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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
腹の奥底(仮題)
84/144

05

「……まぁ娯楽の少ない狭い町で男が溢れかえれば大体こうなるわな」



 大衆食堂の筈なのだが、様相はさながら酒場である、まだ宵の口といった時間帯のわりには酔っ払いの割合が多かった


 おい、お前ら護衛だろ、自重しろ、とは思うが口には出さない、彼らが叱責されようが賊にやられようが知ったことではない

 店の外に酔い潰れた客と思わしき男達が酒代を抜かれた空の財布と共に死屍累々と転がってるとか知ったことか


 ギルドでの所用を済ませた勇人達がみつけたレプス達は食事処にはいなかった、判断に迷ってギルド窓口へと歩いているところへ落ち合ったのだ

 まぁ見て分かることだが、店の前に酔っ払いが転がっていたことで入れなかったのだ、これはこの小さな町の中の数少ない店で大体同じ光景であり、残った店は富裕層向けというヤツだ、シリウスという名のフードファイターの胃袋を支えられる店ではない


 自分で作ればいいじゃん、いつものことだろ? ……と思うかもしれない、しれない……が、主夫だってたまには休みたいんだよ!!



(主夫ではなく主婦ですね)


(誰にツッコんでんだよ誰に)


(勿論 貴女にですが他に誰が?)


(ぐぬぅ……!)



 まぁそんなどうでもいいことだとか邪推してしまいそうなシリウスの発言は兎も角として、だ



「んー……この中に女の子を連れてくのはなぁ……持ち帰りにしてもらって部屋で食べるか?」


「お、わ、わだす平気だす!」


「そうか?」


「はいだす!」


「まぁ君がいれば特に大きな問題はないだろう」



 ラドゥがシリウスの方を見ながら言う、結果は安定の無視だが

 確かに彼の言うとおり この程度の酒場……ではなく食事処なら物理的には安全だが、それでも安全であることと食事を楽しむことが出来るかどうかは別問題だろう


 酔っ払いの巣窟の中に若い娘が入っていくとなれば、ちょっかいを掛けられて食事どころではないし、物理的な手出しが無くとも野次を投げられ厭な思いをし飯が不味くなる、という可能性は高い



(取り敢えず、料理を頼んで、出てくるまでの様子で判断したらどうです)


(そうだなぁ)



 外でレプスを待たせた上で店内で一度メニューだけ見て戻り、レプスの食べたいものを聞いてから彼女を先に宿に帰らせて……と考えていたが、シリウスの言うとおり実際に彼女が言うとおり大丈夫なのかどうか注文した料理が届くまでに確認するのでもいいだろう


 日本と違い、こういう店は当たり前にある、あまり過保護にしてやると此方ではやっていけない


 そんなわけで酒……じゃなくて食事……いやもう酒場でいいや、現在その酒場の中なわけなのだが、入った瞬間、若い女の姿に衆目の眼が集まった、まぁこんなところで燻ぶっているような輩には無縁の存在だろう

 視線が集まった段階で既にうんざりとしていた勇人だが、顔には出さずにカウンター傍のテーブル席を指差した


 わりと下品な野次が次々と掛かってくるが、最初の一声の段階で勇人はシリウスにレプスの耳を塞がせた、白くぽわっとした綿のような植物で

 過保護は駄目だとは思いつつも ついついやってしまう自分にちょっとどうかとは思うが、ソレとコレは別だろう、と言い訳する



「ったくお高くとまりやがってよぉ、たまには違うモノも咥え込んでみろよ、食わず嫌いはよくねぇぞおい!」


「……世の中の女性はほんと大変だな、こんなセクハラを毎日受けてるなんて」


「毎日受けているのは余程劣悪な環境の者だけでしょう」


「ははは、国を初めて出た頃はこういった手合いが何を言っているのか分からなかったが、最近はわかるぞ、彼は余程 女日照りなのだろう」


「それ、しなくていい学習」



 カウンター傍の席を選んだだけあって注文は楽だった、ただしこういう状況なので男女どちらにせよ絡まれる可能性があり、ウェイターもウェイトレスも最初からいない、できた料理は自分でカウンターまで受け取りに行くのだ


 短気な男共を相手に客商売をしているだけあって、注文した料理の出来上がりが早かったのは幸いだった、とりあえずレプスの耳は塞いでいるお陰で食事が不味くなる、ということもないだろうと勇人はそのまま此処で食事をすることに決め、出来上がった料理をほんの僅かな距離だがレプスと二人でカウンターとテーブルを行ったりきたりして運ぶ

 普段の移動が殆ど腕に抱えられてのものである勇人は、短い距離なら積極的に歩くようにしているからだ


 シリウスとラドゥには他の男が割り込んで来ないようにテーブル席を確保してもらっている

 あからさまな煽りや野次の中でもこの二人に動揺の様子が一切無いことから周囲の男共はちょっかいを掛けても平気かどうかの力量を測りかねているのだろう

 酒で脳がふやけていても そういったところは本能的に弁えているようだ


 しかし女のことは諦めきれないようで少し離れたところからの野次は止まないどころか激しさを増す

 事実無根なことであろうと、ずっと暴言を吐かれ続けるのはストレスが溜まるものだ、普段なら聞き流す些細な言葉でも切欠になるときにはあっさりとなる



「ったくよぉ、やっぱ顔かよ、おぉいやだいやだ、これだから女ってヤツァよお!」


「あぁ? どうせ選べるなら自分だってツラの整った女選ぶだろうがテメェこそ他人のことどうこう言えるような大したタマかよ、大体、他人の好みに口出ししたところで何の得もねぇだろ、それになぁ、この顔はもはや芸術品だろ、芸術品に嫉妬とかテメェはバカか?」


「あんだとこのクソアマァ!」


「見ろこの美しい顔を!」



 勇人は知らしめるかのように、座っているシリウスの顔を小脇に挟んで男の方を向かせ、残った片手でシリウスの顔を指差す



「ひとを指差さないで下さい」


「あ、わり」



 シリウスの片頬は勇人の胸に埋もれている、当のシリウスは何か思うところがあったのか衆目の面前でも全く気にすることなく顔を傾け、正面から顔を埋めてみる



「どうした?」


「なかなか感触が良いです、手とはまた違いますね、ほら、こんな感じです」


「……ふわふわ」


「良いでしょう」


「いいな、うん、いいな」



 恐らく五感共有によって胸の柔らかさを堪能しているのだろうとラドゥは普段の様子を思い出し大体察しはするが、事情を知らない大半の者の眼には、うっとりとした表情でシリウスの後頭部を抱えて自分の胸にふにゅふにゅ押し付ける勇人の姿はただの痴女以外の何者でもない

 そして会話の聞こえないレプスには状況が全く分からなかったが彼女は勇人の胸の柔らかさは身をもって知っている



(いいなぁシリウスさま、おらも埋まりてぇべ!)



 勇人とシリウスのせいでレプスの感覚も大分おかしくなっていた

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