05
「えーっと……(おいお前またなんか二つ名増えてるぞ、いやもう二つじゃねーよなコレ)」
「人違いです」
「だ、……いや、分かった分かってる、コレなんだよな」
ヴェルグが口を手の平で覆う仕草をしてみせると、シリウスはうんざりとした気持ちになる
「人違いです」
「えーと、何だその月の君ってのは」
「あ? ああ、月の君ってのは言い伝えさ、月晶石の化身と言われてる」
「化身……、あーえっと、それって人から生まれるモンなのか?」
「分からんが、人から生まれるっつー話しは今のところ俺の知る限りは聞かねぇな」
「んじゃ違うな、こいつ人から生まれてるし、生まれたのもここ数十年(っつー表現を使う程じゃねぇけど)で伝説になるような昔じゃないぞ」
「そうか……」
あからさまにがっかりといった様子のヴェルグにしょーがねぇなこのジジイは、と勇人は溜め息をつく
「んで? そのげっしょうせき? ってのは何か特別な石なのか?」
「霊石です」
「……また知らない単語か」
「まぁ、嬢ちゃん曰く小庶民じゃ知る筈もねぇだろうよ、国家予算注ぎ込んでもそうそう買える代物じゃねぇしな」
「こっかよさん……」
国の規模によって額が違ってくるだろうが、金銭感覚が庶民と隔たっているジジイの想像する国家予算はやはり巨大国家の国家予算だろうな、と勇人は中りをつけた
「嬢ちゃんは魔石ってのは知ってるか?」
「まぁ一応な」
止まっていた足を再び動かして右に左に通路を進む、侵入者対策なのか中は迷路のようになっているようで、今し方通ったばかりの通路がズレるのか通り過ぎた背後でガコンと挿げ替わる音がする
港を縁取るように並ぶ建造物は、その屋根の上、上空は一見してガラ空きに見えるが、恐らく魔女によって結界で阻まれている筈だ
入国するには入国管理局舎の中を案内付きで通るしかないのだろう
「アレはその辺の石ッころでも宝石でも、長期に渡って高濃度の ぁー……魔力、魔力に曝されることによって石に魔力が蓄積したモンだ、まぁ蓄積すんのは何も石に限ったことじゃねぇが、強度……まぁ物理的な硬さに限定するわけじゃねぇが、ソレが無けりゃあ蓄積に耐え切れずに砕けて霧散しちまうことが多いから大概は石だ、石の性質や硬度、純度、透明度なんかによって蓄積する魔力の質がガラリと変わる」
「ああ」
「で、霊石だが、あー……そうだな、"人"っつーモンは肉体と魂と精神の三つで成り立ってるっつー話がある」
「……そういう方向性の話しか」
「んでまぁ、多くの人工生命体には心、つまり精神が無い」
「まぁそうだろうな」
その心臓は鼓動を打つが、他は精々が反射で反応するくらいのものだ
この様な場合にはこう処理する、とプログラムされていれば幾分か反応も違うのだろうが、人のような反応をさせるというのは至極難しいだろう
地球のプログラマーなどが知れば喜んで没頭しそうではあるが、普通はうんざりとするような果ての無い作業を繰り返す羽目になる
「霊っつーのはまぁ言葉的に言うと精神的なもんを指す場合が多い、つまり霊石ってぇのは心の宿る石だ」
「はあ、心ねぇ」
「魔石の中でも蓄積された魔力が自然に最高純度に高練磨された最高品質のモンだけが霊石になる可能性がある、あくまでも可能性だ、霊石になるのは何も月晶石だけってワケじゃねぇが、過去の例の中で最も多い割合を占めてんのは月晶石だ、そーいう いつ心が宿ってもおかしくねぇ品質の石を霊石と呼ぶ、月晶石は採掘される殆どが霊石級だから月晶石ってだけで折り紙付きってワケだ」
ヴェルグの言葉を踏まえるなら、先程シリウスが創り出した月晶石は今現在 何の力も内包しない只の石、良く言ったとしても宝石だろう
作られたばかりなのだから、たかだか数分で何かが蓄積する筈も無い
「んで、月の君ってぇのは山一つ程の大きさの月晶石の結晶体が凝縮したモンで、ソレに霊が宿ったのが月の君って話しだ」
山一つ程と言っても、当然のことながら山にも大小の差が在る
ふらりと出掛けられるハイキングコース並みの山と、死を覚悟するようなエベレストでは雲泥の差が在るだろう
ヴェルグの言っている山がどの程度なのかは知らないが、少なくともハイキングコース並ではないだろうな、と勇人は判断する
「その山一つ程っつぅのも実際に見たヤツが居るわけじゃねぇ、恐らくそうなんじゃねぇかって推測の話しだが、月晶石ってのはデカいもんでも そうだな……、こんくれぇだ」
懐からペンを取り出したヴェルグは、自身の手の平をペン先でちょんと突く、残された跡は大体 胡麻粒程の大きさだ
「あーなるほどな」
デカくてもその程度という認識ならそれより遥かに大きな粒を創り出したシリウスは、イコール月の君にもなるだろう
「まぁそんなワケで、山一つ程の月晶石の化身である月の君ってのは当然想像もつかねぇようなデケェ魔力を内包してて あの"魔導師"に匹敵する存在なんじゃねぇかって、その界隈じゃ有名な寝物語さ」
やがて通路の終りが見えてきた、風と、木々の匂い、そして僅かな光り
「……で、その月の君ってのに用でもあんのか?」
「いぃや、月晶石があればその必要は無ぇ」
通路を抜けた先は、鬱蒼とした深い森の只中だった
ゲームとは一切関係ありません<月晶石




