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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
奈落へ昇る(仮題)
63/144

01

「ひ、等しく、あまねく、唯一人の例外も無く、彼の者の罪過を天星の下に曝し、戒め、裁きたまえ……っ!」



 ざらつき痛みを訴える咽喉を震わせて底を尽き掛けた魔力を練り上げる

 魔杖まじょうを中心に展開された法陣から八体の炎の大蛇が吐き出された


 こわい、こわい、こわいっ

 サーシャは恐怖に駆られて仲間諸共対象者を炎蛇えんじゃに襲わせる


 もう、仲間を巻き込むだとか、そんな悠長なことは言っていられなかった

 死んだって構わない、自分さえ助かれば、この状況から開放されれば



――ごっ



「……ぁぎ!」



 炎蛇が絡み付こうとした瞬間、グラヴスが、仲間が振っていた聖剣の刀身を対象者が掴み、彼を使って炎蛇を振り払い、そのまま放り出されたグラヴスは壁に叩きつけられ床に落ちた


 なぜ、あれは聖剣ではなかったのか

 掴まれた刀身はその幅広の刃に対象者の五指が貫通し亀裂を走らせている

 あれは持ち主にしか使えない剣だった筈だ、自分は選ばれたのだと、確たる自信の証とでも言うように、彼はそれを見せてくれたのに

 触ることすらできなかった筈の剣は、砕かれて無残に散らばった



「っぐ、ぅあ゛っ」



 びちゃ と音がする、仲間の誰かが迫り上がった胃液をぶち撒けたらしい

 サーシャの咽喉もひりついている、先程、あまりの恐怖に胃液を吐いたのだ

 決戦に備えて何も食べていないのが災いし、薄められていない胃液は、たっぷりとその咽喉を焼いた


 にげたい、もう、にげてしまいたい


 誰もがそう思っている、けれども逃げたところで結果が変わることはない、サーシャは数日前に仲間で揃っていれた紋のあった腕をぐっと掴む

 もう消えてしまったそれは、旅の成功と幸運を願うものだった


 仲間の妨害を軽く受け流しながらも"ソレ"を解体し続ける一見人のように見える化け物

 片腕に穏やかな表情で眠る女を抱き、ぴくりとも動かない三つの視線は無言で解体する手元に注がれている


 綺麗に、綺麗に、皮を剥ぎ取り、筋組織を流れに沿って一塊ずつ外し、血管を丁寧に分離し、黙々と解体し続ける、サーシャたちが命を掛けて持って帰らなければならない魔王の死体を





*** *** ***





 サーシャはギルガラム国王第四王妃の娘で第三王女という身分にある、この旅に出るまでは訓練用の魔獣と戦うことはあっても実地で戦うことは無かった

 それが変わったのは五年前だ、魔王が発生し、魔物が活性化し、その数を瞬く間に増やして周辺国を脅かすようになると状況は一変する

 どの国に割を食わせるかと、そんな風に人々は歪み、それはあっと言う間に戦争にまで発展し……サーシャの国は負けた


 兵の多くは国防の為に残しておきたいと、ギルガラム国の兵は最低限にまで絞り込まれ、浮いた兵は戦勝国に吸い上げられ今も苦渋を舐めている

 サーシャは高い魔力を持ち、魔術の腕もあり、そして重要な王族ではない


 そんな風に、サーシャを含め同じような他の敗戦国の者達や報酬を目当てに志願した者が数十人集められ、逃げ出した者、病に倒れた者、自殺した者、殺された者……どんどんと人数は減り、それも今ではここにいるたった数人のみ


 どんなに逃げたかったか、思わない日は無かった

 だが、逃亡防止の咒具をつけられ、実行に移した瞬間に首と胴は分かたれる


 旅の半ばで死んでいった仲間たちを葬りながら、それでもなんとか魔王の居場所を突き止め、ここまで来た、……それなのに


 援軍を呼ばれないよう遮断した筈のこの空間内で、戦闘中の魔王の背後に唐突にこの化け物が現れ、細い何かで頭を貫いて一瞬で終らせてしまった


 その後はもう、滅茶苦茶で、何一つまともな思考を組み立てられず今に至る


 まず反応したのは聖剣の持ち主だった、その場で魔王を解体し始めた化け物はどう考えても身方などではなく、見た目の美しさも相まって壮絶におぞましい

 斬り付けた彼に続いて弓使いも戦士も従魔獣士も、結界を破られた反動で倒れた巫女以外の者達が皆一斉に襲い掛かった

 その死体を持って帰らなければ、自分達は死んでしまう


 だが、攻撃は一向に功を奏さず初めは歯牙にも掛けられなかった、それが変わったのは、故意なのかそうでないのか、腕に抱えた女を誰かの得物が捉えようとした瞬間だった


 一瞬で恐怖に中てられその場に居た全員が胃液をぶち撒け、近接攻撃を仕掛けていた者は聖剣のお陰で耐性のあった剣士以外使い物にならなくなってしまう


 それでもサーシャを含め遠隔攻撃を主とする仲間で援護も巻き添えも関係ないような攻撃を続けているが、這い上がる寒気とせり上がる吐き気がどうしても止まない


 そんな時だった



「んん……ぁ……ぁあ?」



 この騒音の中で穏やかな寝顔をさらしていた女が、漸く眼を覚ましたらしく、眠気を振り払う為にか自分を抱える男の肩口にぐりぐりと顔をすりつけた後、何か違和感を感じたのか ふ、と顔を上げる

 目覚めたのが男と同じ化け物なのか、それともそれ以外の何かなのか、サーシャ達は まるで示し合わせたかのように攻撃の手を止め、ごくりと生唾を飲みながら女を凝視した


 あれ? という顔でくりっと首を左右に傾げ、そっと確かめるように耳に手を添えようとした女はぴたりと止まる

 それから、そろそろとその耳を覆っていた白くぽわぽわとした物を確かめ、それを外す



「……っくりした、脅かすなよ、突然の難聴かと思っただろ」


「どこかのハーレム小説の主人公にでもなれるんじゃありませんか」


「そぉいう難聴じゃねーよっ、メタい発言すんな、……で? 何この状況、何でお前 袋にされてんの」


「成り行き上です」


「いぃや違うね、お前 絶っ対怒らせるような何か……」



 きょろきょろと辺りを確かめる女が、ふ、と足元に眼をやり、動きが止まる



「このばか! 他人様のモンを破壊すんじゃねーよ幾らするんだこれ!!」



 破砕され散らばった聖剣を見た女は化け物の額をスパァン! と非常に良い音をさせてしばき、あまりの恐ろしさに周囲は絶叫した

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