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「そういえばカミシロさまは刺青ば駄目だったべな」
レプスはさっと引いたがラドゥはそうでもなかった
「なるほど気になるのはその部分か」
刺青というものは民族によって意味合いが異なってくる、身分や血筋に成人の証し、所属を表すものであったり、生業を表すものであることもある、例えば水の海の船乗りは海難事故で死んだ場合に身元を示すのに役立つし、兵士であれば首を獲られた場合に身元を照会する為のものとなる
だが勇人の反応を見る限り、彼女の故郷ではそれらとは異なる意味合いを持つのだろう、負の印象を与えるものだというのならば、その場合の刺青は罪人を示すことが多い
恐らく彼女の故郷ではそういった者の目印なのだろう、ラドゥはそう中りをつけた
「確かに見た目は刺青のようだが実際は違う、ご覧」
立ち上がったラドゥは部屋の明かりを消すと窓を覆う日除けの布を引き、先程嵌めなおした手袋をもう一度脱いで見せる
「下からの溶岩の明かりで分かり難いだろうが、ほら」
「……指輪?」
「透げてるべ……」
「月の光を受けるとその形を露にする、こうして見ると刺青ではないということが分かるだろう?」
「いやまぁそーなんだろうけども……結局それは月夜限定の話しであって、昼間の行動時間に刺青であることには変わりないんじゃないスかね」
「まあそうだな」
「おい、おっさん」
ラドゥがなぜ婚姻の輪に拘るかと言うと、勿論 魔女の対策のためではない
彼はシリウスらをこれからどうにか言い包めて祖国へ招こうと思っているわけだが、想定する問題の中にそういった系統の面倒ごとがある為だ
王侯貴族とはどこの国でも似たようなもので、正常であればあるほど個人の感情が無視される傾向にある、反対に正常でないのが暴君による独裁というアレだが(かなり希有な例だが賢君による独裁で齎される善政もないわけではない)、まぁソレは置いておくとして
例えば学の無い庶民の目にも最も分かり易く映り理解されるのが王族の婚姻だろう
その多くは他国との友好の為、という名目で結ばれるが、実際にはその関係に上下関係が大きく含まれ、国家の格の違いによって対等という理想はほぼ存在しないに等しい
話は若干逸れたが、まぁ平たく言えば尊い血筋の間に結ばれる婚姻には個人の感情は無いものとされる、ということだ
ところで、国の為に結ばれる婚姻というのは王侯貴族間だけで結ばれるものではない
有名なところは庶民の間で伝わる寝物語によくある、武功を挙げた者に尊い血筋の娘を与える、という話しだろう
地球界隈で言うところの勇者と王女の結婚という鉄板のアレだ
そこに褒章を賜る者と褒章として下賜される者の感情は無いものとされる
そしてそういった婚姻が結ばれる理由は大概単純なものだ
それだけの力を有す者、多くの民草から慕われる者、そういった影響力の強い者を取り込めば民衆からの支持は上がる、是が非でも取り込まなければならない
できなければ国は割れる
今の王家に任せるよりも勇者に国を、自分達を導いて欲しい、と
そう思う者が現れる可能性は、決して低くは無いだろう
だから取り込めなければ始末する、そういうことだ
(できれば細かい不穏の種は虱潰しに消しておきたいものだが……)
シリウスのようなアーシャルハイヴを招くともなれば、招く理由からもそうなる可能性が高い
今、ラドゥの国には未婚の王女は存在しないが、本筋が絶えてしまった時の為に保持される王家の血を引く尊い身分の娘は存在する
そういった問題が鎌首を擡げた時に、一番手っ取り早く拒否できるのが婚姻の輪だ
市井で一般的な婚姻宣言など貴族間では無いも同然の扱いを受けるが、婚姻の輪はそう易々と無視できるものではない
これはどの宗派の教団が寿いでも意味は共通し、夫婦の強固な繋がりを示し、第三者のあらゆる介入を拒否する根拠として絶対的な不可侵領域だからだ
この婚姻を解消することができるのは当人同士の合意だけであり、その者たちを薬物にしろ魔術にしろ洗脳して解消させる、ということはできない
もしやるとすれば、それは単純に色仕掛けであったり物で釣ったり嘘の情報で信頼関係に亀裂を入れたり、まぁそういう方向性だろう
解消しない限りは夫婦のどちらも配偶者以外との子供は生せないので、この子は王の御落胤です、という類いの戯言は一切通じず、妻はたとえ暴漢に襲われようとも精神面は兎も角として孕むことは絶対にない
これが王侯貴族間で婚姻の輪が重要視される最大の理由であり、魔女が婚姻の輪を持つ男を狙わない理由でもある
この輪を用いて、彼らは精通も初潮も無い幼い内に婚姻関係を結び、成人後に改めて対外向けに婚姻の体裁を示す
勝手に子供を生すことができない、というところさえ保たれればそれで良いとしている為に婚姻後も より政略に叶った相手を探す行為は続けられるが、そこは個人の感情を無いものとする王侯貴族ならではと言えるだろう
結局のところ、こちらも原始の魔女と同じで相手が結婚していようが構わないのだ
婚姻の輪があればそれが牽制になり、そういった手出しが多少減る程度の恩恵を得られる
輪が無ければ、尊い血筋の娘を無下に扱ったとして、いくらでも言い掛かりをつけることができるだろう
そういった煩わしさを、果たしてこの二人は退けることができるかどうか
怖いのはアーシャルハイヴを怒らせることだ、それは国の滅亡に直結する
だが、王侯貴族の持つ誇りというものは、時に己を傲慢にし、眼を曇らせ、自らを危険に曝すことがある、特にあの"魔女"、ラドゥが侮蔑を込めて魔女と呼ぶあの女はその筆頭だろう
だが、無理に婚姻の輪を勧めて不信感を持たれるのはラドゥにとって今最も避けるべきことだ
(普段の動物的な様子もそれなりに牽制になるが、所詮 下賤の者と一笑に付される場合もある、もう一押し欲しいところだ)
何時も通りシリウスに抱えられた勇人を上から下まで舐るように見回しながらラドゥは普段から胸をぷにゅぷにゅしたり下腹部を撫で回したり何処へ行くにも腕の中か膝の上といった人目を憚らない行動を思い出しつつしみじみと呟く
「もっと分かり易く胎が膨れていれば強い牽制になるのだがな」
「セクハラはやめろ、人の体型に口出しするんじゃねーよ」
「年を経ると色々と磨耗するんでしょう」
勇人は当たり障り無い応対は無理だと切り捨てた、世に言う良い嫁キャンペーン終了のお知らせである
暑さ寒さの差が激しく弱ってるところに風邪ひいたせいか なかなか治りません、次回以降の更新は今のところ不明です、すいません




