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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
ゾクブツのヨクボウ
54/144

05

「おお、すごい、びりびりくるぞ」



 鳥肌が立ち、小さな感電を繰り返し受けるような感覚が勇人を襲う



「凄い反応ですが、これは一体……」


「多分、怒ってるんですよ、家ごと大事に守っている筈のジャムを盗られたと思って、シリウス」



 勇人が声を掛けると、シリウスがガラス鉢からカレースプーンでばくりと食べる


――バチュ!



「ぅわっ?!」


「怒ってる怒ってる」



 味わうという素振りも無く、ただ消費するようにばくばくとシリウスが口に運ぶ度、癇癪のような空間破裂が繰り返された

 自分で隔てた界の所為で、こちらまで手出しができないのだろう



「まあまあ、そんな怒んなよ、これは食べ掛けだから、んー、そうだなぁ、……そうだ、幸治郎さんの砂糖漬けをやろうか」



 わざとらしく そう言って、勇人が懐から包みを取り出す

 あちらで、幸治郎に振舞ってもらった砂糖漬けだ



「ほら、自分で取りに来ないと、……落ちるぞ?」



 解いた包みの中から一粒砂糖漬けを摘み上げ、よく見えるようにと掲げたソレから手を、離す


 ぽろり と、重力に従い、ソレは落ちていく


 アスファルトに接触する寸前、路面の亀裂から吹き出た水が砂糖漬けを包み込む……が、



――コンナノオジーチャンノサトウヅケジャナイ!!



 ビリビリと鼓膜を突き破らんばかりの音にもならない怒声が直接頭に叩き付けられ、激痛に思わず両の手で耳を塞いで歯を食い縛る涼太郎を後ろへ押しやりながら勇人が声を張り上げる



「藤乃さんっ」


『心得ております』



 早百合に警戒させない為に、藤乃は神社に残っていた

 一方は精霊、もう一方は現状 霊体だが、二人の方向性は同じ水の者、お互いがお互いの存在を許容しているならば兎も角、そうでないのならその反発は激しいものになる


 癇癪のままに勇人を攻撃しようとした水を藤乃が支配し、無数の水の刃が勇人の目前で静止した

 縁付き水脈の行き渡る地の内である限り、距離が彼女を阻むことは出来ない



「天岩戸は塞いじまわないとな」



 次の瞬間、地中から迫り出した鉄の枠板が家々の塀ごと囲み込み、鉄は更に路面を覆い、道を塞ぎ、最後に上空へ蓋もする

 大塚家へはもう戻れない、この水の刃こそが早百合そのものだ


 電柱も電線も街灯すらも鉄の壁で覆われて、この巨大な鉄の箱の中身を照らし出す灯りはここには存在しない

 だが涼太郎には見えないが、シリウスには見えている


 酸素が無くなるまでには期限があるが、この広さならば充分に保つだろう


 鉄で覆ってしまった分、藤乃はこれ以上介入することはできないが、念の為 諸々の面倒ごとを避ける為に早百合とその他の住民、破壊してはいけない建造物などを分離する為の一瞬の間が稼げればそれで充分だった



――ウソツキウソツキウソツキウソウソウソウソキライキライキライィィイイイアアァァァアアアアアアアアアアア!



 夥しい程の斬撃が目の敵である勇人を襲うが、その身は一瞬で遠ざけられ定位置に戻り、鉄で表皮を覆ったシリウスの手が刃を弾いて退ける


 斬り落とされるくらいはなんとも無いが"退けた"という感触は伝わり難いだろうから、という考えの下の措置だ


 だが、音は激しいものの水と金属のぶつかり合いでは火花が散ることもない

 ただ、けたたましい衝撃音だけが涼太郎の耳に届く



――ナンデッナンデナンデナンデナンデェェエエエェエエエエエッッ!



 何度も仕掛ける斬撃は何度もご丁寧に打ち返される

 シリウスは特に自分から攻撃を仕掛けることはない

 ただ只管に、何度も、何度も、何度も、攻撃しては退けられる

 功を成さないソレに、とうとう早百合は気力が尽き、水はびしゃりと形を失い足元へぶち撒けられた



「なんとか気力が萎えたようだな」



 状況が決した途端に視界が共有される

 この状況でシリウスと視界を共有すると酔うので勇人は共有させられていなかった


 鉄の壁は地中に戻り、街灯の灯りによって元通りの景観が照らし出される


 涼太郎の眼には、ぼんやりと像のブレた人型が蹲るのが見えていた

 彼女の存在が揺らいでいる所為と、涼太郎の眼がシリウスほど良いわけではない所為だが、普通の人間としては充分に見える部類だろう

 それに、姉が帰ってきてから、影響されているのか前よりも眼が見えるようになってきてはいるのだ



「大塚早百合、さっきの砂糖漬けはな、間違いなく君の爺さんが作ったものだよ」


――チガウ!


「違わない、あっちにはな、梅が無いんだ」


――ナイ?



 怒りや恨み拒絶によって支配されていた感情にようやく疑問という名の綻びができる

 会話ができるようになれば話はずっと早く進む

 彼女が自身を認識するようにとわざわざフルネームで呼んだことに気付いたのか、涼太郎もソレに倣う



「早百合ちゃん、本当だよ、この二人はね、幸治郎に頼まれて君を迎えに来たんだ」


――ミナセノオ・ジー……チャン?


「そうだよ早百合ちゃん、久しぶりだね」



 膝を突いて屈み込み、涼太郎は蹲る早百合に小さな子に対するように話し掛けた



――ヒサリブリ? センシュウアッタ


「……そうだったね」



 彼女が言っているのは災害が起こる前の週のことだ、災害後に涼太郎たち家族に保護されたことは覚えていないのだろう


 その時は、これから夏期講習なんだと若干疲れた顔をしていた彼女を思い出す

 小さな頃なら兎も角、高校受験を控えた中学生ともなれば学校帰りに神社に寄るという余裕も殆ど無くなっていたのだろう

 きっと、彼女だけが災害を免れたのも、夏期講習で親族の集まりに遅れて合流することになっていたからだと涼太郎は思っていた


 幸治郎たちの訃報を受けて早百合を迎えに行った時には、彼女は茫然自失しており、殆ど意思の疎通というものが出来なかった為に、恐らく、という推測の話ではあるが、多分それで間違いではないだろう


 あの時、もう少し話ができていれば、親族の集まりの話にもなったかもしれない

 聞いていれば、最初からそこにも注視していて欲しいと姉に進言できていたかもしれない

 そうすれば、彼らはこのようなことにはならなかったかもしれない


 受験を控えた彼女のことを考えれば、今年は集まらないだろうと……思ってさえ、いなければ

 涼太郎は、折に触れてそう思う


 けれども、それは、総て、可能性の話に過ぎない

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