07
「これだけ幹が太くて樹高が高いと森って感じがしねぇな、その樹なんか胴回りがちょっとしたビル並じゃねーか」
「土地柄でしょう、大分濃度が濃いようですから」
「濃度?」
「これです」
「あ、なんだこれお前の顔すら見えねぇっていうか耳鳴りっ、耳……いや頭っ、頭痛いカットカット!」
視界を覆う霧のようなソレ、背後へと吸い寄せられるように流れていく魔素をこの男も感知しているだろうとは思っていたが、話しの様子から視界共有までさせることができるらしい
それもただ濃いめの霧に見えているヴェルグと異なり、すぐ隣の人間の顔すら見えない程の濃度に見えている上に強烈な耳鳴りまでとなれば、違い過ぎる能力差に背中がひやりと冷えていく
(えれぇモンを連れ込んじまった……か?)
「薄暗いな、人里に出るまでどのくらい掛かんだ?」
「もう人里ですよ」
(ッ!!)
「へぇ、森の中に家があんのか」
「住居か見張り小屋かは知りませんが沢山の眼が我々を監視しています、さしずめ此処は捕食場といったところでしょうか」
「……驚いたな、兄ちゃんは相当のやり手のようだ」
「いや、眼が良いだけだよ」
「その眼が良いってのが曲者なのさ、安心しな、ここらに住んでんのは人嫌いばっかだ、出てきやしねぇよ」
通常の案内では通路を出るとすぐさま市街地に入るが、ヴェルグが案内したのは所謂 関係者以外立ち入り禁止というアレだ
入国税などとして入ってきた良質な素材をすぐさま入用な工房へと運び込む為の近道とでも思ってくれればいいだろう
「ルフィーナ、俺だ、客連れてきたぞ!」
二十分ほど森の中を右往左往したところで、ヴェルグが誰かに向かって呼び掛ける
するとヴェルグの足元を中心に景色は草原へと移り変わっていった
「おお、牧歌的だな」
草原の中にぽつんと古びた家が一軒
家の前には広めの畑が数枚あり、手入れが行き届いているらしく そのどれにも雑草の陰は見えない
山羊のような生き物や鶏のような鳥が草原に散らばり、草や虫を啄ばんでいる
「入るぜ」
「入ってから言うんじゃないよ」
「お邪魔しまぅわっうわっちょ、ちょちょ、待っ待っ!」
「あぁん? アンタ妙なモン連れて来たね」
男の腕に抱え上げられ、顔を仰向けにして片手で自分の眼を隠し、もう片方の手で首をとんとんする娘を見て、一見して妙齢の家の主は熟成し過ぎた葡萄酒を飲んだような顔をした
まぁつまり酸っぱいものを口にしたような、だ
「妙? ああ、この兄ちゃんな」
「良く見な、娘の方だよ」
「嬢ちゃん? ……ぁ、お前ェそれっ」
先日の藤乃の時と違い、シリウスが遮ることは無かった、それはこの二人の"見ているモノ"が違うからだ、そのままなら喋っても構わないが、話しが逸れるならばシリウスはまた止める
「経絡が無ェ……」
勇人の耳には一番妥当なものとして経絡と翻訳されて聞こえるが、勿論 某医学に出てくる経絡とは異なるものだ
こちらの世界の動植物は、無意識に魔素を空気や食事から取り入れ、その魔素……つまり生命力を体内で血のように廻らせて生きている
魔術が使えるか使えないかは色々な要因があるが、使えようが使えまいが体内を廻ることだけは皆同じ、当たり前のことだ
だが、地球人である勇人は違う
「いやもう秘孔とかどうでもいいよ、まだ? まだ丸出し?」
「誰も世紀末の誰かさんの話しなんてしていませんよ、まだです」
「あぁ? さっきからどうした嬢ちゃん」
「大方、コイツを気にしてるんだろうさ、安心しな、人間じゃない」
「いやでも裸はちょっとまずいまずいまずい」
「貴女、いつまで経っても慣れませんね、ベッドの下にお気に入りのグラビアを隠しているくせに」
「見たのかよ?! いや、だってお前 写真と生は全くの別物だろ?! 天と地程の差が在るだろ?!」
「生ではなく贋物だそうですよ、生というなら貴女も生です、一体いつになったら自分の裸を見れるようになるんですか」
「そんなもん知るか!」
「はァァ?」
ヴェルグは話しが見えずに首を傾げる
目の前の勇人は、屋内に入ってすぐの作業台の上に横たわった若い女の裸体にあたふたとするばかりだ
「あぁもう煩いねぇ、ほら、布を掛けてやったよ」
「あ、ど、どうも」
布を被せたという言葉を信じて勇人は眼を覆っていた手を下げた、首まで赤くして熱を冷ますように襟ぐりをぱたぱたとさせる勇人の姿を見てヴェルグは今度は反対側に首を傾げる
「どういうこった、女の裸くれぇ見慣れてんだろうに」
「見慣れてないんだろうよ、恐らくその娘は元は男さ」
「あ? あっ、ああ、それで経絡が無ェのかっ! 嬢ちゃん界渡りで変質しちまったってワケか!」
「最初に言っとくが、そりゃ元には戻せないよ」
「あー分かってる分かってる、それ頼みに来たんじゃないから」
「んじゃ何しに来たんだい」
「核を加工してほしいんだとよ」
「核ゥ? 見ての通り、あたしゃ今忙しいんだよ、他を当たんな」
「まぁそう言うな、嬢ちゃん、さっきの月晶石見せてくれや」
「ん? おう、そういやまだ腕輪に嵌めてなか……ぉ、なんかさっきと雰囲気変わったか?」
「!!」
勇人が未だ手に握り込んでいたソレを見たルフィーナは眼の色を変えた
「なるほど、客ね、いいだろ、奥へ上がんな、特別に美味い茶を振舞ってやるよ」




