう



『娘ん為にありがたいこどだなす、カミシロさまも、シリウスさまも、お二方どもありがとうございますだ』


「はは、大したことじゃないってさ」


「そんな言葉、一言たりとも吐いていませんが」



 そっぽを向きながら言ったシリウスが返事も待たずに扉を閉じてしまい、レプスは言われた通りに閂を掛けた、木材は見た目に反して拍子抜けする程に軽く、逆に違和感を感じてしまう程だった



『……照れ屋なんだべな』


「んだなやぁ」




*** *** ***




「……で、ありゃあ"誰"だ?」



 隣の区画にある自分たちの部屋に着くなり勇人がぼそりと呟いた

 壁や床、扉がぎしぎしと音を立て、密度を増し、外界の音を遮断していく



「……在りし日の影です」


「なるほど、それで"触りますよ"か……おまえ、そんなもんまで見えるようになったんだな」



 大分、体力を消耗した風な顔色を確認したシリウスは寝台の上に勇人を降ろすと足首を掴んでブーツの紐を解き足から引き抜いた

 身を屈めてもう片方の紐を解くその背をよじ登り、ひょこりと見え隠れする小さな頭



「――多少引っ掛かりはするようですが、心的外傷……でしたか、残ってはいないようでした」


「あぁトラウマな、さすが暇さえあれば俺のスマホで情報収集してただけあんな」



 脱がせたブーツを無造作に床に置いたその手は続けて首元も腰元も緩めに掛かる、なるべく締め付けないようにはしていたが、それでも訪れる開放感に勇人は長く息を吐き出す



「ご近所さんからも情報収集しています」


「お前、井戸端できる程の対人スキルあったっけ」



 取った手の指先は冷たく、先程ミサンガを編む手が遅くなった本当の理由が分かる、シリウスの手は勇人の頬に添えられて下瞼を引き、小さな手が、ソレを真似するようにぺたぺたと触る

 次にするっと降りたその親指が勇人の下唇を押すと べっと舌が出され、舌を確認するシリウスの横で小さな舌が同じようにぺろりと出された


 愛らしいその様子に、どうせ自己満足の無意味な行為だと分かってはいても その小さな頭を撫ぜてやりたいとは思うが、倦怠感の襲う身体では腕を持ち上げるのも億劫だ



「いいえ、一方的に吹き込んでいきます」


「お前は床屋さんが掘った穴か」



 いつの間にか自身もブーツを脱いだシリウスが、ぎしりと寝台に片膝をついて座り込む勇人の脇から片腕を指し込み、ぐっとその身体を引き寄せる

 もう片方の手は申し訳程度に結われた勇人の後ろ髪を開放し、強張った頭皮をほぐすように わしわしと揉み込んだ

 小さな手も追従するように頭を撫ぜてくれるが、体温も感触も、切ない程に、なにも、なにひとつ、伝わりはしない


……もう、とっくに、なにもかも


 手遅れで、どうにも、なんにも、してやれないのに、可哀想だなんて、ムカついて、胸糞悪くて、反吐が、出そうだ



「――少し、寝たらどうですか」



 歪む視界を、シリウスの大きな手が塞ぐ



「今寝たらぜってぇ晩飯に起きらんねぇ」


「……そうですか」



 ぐっと何もかも飲み込むように大きく吸い込んだ息を吐き出し、勇人は自身の視界を塞ぐその手にのろのろと自分の手を添える

 重くて、億劫で、それ以上は動かなかったが、意を汲んだシリウスの手はゆっくりと離れていった


 すぐさま合った視線の主は、不思議そうに勇人を見つめてくる


 あどけなく、いとけない、善も悪も、まだ何もわからない、無垢な瞳


 シリウスが壁に枕を挟んで背を預けるように寝台に腰を下ろし、暖めるように自分ごと膝に抱えた勇人諸共シーツにくるまると、小さな存在はぴたりとシリウスの膝に寄り掛かり

 裾からぬっと出てきたその大きな手に頭を撫ぜられ、全幅の信頼を寄せ、酷く幸福そうな笑顔を浮かべて その手に頬を摺り寄せる



「……よかった、な」



 この、笑顔が、本当は"誰"に、向けられたものなのか

 思い至れば、あまりの理不尽さに、救われなさに、恥も外聞も無く



――絶望に、泣き叫びたくなる

距離感。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ