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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
ゾクブツのヨクボウ
56/144

07

「すまなかったね早百合ちゃん、わたしが気付いていればあんなことには……」


『いいえ、わたしの不手際の所為です』


――うぅん、いいの、水瀬のお爺ちゃんのせいでもお爺ちゃんのお姉さんのせいでもないよ、あたしだってそうだもん、ほんとはあたしが気付かなきゃいけなかったの



 早百合の遺体を近所の公営墓地にある大塚家の墓に丁重に葬った後、一行は神社ではなく大塚家の前に戻りぽつりぽつりと途切れ途切れに話し合う


 その日、数日に渡って降り続けていたとはいえ朝には小雨だったそれは夏期講習を受けている最中に外へ出られない程の豪雨になり、早百合は他の生徒共々足止めを食らった


 勇人たちの現代とは異なり、この時代の携帯電話は手軽なものではなくビジネス向けに普及し始めた高級品で電波普及率もそれ程高くはなく、なかなか中学生が持てるようなものでも一般家庭での所持に向いたものでもない

 安否確認に連絡を取りたくとも僻地の集落は既に電話を引いておらず、水瀬の家に電話を掛けたくとも公衆電話は長蛇の列を作り、なかなか早百合の順番は回ってこなかった

 仮にポケットベルを持っていたとしても、結局は相手が此方へ掛け返してくる環境が無いので意味が無かっただろう


 ずぶ濡れになっても、集落は兎も角として神社には行けた筈だと早百合は考えずにはいられない


 災害が起こるまで若年の早百合にはそんな可能性は欠片も思いつきはしなかったが、涼太郎ならば経験から土砂崩れの可能性くらいは事前に思いついた可能性だってあった

 そうすれば、涼太郎はまず間違いなく姉に進言していただろうし、姉が居なかったとしても警察に相談はしただろう


 大人に相談してさえいれば、ぐるぐると頭の中を際限無く廻り続けるその考えを払拭することは、とても、……とても難しい



 ……ズヌッ



――え?


「これは、さっきの……」



 三人、面をつき合わせて沈痛な空気を醸し出しているその横で、視界の端を遮るように何かがせり上がった


 ぎょっとしてソレを振り返れば、ソレはつるりとした銀白色の



「鉄です」



 自我を取り戻した早百合を涼太郎と藤乃に任せて荷物を纏めていた勇人が涼太郎の呟きを肯定する

 三人が呆然と凝視する先には、先程のように鉄で覆われた大塚家の姿がそこにはあった



「なんでまた……」


「家の中は液体の入った容器の類いは口を封じて冷蔵庫の中まで綿をしっかり詰めて押さえ込んでありますから、ひっくり返っても何も零れませんよ」


「え?」



 ぐらりと地面が揺れ、ズズズと鉄の塊が地面から浮き上がる



「これは……」


――うそ


『ああ、なるほど、ではわたしも助力させていただきますね』


「お願いします藤乃さん」



 浮き上がった巨大な鉄の箱は地下部分が相当深かった、梅の木の根の為だ

 本来なら敷地を越えて四方に広がっている筈の根はシリウスが塀の内側に寄せたのだろう、鉄の箱は下膨れになることも無く、すらりとまっすぐ下まで伸びている

 そしてその箱を押し上げたのは梅とは別の種類の樹木だ

 まるで小箱を載せた手の平のように指代わりの太い枝が四方に伸び、しっかりと巨大な鉄の箱を包み込んで支えている


 近寄って覗き込むには危険な穴の中は、真上に光を殆ど遮る鉄の箱がある所為で横から入り込む懐中電灯や街灯の明かり程度では底まで見通すことはできないが、切り離されたわりには水道管から水が流れていないことだけは音を聞けば分かる

 ソレは勇人の助言でシリウスが塞いでしまったものだ


 其処へ、じわりと土から水が染み出し、勢い良く穴を満たしていく

 藤乃によって早百合の為に導かれていた神社の湧き水の水脈が、より太くされたのだろう


 この家を敷地ごとあちらへ持っていこう、という力技だ

 シリウスも地下を弄ることで水脈の流れを変えることは可能だが、より多く水を引き込めるのはやはり水の精霊たる藤乃だろう


 無理を通せば、道理が引っ込む


 少しくらい"ご褒美"があってもいいだろうと勇人は思うのだ

 ささやかな寄り道を我慢して、受験勉強に精を出し、その為に親族の集まりにも遅刻必須で、挙句の果てが一人残らず家族を奪われ、その所為で財産を狙われ、その上更に家族の悪口を悪し様に吹き込まれる


 報われないどころの話しではない


 そしてお兄ちゃんは、頑張る弟妹の健気な努力は是が非でも報われなければならないと思う生き物だ

 よって、不幸になったのは頑張りが足りないだとか信心が足りないとか はたまた試練だなんぞとほざく輩をお兄ちゃんはその拳を真っ赤に染め上げて相手を血達磨に変える程にぶん殴りたくなるであろうし、他人(しかも選りにも選って子供)の不幸を養分のように啜って幸福になろうとする下衆な輩はこの地上から跡形も無く消え失せればいいと思う


 お兄ちゃんが誰かって、勿論 勇人のことに決まってる


 幼児退行していた早百合に接するうちに、勇人はお兄ちゃんモードがMAXになっていた

 幼く稚い者は皆すべからく庇護されるべきである、勇人は兄の鏡だ、兄っていうかおかんだろ、という声は勇人の耳には届かない



「さーて……と、これで忘れ物は無いかな」



 水が満たされ、勇人は忘れ物が無いかどうか見回す

 連れて行くのは涼太郎だけだ、早百合とは水を渡れば別行動になってしまう


 彼らが向こうに渡った後 藤乃によって水脈を戻され穴から水が抜かれるが、不自然なこの四角い大穴は空けたままだ

 早百合を自殺に追い込んだ者達はそれを見聞きすれば更に追い詰められ精神を病むだろうしマスコミの眼に留まればまず間違い無く悲惨なことになるが、そんなこと知ったことではない


 早百合は既に自我を取り戻し呪縛から解き放たれている

 今後 不幸がその者達を襲ったのなら、それは咒いなどではなく、単に自業自得の自縄自縛だ



――ぁ、あの、他の家も持って行きたいんですけどっ!


「……は?」

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