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「どうもありがとう、遥かに期待以上だった」
顔をぼっこぼこにされた幸治郎は薄気味悪い程に晴れやかな笑顔で勇人たちを出迎えた、きもい、せめて鼻血くらいは拭けよ
完全に奥の血管がぶち切れているのかだくだくと途切れることなく垂れ流し状態だ、見ていると不安になる程の勢いの良さがなんとも言えない
その腕に抱っこされていた早百合は精霊の所為かすでにしっかりとしており鼻血を嫌がってあうあうと父親に助けを求め、隣にいた涼太郎がすぐさま救出して父親に渡すと早百合はバケツリレーのように奥の和室で横になっていた母親の枕元に戻され、襖を閉めて隔絶される
ちらりと見えたその隣にはぐったりとしたレプスが並んで横になっていた
初めて出産を目の当たりにした彼女は気力と体力を使いきり真っ白に燃え尽きていた、精神的なものなので癒しも効かない、当分動けそうに無いだろう
癒しと言えば、地の次に水の得意な者も高度な癒しを行使することが可能なのだが早百合はきもい祖父の癒しは取り敢えず今は見送るようだ、まあきもいから仕方が無い
戻った正幸は涼太郎が手土産に渡した羊羹を持って台所らしき奥へ引っ込んで行く
「必要なものは手に入ったね」
「……ああ」
「しかし、こちらが用意できる対価の吊り合いがとれない」
「もう早百合ちゃんから殻を貰ってるが」
だいいち、ソレが勇人たちに依頼を受けさせる餌だった筈だ
「それはあの子の感謝の表れだ、対価とは違う、しかし申し訳ないことに対価として価値のあるものをすぐには用意できそうもない」
「勇人さんすまないね、本人に聞きもしないうちから占うのはやめた方がいいと幸治郎を止めたんだが」
「いいですよ涼太郎さん、求めるものによっては時間制限が付くものもありますからね、占った結果既に損失していたなんて可能性を考えてのことだとは理解しています」
「その通り、聡いのは助かるねえ」
「で、結果占えなかった、と」
「やはり知っていたんだね」
「そりゃあ勿論」
既に一度、この旅に出る前に占術師には頼っている
その時言われたのは「貴方がたのどちらか、もしくはその極めて近しい縁を持つ者が、過去か現在さもなくば未来で、ある人物の影響をとても強く受け、その為に占うことができない」と、こうだ
心当たりは充分にあったが、それはどうしようもない
もっとも、その時占って貰おうとしたのは神子の代わりに浄化の力を継がせる媒体などではないが
「君たちに対して多大なる恩がある、けれど現状、ボクたちが今現在用意できる報酬は少ない、単純に金銭で支払うにしても想像もつかないような莫大な値になるし、一番価値の在る占いで対価を支払おうにも、それを封じられてはね」
「いや、報酬は占いで払ってもらうよ、要するに対象が"本人か、その極めて近しい縁者"じゃなきゃ可能ってことなんだろうし」
「ほう、それでいいのかい?」
例として挙げられるのが早百合だ、幸治郎は早百合が笑顔になれる未来を選択した、その未来へ至る流れを遡ったところ結果としてその未来に必要な人物である勇人とシリウスの姿を垣間見たということになる
早百合は近しい縁者ではない、だから早百合に視点を合わせた場合にはその片鱗を見ることができたということだろう
まあその方法をとるにも限界があるが、"占ってもらいたいこと"に拘らなければ事は単純になる
つまり、単に"誰も所有者のいない金銭価値の極めて高い鉱物の在り処"だとか"たった一滴でも神すら殺せる毒"だとか影響を齎すその人物に関わらなければ物は無機物でも有機物でもなんでもいいということだ
「ただ、二つ占ってもらいたい」
「いいとも、涼太郎の話では君たちにはまだ暫くあちらとこちらを行き来してもらわなければならないからね、正直 我が家まで持ってきてもらえるとは思ってもいなかった、その分の報酬も考慮すると頭が痛いどころの話しでは無かったくらいだから占いで支払えるなら有り難いところだよ、二つと言わず十でも二十でも構わない」
「ぁー、……えーと、とりあえず今はいいよ、えぇっと、それより今は家の置き場を決めてくれ」
勇人はひくりと口の端を引き攣らせながら言い添えた、切り分けた羊羹とお茶のセット一式を持って戻った正幸からそれらを受け取りながら涼太郎が正幸に何か指示したな、と思ったら正幸は再び席を立ち台拭きらしきものを持って戻り、それを受け取った涼太郎が幸治郎の顔面をがしがしと拭いたからだ
仕上げに両の鼻に自分の荷物の中から出したポケットティッシュを何か別の意図があるようにしか見えないような力強さで詰めて遣り遂げたようにふんと一息つくのを見るとナンとも言えない気持ちになる
勧められた羊羹を純粋に楽しめる雰囲気ではない
結局、早百合が集落内から新しくあちらへ時差無く渡れる水路を拓き、家の持って行き先を決め、あちらへ渡り荷物を整理する順番を決め、実際に行き来することで数日間の滞在を余儀なくされたが、レプスはすぐには動けなかった為それはそれで都合が良くもある
後日 再び船上の人となった勇人たちが乗ったのは、ラドゥの故国へは向かわない船だった
……みんな、ラドゥのこと覚えててくれたかい?(むーりーだーろー……orz)




