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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
求めたものは
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03

「で、なんだこれ、最愛の馬との逢瀬を見せ付けるプレイか」


「おぞましい表現はやめて下さい」


「馬じゃねーって言ってんだろ!」


「おらの女神さまに悪さしようとすだんになんでちゃぶれさせなかったべ!」



 ぺいっと握り潰さんばかりに力を込めていた手を掃ったシリウスはぷらぷらと不快そうに手を振る、動作はこれでもかと感情を伝えるが表情はぴくりともしない


 手を開放された獣人は熱り立って拳を振り上げた……が、その拳は背後から伸びた手に捕まれそれ以上は動かなかった



「よく見ろ、死にたいのか」


「?! ……アーシャルハイヴ」


「あぶ? 聞いたことさねぇべ共通語か??」



 獣人の仲間らしき女戦士の促しに、獣人は職員の手元に眼をやり、ゆっくりと腕を引いた、相手を、これ以上 刺激しないように


 静寂は唐突に訪れ、居合わせた者達はそっと密かに息を吐く


 閲覧魔具には階級があり、見る者がソレに伴なわなければ閲覧を申請することすらできない

 いつ、どこで、どんな依頼が、事実が、噂があったのか、単なる隣町へのお使いから特定種族の大規模徹底殲滅まで、過去、現在、国も、大陸も越えて、依頼に関わるのなら、国家の秘密でさえ記録される

 階級によって魔具の外観は異なり閲覧できる内容も機密性を増していき、上になるほど魔具をただ見掛けるだけの者すら極僅かになる、つまり見たことの無い閲覧魔具を見ることのできる者は、少なくとも"ある程度以上"の者ということだ


 アーシャルハイヴとは"越"えた者という意味合いを持つ


 いつまでもぷらぷらとさせているシリウスの手を取った勇人は溜め息をつきつつ荷物の中から小さな円筒状のものを出してプシュっと何かを吹き付ける



「ひぇっ?! なんだべっ」


「ん? あぁ、消毒だよ、こいつヘソ曲がるとしつこいからな」


「しょ?! ハァ?! んだとこのアマ」


「ばかっ! 行くぞっ すまなかった、私達はこれで失礼するっ」



 目の前の獣人の自尊心を傷つけるよりも背後のこの男の機嫌を損ねる方が何倍も面倒臭いという単なる消去法で天秤は呆気なく簡単に傾く

 女戦士の謝罪にも勇人は「いーよいーよ気にすんな、お互い苦労するな」と軽く労うだけに留めた


 勇人は見た目通り女戦士より遥かに弱い、それこそレプスよりも体力面では劣るだろう、だが弱くても堂々としていなければ簡単に足元を掬われてしまう、シリウスという虎の衣があってこその態度だが、それも処世術だ、お互いに充分理解した上でのこと


 大袈裟にせず、面倒ごとはさらりと流すに限る


 騒ぎの片割れが退場し、居合わせた客がわざとらしく空気を変えるように職員に業務を促し、それに飛びついた職員によって窓口は表面上は一応の平安を取り戻した



「はぁ、おとろしかったべな、心臓が止まるかと思ったべさ」


「威張り散らす必要はないけどハッタリも大事だぞ、虎の衣があるともっといいんだけどな」


「とらのい?」


「こいつみたいな見るからに凶器な強そうなヤツのことだ」


「んだらおらには女神さまがおられなさるだす!」



 水面下での修羅場はまだ終わったわけではない

 騒ぎの片割れが居なくなった後も、こうしてあからさまに男の威光を借りていると話し、それを男が許容する姿をわざと見せる

 その女を女神と崇め、自分には女神がついていると自信を持って宣言する姿も、俺が凶器ってことかよ仕方が無いなぁと苦笑いしながらも否定しない姿も

 わざわざ見せられている者達が、それを牽制だと自覚せざるを得ないように


 レプスは理解していないが、シリウスはちゃんと理解している



「で、ここはどこだ?」


「出張総合窓口です」


「ああ、えっと、ギルドな、ギルド」



 勇人の知るラノベ界隈のギルドと大体は同じなのだがそこかしこの微妙な差異になかなか素直に知識として飲み込めないがそれも致し方ない


 馴染み有る御用達の"冒険者ギルド"とは大方被っているが完全に同じものでもなく、一括りにギルドと言っても傭兵ギルドや魔術師ギルド、鍛冶ギルド、商人ギルド、料理人ギルド、服飾ギルド、教育ギルド、家政、漁業、農業、畜産、製糸、縫製、建築、医療、福祉、宗教 他 諸々等々ピンからキリに村単位や個人的規模のものまで幅広く色々とあり、こちらで勇人馴染みの"冒険者ギルド"に相当するようなものは それら数あるギルドの総括機関のことを指す


 "冒険者"や"探求者"の名称のままにソレが最大目標というのは大概 子供の頃か駆け出しの頃までだけだ

 名実共に冒険者ギルドがあるとすれば それは数あるギルドの中の一つということになり、勇人に馴染みのある代表的な冒険者ギルドとは遥かに規模が異なり且つ活動内容は限定的になる


 わざわざ○○ギルドと呼ばない場合は大概においてギルドと言えば総括機関のことを指すが、敢えて名付けるなら総括ギルドとするのが妥当なところだろう



「んで、アレ調べてんのか」



 調べ物でレプスが思い出すのは例の"探し物"のことだ、何を探しているのかは彼女には分からないが



「お、ぁ、わだす、わだすこげなもん見だごとねぇだす」


「まぁ色々と思うところのありまくる外観だよなコレ」


「何を連想したかは分かりますが、一応は機構的には魔術ですよ」


「いや、魔術っていうかSFだろ」



 中空に浮かぶ立体映像に指をあててすいすいと操る姿はサイエンスフィクションだとかスペースファンタジーだとか、はたまたサイエンスファンタジーなどを連想せずにはいられない光景だ、服装を変えればファンタジーの登場人物も充分SFの地球外生命体系の登場人物として通用する

 因みに余計な一言として"すこしどころじゃないふしぎ"のSFでもいい



「えすえむ?」


「エスエフな、エスエフ、聞く人が聞いたらアレでソレな単語だから」


「どれだすか?」


「同郷かどうかの判断にはいいんじゃありませんか」


「SMで発覚するってすごく切ないんだが……」



 アレでソレな単語にドン引きされるとかならまだ正常な反応だが、もし万が一かぶりついて来られたら、こっちこそドン引く

 というか、自分だったら絶対に聞こえないフリか気付かないフリをする、勇人はそう硬く決心した



「ぜんっぜん読めねぇ、眼が疲れっぺ、ほんどに読んでるだか?」


「こいつ速読ってか即読だからなぁ、付き合ってると眼がおかしく……いや、確実に悪くなるぞレプス」


「さすが眼が三っづある男は一匙違うべな」


「匙? いや数は関係ないけどな」



 知覚しかできない画面の切り替わり速度にレプスは早々に音を上げた



「んで、ここにこーやってこう、編みこんで、どうだ?」


「おおお! か、かわええべな!!」


「だろ? 妹のお気に入りなんだよ」



 暇を持て余した勇人とレプスはシリウスに鏡のような金属板を出してもらい、髪を纏める方法をきゃっきゃと教えたり練習したりする



「カミシロさまは伸ばさねぇだすか?」


「ん、今伸ばしてるんだが、今まで長くしたことなくてなぁ、こっちじゃ男も女も長いの多いんだな」


「髪ば神様が宿るっち言われぢょってあやがるんに伸ばすんだす」


「俺の故郷にも諺があるよ、験を担ぐんだな」



 それも違和感を感じる話だ、勇人は髪を編みながら胸の内で反芻する

 言語のことを考えれば、そんなこと連想すらしないだろうに



「最後はさっきと違って、ここにこうして、ほら」


「う! ……美しいべ!!」


「顔が整ってるから余計にな」


「仕様です」


「仕様なのかよ」



 仕上がった髪型を正面からレプスに見せるために、画面を注視していたシリウスの顔の向きをぐりっと彼女に向かって補正する

 確かに仕上がりはより一層美しいものだったが周囲の人間にはもう指先の感覚すらない


 整った顔立ちと言っても女顔というわけでもない男がされた髪型は見るからに女性向けのもので、男にそのような趣味の片鱗は一切見られないからだ

 寧ろ、片時も離さないかのように常に女の身体に片腕を巻き付けている様子は男性的思考(いや嗜好か?)の強さを物語っているようですらある


 先ほどは手が汚れたと言わんばかりの動作までしてみせたのに、女児の玩具人形のように髪を弄られ、魔具を注視するその顔を声も掛けずに強制的に振り向かせられ、なぜ怒り出さないのか

 穏やかな人間が些細なことや今までは気にも留めていなかったことに突然豹変したように怒り狂うなどという例もあり、居合わせた面々は気が気でない


 結局、出航時間になり客室の開放によって勇人達が窓口を出るまで、客が増えても減ることは無く、彼らは解放されず、狭い部屋でぎゅうぎゅう詰めにも関わらず存分に寒気を堪能させられた



――男の顔が、眼が、画面を向いていないのに迷い無く画面を切り替え続ける手のことなど、誰一人として、気付くことすらも無く

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