08
「そ……の……顔、アーシャルハイヴなどと嘯く不届き者がレンディオムの者とは……この機に乗じて王家と挿げ替わろうとでも言うのですか?」
勇人にとって都合の良いことに、真っ先に口を開いたのは王太后だった
「いえいえ"女王陛下"、そのような恐れ多いこと心にも思ったことはございません」
「じょ?! ぶ、無礼者!! わたくしを女王だなどと、陛下を前にしてよくもそのような!」
大仰にわざとらしく驚いて否定した勇人の言葉に周囲の空気はざわりと沸き立ち一斉に気色ばむ
「なんと! 貴女様は女王陛下ではありませんでしたかっ、とんだ勘違いを犯してしまい申し訳ございません心よりお詫び申し上げます、憚りながら大層立派な玉座が二つ並んでおり下賤の身ではどちらが国王陛下か分からずにいたところ、貴女様が発言の許可を必要とせず真っ先にお声掛けをなされたので、てっきり貴女様が女王陛下なのかと」
「っおのれ、よくもそのような!」
図星を抉られ いきりたつ王太后を隣に座っていた国王が制する
恐らく いつもならばそのような制止を受けたところで王太后は余計に反応していただろうが、流石に図星を抉られた直後とあって僅かながらの理性が働いたようだ
そんな王太后の様子に声を出さないまでも驚く周囲の空気が彼女の普段の態度を裏付けている
勇人としてはもっとみっともない姿を衆目の前で曝け出してもらおうと思っていただけに多少の燃焼不足を感じるが、下手に深追いするのも墓穴を掘る可能性があると恭しく国王に向けて頭を垂れた
「許可も無く発言をしてしまったことをお詫び申し上げます、無礼を働いてしまったことをすぐさま謝罪しなければ、と焦ってしまいました」
「よい、分かっておる」
高尚に頷いた国王の視線がラドゥに向けられていることを、勇人はシリウスの眼を通して見る
(……やっぱりな)
上級大将というのがどの程度の身分なのか分からないが、そうほいほいと国外に出歩いていていいものでもないだろう
逆に考えれば、それ相応の身分の者からの許可を得て国外を放浪していたと考えるのが妥当だ
王太后の性格や王家と挿げ替わるつもりだろうという先程の発言を考えれば表立って人探しができる筈も無く、ラドゥは名目上の役目を与えられ、それを隠れ蓑に探し人を求めて彷徨っていたというところだろう
この場がこれから処刑場になることに反対はしないが、国王が噛んでいるとなればシリウスを他人の空似で切り離してやることはかなり難しい
勇人自身は、自分がそこまで口が立たないことは理解しているし、シリウスに至っては一部処刑どころかこの場にいる全員を処刑する勢いで口撃するだろう
(いっそ滅んでもいいのでは?)
(ばっか、そんなことまで責任持てるか)
(無責任大いに結構ではありませんか)
(わかったわかった、後で肉じゃが作ってやっから、な?)
(……)
それは兎も角として、勇人は少なからず肩透かしを食らっていた、勇人自身は未だにいつもの定位置、つまりシリウスの片腕に抱えられたままなのだ、とても王族に謁見する態度ではない
にも関わらず、この場にいる誰もそのことについて注意しないどころか疑問にも思っていないような態度をとっている
てっきり、早々にそのことについて突っ込まれるだろうと待ち構えていた勇人としては披露することなく湿気て不発に終った爆弾を抱えている気持ちだった
「ランドゥルーグ・カリア・レンディオム」
「は」
「この者達がそなたが見つけてきたアーシャルハイヴか」
「はい陛下」
「二人ともか?」
「いいえ陛下、男性だけです」
ラドゥの返答に、攻撃する機会を見つけたのか王太后が部外者の立ち入りを咎めるべく口を開こうとするが、それを見て勇人があからさまにニヤリと笑ってやると罠と悟ったのか押し黙る
しかし相当フラストレーションが溜まっているようで、扇を持つ手が力を入れ過ぎているらしく白いその肌から更に血の気が失せているのが見て取れた
勇人としては国王の出方を見る為にもう暫く王太后には温和しくしていてもらいたい
「そうか、……まさかこの者に戦闘を総て任せるのではあるまいな?」
「陛下のご心配は尤もです、ご安心下さい我が国の威信を損なうようなことはございません」
「というと?」
「詳しくはレンディオム元帥閣下に提案していただく予定でしたが、今この場で触れても?」
「構わぬ」
「ありがとうございます」
ラドゥは許可を得ると簡潔に軍部に与える影響と隣国への牽制の効果を説明する
それは予定調和のようで、国王は特に切り込んだ質問も無く予め決まっていたような表面的な遣り取りをラドゥと交わす
……と、そこへ国王へとそっと近寄り耳打ちをする者の姿があった
「分かった、ここへ」
国王が促し何事かを伝えたものが退室すると、間を置かずに先程 勇人たちが入ってきた扉が開かれ、三人の人物が入室して来る
「遅れ馳せながら馳せ参じました」
「よい」
(あー……なるほど、それでか)
勇人を既視感が襲う
(そりゃ、誰も何も言わんわな)
老齢の男女が三人
男性二人は血縁を感じさせる顔つきをしており、その内の一人は、その腕に女性を抱えていた
まるで勇人とシリウスのように
彼らの顔を見て、何か感じるものがあったのかシリウスの背に纏わりついていた小さな存在が、じっと彼らを……男女の二人組みの方を見つめる
そして彼ら三人も、シリウスの顔を驚愕の眼で見ていた
「……ゆーでぃなの?」
老婦人がぽつりと呟いた
ユーディ……、老女の問いに、小さな存在がきょとりと首を傾げる
ラドゥがシリウスと勇人に心当たりが無いかと聞いた人物の名はユーディレンフ、ユーディはその愛称だろう
「違います」
シリウスは抑揚も無く否定した




