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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
奈落へ昇る(仮題)
65/144

03

「グラヴス、そんなに落ち込むな、これは好機だ、こうして討伐に志願したからこそあの剣は破壊されたんだし、お前の嫁と子供もどうにかしてやると言ってもらえた、そうだろ?」


「……ああ、そうだな」



 定期的に送ってもらっていた手紙に書かれた容態は思わしくないもので、先日はとうとう覚悟するようにと書いてあったが、剣のことが本当ならこれ以上は急速に悪化することはないと思いたい

 もっとも、弱ったまま回復せず……という可能性も充分に考えられるが



「効き目があったのかもしれないな」


「ききめ……?」


「これです、もう消えてしまいましたが、先日 我々全員で腕にいれたでしょう」


「ああ、そう、か、幸運の」



 眉唾物などではなく、本当に効果があったのかもしれない

 版木に色墨を塗り付けて肌に押し付けただけの、ただの子供騙し、気休めだとしか思っていなかったが

 本当に、幸運の御印だったのかもしれないと、グラヴスは小さく息をつく



「死んだことになる以上、このまま固まって移動するわけにもいかねぇ、ここでお別れだな」


「そうね、アタシやアンタとか天涯孤独の独り身はいいけど、所帯持ちや親戚持ちはどうすんのよ」


「偽名で手紙出して死んだことにすると伝える、多分、上は俺達が本気で勝てるとは思っちゃいねぇだろうしな、家族を張ってるなんて手間も割いちゃいないだろう」


「字なんて読めるのか?」


「この旅に出る時に覚えるように言いつけて出てきた、いつ帰れるか分かんねぇから旅で稼いだあぶく銭と返信用の紙を同封して手紙でもと思ってよ、今じゃ月イチで送れりゃ良い方だ、一応、本人証明ってことで最後に俺や女房やガキどもの好きな食いモンとか書くように決めてる」


「なるほどな」


「おう、とりあえず死亡通知を受け取ったら国を出るように言って どっか別の国で落ち合うさ、まぁ通知なんてしてくれるかどうかも分かんねぇけどよ、そん時ァ俺を探しに旅に出るってことにさせるさ」


「……わたしも外つ国へ行きます」


「アンタ姫だろ、いいのかよ」


「……この旅に出ると決まった時に諦めました、庇護の無い世界にも随分と慣れましたし、無難に生きていけるでしょう」


「そうだな、姫さん逞しくなったし、どこででもしっかりと生きてけるさ」



 咒具と同化した肉片は揃って此処に置いていく

 全滅したんだろうと思ってくれれば僥倖だ



「では皆さん、後始末はわたしが」


「魔力は残ってんのか?」


「幸いなことに、これが一つ」



 サーシャが広げた手の平には、ころりと転がる小さな魔石があった、黒曜石のように漆黒だったそれは、見る間に白く色褪せていき、最後は砂のように崩れ去る

 この程度では気休め程度にしか回復しないが、この場の始末をつけた後、どこかの安宿に身を落ち着けるくらいまでは保つだろう

 王族として相応に護身術も習ってはいるが、流石に魔力が枯渇した状態であても無く彷徨う程 世間知らずではない


 彼女にその場を任せた面々はそれぞれに別れの言葉を告げて散っていった



「もういいのか?」


「はい、別れは済ませました」



 女を抱えて無言のまま歩き出すその背をグラヴスも追う

 暫く歩くと背後で大きな爆発が起こり衝撃波が木々の枝葉や背中を襲い、振り向けば高く火柱が昇っていた、先程まで別れの言葉を交わしていた場所だ

 サーシャが跡形も残らないよう炎に呑ませたのだろう


 そのまま暫く後をついて行くが何処を目指しているのかグラヴスには予測できなかった、突然進行方向を変えたり道を戻ったりするからだ


 暫くそうして彷徨った後、唐突に足を止め、グラヴスもそれに倣う



「離れたか」


「ええ、何人か迷ったようで合流しそうになりましたが」


「え?」


「ん、ああ、あんたの仲間とな、合流しそうになったんだ、悪いな、これから渡すものの関係上、誰かと情報を共有してもらっちゃ後々面倒ごとになるからさ」



 どういうことだろうか、訝しげに話を聞くグラヴスの前で三つ眼の男が空いた方の手を開いて見せると、そこに種が一粒載っており、それを女が摘み上げて見せる



「これはな、こいつの故郷で癒しの神樹として崇められてる植物の種だ、土に埋めればすぐ芽吹く、芽吹いてからそうだな、あー……(一ヶ月もあれば療養も兼ねて完治するか?)」


(長いですね、二週間でいいでしょう)


「二週間、二週間で枯れる」


「は、ぁ」


「枯れるまでの間、この植物の傍に寄れば病気も怪我も大概治る」


「えっ」


「ただし、だ」



 それがあれば妻も子も、親父も幼馴染も、思わず縋り付きそうになったが、女は据わった眼でグラヴスを見据えた



「こいつはな、一般的な治癒術と同じ原理で患者本人の体力を使って治療し続ける、だがな、人間と違って加減とか手心とか塩梅とか、そういう気の利いたモンは一切無い」


「は、はい」


「つまりな、弱ってるところを畳み掛けるようにして更に体力を奪って治療するんだ、怪我も病気も治るが、治療が長引けばそれだけ体力を奪われる、人間が術を行使して治すのと違って『今日の治療はこのあたりで止めておいて後日体力が戻ったら続きをしましょう』なんて程々で手を止めることもない、下手をすれば衰弱し切って死ぬ」


「そん……な……」


「だから、あんたがしっかり管理するんだ」


「え」



 種を摘んだ指先が此方に伸ばされる

 グラヴスが恐る恐る手の平を差し出すと、種はそこへぽとりと落とされた



「付きっ切りになるぞ、少しでも消耗したと判断したらすぐさま病人を引き離すんだ、その間、噂が立てばこいつを奪いに来る奴も現れるだろう、働きに出ることは元より、飯の仕度をする時間が取れるか、ロクな睡眠すらとれるかどうか怪しい、二週間、気を張り続けられるか?」



 女が立て続けに列挙する現実に、グラヴスはやっと他の人間がいない場所でこの種を渡された意味が分かった、少し心に余裕があれば、誰でも思いつくことだろう


 二週間、看病だけ続けて生活はできない

 懐具合によっては金はすぐ尽きるし、飯の仕度もできないとなれば外食にしても持ち帰りにしても家庭で用意するより割高になるだろう、買い物の為の僅かな時間とはいえ家を空けることすら憚られるし情報漏洩を考えれば配達を頼むことも看病の助っ人を求めることも難しいことは確かだ



 体調を崩しがちだった幼馴染は咒具が破壊されたことで比較的楽に健康を取り戻せるだろうが、負った怪我が重くなかなか癒えなかった父親と余命宣告を受けていた妻と子は、そのまま素直に回復するとは思えない程に弱り果てている


 幼馴染を数に入れないにしても三人


 四六時中泥棒を恐れてまともな睡眠が取れない中で看病もしなければならないのか、それもたった一人で



「ま、がんばんな、一応入れ知恵しといてやるよ、どれだけ入んのか知らねぇが、ソレ一杯に病人食にできそうな出来合いの飯でも買っとけば外に買いに行く手間は少なくとも省けんだろ、後は療養のために、って荷馬車でも借りて連れ出すなりなんなりしな、ある程度回復すりゃあ自分で植物から離れたり近寄ったりさせりゃいい、二週間で完治まで行くかは分からんがあとは普通に療養すりゃ回復すんだろ」


「! あ、ありがとうございますっ」



 グラヴスが腰に下げた荷袋を指して与えられる助言にはっとなって頭を下げる

 そうだ、安価なこれは内容量はあまり期待できないが、そこそこ値の張るものを買えば四人分の食事を二週間分くらい劣化無しに蓄えられるものも期待できるだろう


 実家に送金している関係で懐は心許ないが魔獣を狩って換金しつつ戻ればそこそこ貯まる筈だ

 剣にはもう頼れないが、この旅でそれなりに腕は上がった、どうにかなるだろう、否、する、どうにかしてみせる


 何度も頭を下げ、決意も新たに去っていくグラヴスを残された二人は無感動に見送った



「……死んだことにすんのに、どうやって療養に連れ出すんだろうな」


「変装でもなんでもするでしょう、そんなことまで知ったことではありません」



 家族の下に帰り着くまでに冷静さを取り戻すだろう、急いでいる様子から冷静になる前に帰り着く可能性もあるがそんなことまで責任持てるか

 三つ眼の男、シリウスは港を目指して歩き出す

 港には鑑定持ちの商人が多い、丁寧に解体した支配階級の魔族はさぞかし高く買い取ってもらえることだろう


 これで通販の為の貯金額にも順調に近づくし、何より占ってもらった通り、魔族の死体から上質の核が手に入った

 これを加工してもらい神子の代わりに浄化の力を継ぐ魔具に仕立ててもらう

 それで取り合えずの目的は達成だ


 そして残すは面倒ごとのみ

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