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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
腹の奥底(仮題)
80/144

01

「お帰りなさいだす! 早がったべな! やっど故郷くにさ戻るんだすか?」


「……ぁー……いや、そう……でも……ない……」


「へあ?」



 勇人とシリウスの姿を見つけるなり尻尾を千切れんばかりにぶんぶん振った仔犬のように満面の笑顔で嬉しそうに駆け寄ってきたレプスからぎこちなく眼を逸らすと、ラドゥとばちりと眼が合った


 その瞬間、一目で明らかに余所行き用だと分かる程の ものすごく素晴らしい笑顔が勇人に返された、どうやら自分に都合の良い流れを感じ取ったらしい

 その晴れやかな笑顔はそこはかとなくシリウスの素晴らしい作り笑いに似ている、無意識にそう感じながら勇人の顔はひくりと引き攣る

 ドン引きのその顔を見てラドゥの笑顔は益々深まった



(……おっさん、サドかよ)


(……)



 シリウスの返事は無い



「どうしたのかね、魔女殿に依頼はできなかったのかな?」


「あー……依頼はできた……んだが」



 出会った頃のわざとらしさぷんぷんなラドゥの喋り方に勇人の顔は益々引き攣る



「だが?」


「ちょっと……時間が、な」


「ほぉう? どの位掛かるのかね?」


「……少し、長いかな」


「えっ、結構待づんだべか?」


「ん、んー……そう……かな……」


「長ぇってどんぐれぇだすか?」


「……うん、ぁー……はんとし……うッ?!」



 瞬間、ラドゥの眼の色がギラリと変わった……ような気がした



「ほう、半年、半年かね」


「そら結構長ぇだすな、あ! んだらラドゥさんの国ば行っでみだらどうだすか?」


「……ぅ……ん?」


「困ってっがら観光がてらちょっど仕事ばすでもらいてぇっで、シリウスさまだっだらすぐに終るっていっでたべ!」


「……へ、へぇ」


「ふんどは仕事が全部終っでからでもええっで言っでたけんど、半年も待つんだらその間でも行ってみだらどうだすか? こっがらなら乗り換えで二週間ぐれぇで着ぐっで話しだがら、余った時間ばたっぷり観光できんべな!」


「充分に楽しんでもらえると思うぞ、しかしレプス、仕事のことを覚えてくれていたとは有り難い」


「ん……んん~……(おい、どうする、っていうかどうしよう、すっかりレプスが洗の……いや懐柔? されてんだけど)」


(知りませんよ)


(いや、二人ともお前のことだろ)


(全部、貴女の所為にしろと貴女が御自ら仰っていたような気がしましたが、わたしの記憶違いでしたか?)


(言ったけどな! ……あーもーご丁寧な嫌味言いやがって、これ、そういう次元の話しか?)


(そういう次元の話しでしょう)


(そーかいそーかいそーですかい、おまえ後で文句言うなよ)


(言うのも聞くのもタダです)


「まぁな」


「え? なんだすか??」


「こっちの話しだ、えーと、仕事だったか?」



 仕事となれば態度を変える、ぼろぼろで風穴だらけの丁寧な対応を捨て、いつもの舐められない為の仕事仕様に切り替える



「ああ、軽くな」


「シリウスは高いぞ」



 シリウスの胸を手の甲で軽くたんたんと叩いて見せるが、やはりラドゥは予定調和のようにぴくりとも反応することは無い

 恐らく、勇人が本気で大金を吹っ掛けたのだとしても、彼はそれすらも値切ることすらなく払うつもりでいるのだろう



「勿論、理解している、なに、仕事自体も面倒なことはない筈だ、ちょっと突っ立って牽制してくれればいい」


「牽制……ね」


「頼りきりでは弛んでしまうだろう?」


「あーまぁ、そーなんだろうな(ありがたいようなありがたくないような)」



 自身の素性が恐らく軍人であろうと予想されていると仮定した上でラドゥの口から吐かれる言葉は、ある程度の方向性を勇人たちに示している

 牽制、頼りきりでは弛む、これらの言葉から予測されるものは対立、推測上だが軍人であることをこれに加えれば戦争……というのがありきたりだが妥当なところだろうか


 実際に戦うのは兵士だが、彼らを鼓舞し、敵を牽制するのにアーシャルハイヴであるシリウスの影響はとてつもなく大きいだろう

 確かにシリウスが一人でどうにでもできるだろうが、この男に頼っていては国として立ち行かなくなってしまう、そこが牽制と弛むの二つの言葉の意味だ



(……一応、レプスには配慮しているようだな)


(貴族ならば、それくらいできないようでは困るでしょう)


(……辛辣だな)



 ラドゥの言っていることを言葉通りにしか飲み込めない様子のレプスは、意味が分からずきょろきょろと勇人とラドゥの顔を落ち着き無く振り返る


 戦争を連想するような言葉を聞かせれば、レプスは不安に震えるだろう

 何だか分からないがシリウスが頼りにされている、彼女にはそれだけ分かっていれば充分だ



「……分かった、いいだろう、船は乗り換えるって話しだったな、とりあえず船の時間に余裕があんなら飯食って、それから船の確保といくか、案内とか説明とか船の確保とか、しっかり頼むわ」


「勿論だ、とりあえず食事は彼女が良い店を知っている、私は今から船を確保しに行くから、先に店で待っていてくれ」


「あー……、質素な部屋で頼む」


「それは客室の埋まり具合にもよるな、では、後ほど」



 わざとらしい程に(実際わざとなのだろうが)見るからに上機嫌に遠ざかって行く背中を眺め、勇人は重く息を吐き出す



「あー……めし……いくか」


「はいだす! うんまいとごさ見づけだがら、期待すで下せえ!」


「……ぅん、たのしみにしてる」



 笑顔が眩しい……っていうか眼に痛いな、勇人はそう思いながらぐったりとシリウスに凭れ掛かった



(ぁー……すっげぇつかれた……)


(でしょうね)

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