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『……これで水の護りは解かれました』
「ありがとうございました、そうだ、これ涼太郎さんに渡しておいてください」
『承りました』
「中身はビデオテープです、早百合ちゃんが孵化した時の映像を収めてあります」
ビデオテープ自体は涼太郎から新品を預かったがビデオデッキはAVのデジタル化を家族に内密で行いたい深町のじじいから借り、神代家の勇人の私室で密かに一緒にデジタル化したものだ
AVと一緒にデジタル化したなんて話は流石に自分達以外には絶対にできない
っていうか、AVにも触りたくなかったのでシリウスが蔦を手の代わりに使いテープを射し込んだりした
デッキ自体は家族みんなで使っていたものだという話なので嫌な汚れはついていないと信じたい
『まあ、珍しいものをお撮りになられましたね』
「ご家族以外には内緒にしてくださいね」
『勿論です……もう行かれるのですか?』
「ええ、あちらへ運ぶ荷物はもうありませんし、あまり長居もしていられませんから」
涼太郎はこちらに来ている幸治郎と一緒に書店に行っていた、あちらに持っていった家を長期的に保持しメンテナンスするために、建築関連の書物を探しに行っているのだ
必要とあらば、限りなく地球人に近い外見の者を選び大工に弟子入りをすることもあるかもしれないが、それは勇人たちには関わる必要のないこと
『長らくお引止めしてしまい、申し訳ありませんでした、ですが、会っていかれないのですか? 二人とも残念がると思います』
「報酬はもう貰っていますから、このまま行きます」
家や家具類などの大物を運んでしまえば、後はもう本人たちだけでどうにでもなる、早百合が新たに拓いた水路は繭珠の時のように危険なものではないのだから
『そうですか……では、少しだけ、わたしに勇人さんのお時間を戴けませんでしょうか』
藤乃がそう言った瞬間、二人の間を隔てるように鉄の壁が迫り出した
「うぉっ?! 何だいきなりお前はっ」
「何も」
『まあ、女同士のかわいいお喋りも許容できないのですか? 心の狭い殿方は大成しませんよ』
ぴっ と一閃走り、切断された鉄壁の上部がずずずとズレてごとんと落ちる
早百合はシリウスが薄く纏わせた鉄を傷つけることすらできなかったが藤乃は遥かに勝る経験でそれを為してみせた
「おんなどおし……」
「必要性を感じませんが」
『まあ、話の内容もわからずに……というわけではないのですね、分かった上で必要性を感じない……と、シリウスさんは頭の中を読めるのですね、わたしが"何"を話そうとしているのか知った上で、つまり、……貴方は元から知っていたのですね』
「……」
藤乃の眼が細められる
そこには怒りの感情が如実に表れていた、この男は恩人には違いないが、もう一人の恩人を思って怒りを滲ませることを抑えられない
『……当人でもないのに独りで背負うと言うのですか、なんと傲慢な』
「……」
「あー……分かった、方向性は分かった、取り敢えず二人とも落ち着いて、抑えて抑えて」
方向性が分かった、と言う勇人の言葉にぴくりとシリウスが反応する
空いた方の手から何時ものようにジョッキを作りだして勇人に持たせると、そこへなみなみと果汁を注いだ
「咽喉が渇きませんか」
「いや、流石にわざとらし過ぎるだろ、まだおねむの時間じゃねーよ」
ジョッキを押し返すとシリウスは素直に受け取り、誤魔化す為なのかそれを呷る
それを見て安心したのか、勇人は藤乃に向き直る……が、その咽喉が動いていないことに気付かなかった
「えっと、藤乃さん、とりあえず数分で申し訳なンぐぅううぅううう?!」
『まあ!』
ぐりっと掴まれた顎を横へ向けさせられたと思った次の瞬間には口を塞がれる、……口で
(てめっ、その手は食うかぁああああっ!)
ぜってー開かねぇからな! と歯を食い縛る勇人は がっ、とシリウスの頭を掴み引き剥がしに掛かるが、当然そんなものは赤子程の抵抗力も発揮できはしない
(腹に力を入れるんじゃありませんよ)
(お・ま・え・が、いれさせてんだろうがぁぁあああっ)
『なんという傍若無人さっ! いくら夫婦と言えども相手の同意無しにしてよいことではありませんよ!』
普段なら、いや夫婦じゃねーよ! と即座に否定しているところだが、生憎勇人はそれどころではない、それどころかするっとシリウスの手が腰の辺りから服の下に潜り込み、そろっと絶妙な力加減で脇腹を撫ぜた
「ひぁうぐむっ?!」
突然のぞわっと来るくすぐったさに思わず声を上げると、すかさず舌を突っ込まれ、甘ったるい果汁が遠慮なく流し込まれる
「むっぐっんンっ」
『お放しなさい! 気管に入ったらどうするのですか!』
まかり間違って肺に入ってしまってはと藤乃は手を出すに出せない
勇人はシリウスの胸をどんどん叩いて飲み込むまいと耐えるが、シリウスはそれを許さなかった
脇腹を這っていた手が今度は勇人の仰向けに曝されていた咽喉に添えられ、ぐっと上下に押して無理やり嚥下させる
「んぐ、ぅ、げっほっ……てめっ」
ぬるりと出て行った無礼者が、勇人の口の端を伝うそれを舐め取って離れていき、最後にべろりと自身の口も舐め取る
それを見ていた視界が歪み、強烈な眠気が勇人を襲う
「……かやろ、おま、まんまずぼしじゃ・ね・か……こうていした・も・どうぜ・ん…………」
最後まで言えずに眠りに引き摺り込まれた勇人を安定するように抱え直したシリウスは、その三つの眼を静かに藤乃に向ける
その顔は、底冷えする程に どこまでも冷淡だった
『……なんと、なんと愚かな男でしょう、貴方は彼女が疾うに察していることに気付いていて、……それなのにっ』
「必要ありません」
シリウスはそれだけを言い残し、反論も待たずに水を渡った
ちゅー。




