02
入国管理局舎に入っていく勇人とシリウスを見送って、レプスは重い溜め息をついた
その姿はさながら主人の出勤で家に一匹で留守番をする小動物である、眼が潤みぷるぷる震えるチワワあたりを連想するといいかもしれない
(早ぐ戻っで来で下せぇまし……!)
まだ別れて一分も経っていない、というか局舎の出入り口は開放してあるのでその姿は見えている
「折角だ、日数を掛けて食べ歩きでもしよう、後で何が美味かったかレプスの感想を伝えれば喜ぶんじゃないのか?」
「うぅ、はいだす」
しょんぼりとしたレプスをラドゥは手っ取り早く食べ物で釣ることにした
空腹だと気分も下降するものである
この国での用事がどの程度の日数で終るのか分からない為に、既に下船手続きは済ませてあり、再び乗船券を購入しない限り船に戻ることはできない
当初はレプスも連れて入国する予定だったが、シリウスと勇人だけが入国することになった為に、急遽しっかりした宿を確保したので寝る場所は決まっているが、港という狭い立地上 観光地でもないのでコレといって時間を潰すようなものも無い
そうなると主に、というかほぼ市場で時間を過ごすことになるので方向性は自然と狭まる
一体、何日で勇人たちは戻ってくるのか
市場を隅まで回りきる前に戻ってきて欲しいとレプスは切に思う
*** *** ***
「これお願いします」
「承りました、申請書を確認させていただきます……入国者二名ですね」
「はい」
「滞在期間はお決まりではないのですね、予想でも構わないのですが」
「仕事の依頼に来たんですが、どの程度作業期間が必要なのか分からないので空欄にしました」
「なるほど、わかりました、予定が分かり次第申告していただくことになりますが、かまいませんか?」
「分かりました、分かり次第申告します」
「お待ちしております、依頼の内容をご相談いただければ、こちらから心当たりの者をご紹介できる可能性もございますので、よろしければご一考下さい」
「ええ、ありがとう」
「それでは次に入国税についてですが、お支払い方法は現物による支払いで間違いありませんね」
「ええ」
「どういったものでのお支払いでしょうか、物によって専門の鑑定士を呼びますので暫く待っていただくことになります」
「分かりました、お願いしたいのはこういった系統のものです、カウンターに載り切らないので、ここに出したのは一部ですが」
「これは……」
綺麗に解体された肉や骨、腑分けされた臓器、一滴残さず瓶に集められた血液
そのどれからも濃厚な魔力の気配が漂っている
周囲の気温が がくんと下がり、息の詰まるような寒気がその場に居合わせた者達を襲う
死肉となってもその影響力が衰えないとなると、そうとう上位の魔属ということになる
「ほぼ一体分、揃っています」
抱えるシリウスの庇護のお陰で勇人自身は何も感じないが、一見して弱い個体である勇人の平然とした顔がまた不気味さを煽るようだ
職員の顔は血の気が引き、指先は微かに震えている
「わ、わかり、ました、専門の、鑑定士を呼びます、……ので、一旦、こ……れらの、ものは、仕舞っていただき、奥の、専用室でお、お待ち、いただく、ことに、な……ります」
「分かりました」
カウンターの上のそれらが荷袋の中に仕舞われると、居合わせた者達は一斉に詰めていた息を吐き出す
「で、は、こちらで、お待ち下さい」
半ば追い出されるように専用室に押し込められたが、鑑定士を待つ時間は然程長くは無かった
「モノは?」
「ウィルグさん、せめて名乗るくらいお願いしますよ」
「ぁあ? 俺ァ鑑定士はやってるが接客業はしてねぇよ、文句あんならテメェがやれや、で、モノは? 早く出せや」
「すいません、この人こういう人でして、眼は確かなんですがねぇ、鑑定士のウィルグさんです、無礼な物言いは無視していただいて結構ですので、では早速ですが現物を出していただけますか?」
「あー、はいはい」
扉を開けるなりのこの態度に、勇人は一瞬で最低限の礼儀すらとる必要が無いと判断する
外見通りの粗野な振る舞いのこの鑑定士に対しては気を使うだけ無駄だ、ただ無意味に神経が磨り減るだけだろう
「ほぉ、支配階級か、ほぼ揃ってんな……核はどうした? 核出せや、あんだろ、ほら」
「アンタに出す分はねぇな」
「ぁあ゛?」
どう見ても堅気ではない眼がギヌロと勇人を視界に捉える
男に後生大事に抱えられるようなひ弱な女は大概の場合ソレで大なり小なり怯むのだが、勇人は一切怯まなかった
それどころかウィルグを尊大に見下ろす始末
「睨んじゃだめですよウィルグさんっ、すいませんこの人ほんと無礼で」
「いやいーよ、でもチェンジで」
「は? ちぇんじ……ですか?」
「交代って意味な、チェンジで」
「ぁンだとこのアマァ」
「チェンジ」
「……ここで一等眼が利くのは俺だ、これだけのモンを視れんのはここにゃあ俺意外いねぇ」
「チェンジ」
「おい兄さん、テメェの女くらいしっかり躾けといてくれや」
声を掛けられたシリウスはちらりとも鑑定士を見ないが、ウィルグの眼はしっかりと視ていた
女は何の特異性も無い、ただのその辺の女と同程度、否、それ以下かもしれない
対して女を抱える男は辛うじて視える表層だけでも化け物だと分かる、そんな男が掌中の珠の如く有るが儘にさせている
だからウィルグはこれでも普段の数倍は柔和な対応をしているつもりだ
勇人とウィルグは睨み合い、空気は膠着したまま一行に動く気配が無い
気付けば何時の間にか鑑定士を連れてきた職員の姿が無いな、と思った次の瞬間にはバァンと扉が勢い良く開き
「何度言ったら最低限の愛想を振り撒くんだテメェは!」
「痛っづぅ?!」
髭を三つ編みにした ごりっごりの筋肉爺さんが巨大な鎚でウィルグの頭を叩きつけ、床に頭部を減り込ませた




