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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
ゾクブツのヨクボウ
52/144

03

「今も……ですか?」



 今も、今もと言ったのか、一昨年に亡くなった少女の遺体が、今も



「はい、誰も……誰も近付けないのです」



 涼太郎の話す内容は、初めてあちらへ行く前の勇人なら信じられなかったことだろう


 あちらで見た大塚家がこちらの家を再現しようとしたものなら 此方の大塚家はほぼ間違いなく日本家屋だろう

 日本家屋らしく雨戸や障子に襖、それらで遮られている筈の家は総て開け放たれ

 雨風も生き物も入り放題である筈の大塚家は、涼太郎の言に拠れば誰一人として敷地にすら入ることができない


 つまり、吊られたままの遺体を降ろすことすらできないということになる



「今もそのままの彼女の姿を見ることができるのは、見る力のある者か、或いは彼女を死に追いやった者だけです」



 彼らは神社に赦しを求めに来るわりには、彼女に直接 懺悔しには来ない

 眼を逸らすことの出来ない己の罪が変わらず其処に在り続け、赦されることは無いと深く深く執拗に刻み付けてくるからだ



「近隣の住民は、ただ開け放たれた家だけを眼にしている、ということですか」


「そうです、敷地に入れないというだけで、関係の無い者には何の影響もありません、家も、開け放たれているのに内部には雨風すら吹き込めないのです、そして遺体は今も一切の劣化がありません」


「……時間が止まっているということですか?」


「いいえ、恐らく違うでしょう、庭の草木は季節に合わせた変化をしています、ただ、敷地には虫の類いも入れないらしく、花が咲いても実を結ぶことはありません、……姉が言うには、水の恩恵だろうと」


「恩恵?」


『彼女は、早百合ちゃんは、おそらくこの地の水にとても馴染んだ存在なのです、涼太郎の話しでは幸治郎君は大層ご家族の体を気遣っていたそうで、折角の水所なのだからと飲み水や調理に使う水は総てこの神社の湧き水を汲んでいたという話しです』


「姉の言う通りです、幸治郎の話では特に彼女はジュースやお茶よりも湧き水をそのまま飲むのが好きだったようです、小さい頃は幸治郎がわたしに会いに来る度に早百合ちゃんと姉の菖子ちゃんをここへ連れて来ていて、夏は彼女達とわたしの孫達が水遊びをするのを眺めながら話し込んでいたものです、あんなことがあるまでは、学校帰りによく此処へ寄ってきてくれていました」


『彼女の家を見てすぐにわかりました、勿論 此処から近いということもありますが、それ以上に水の気配が満ちていましたから、古来より、水は界を隔てる結界としての役目も持っていましたから、……肉体という縛りから抜け出た彼女は、恐らく水の恩恵を借りて家を守っているのです、ですからわたしは水を使って干渉することにしたのです』



 水の精霊が行使する水を用いた干渉とは何か



(流すんでしょうね、水だけに)


(実も蓋もねーな)



 しかし洒落は洒落ではなく本気マジだった



『水脈を弄り、ここの湧き水を彼女の家まで流しました、あの湧き水はわたしがこちらへ戻ってくる時にも目印としたものです、もし幸治郎君たちの内の誰かがわたしのようにあちらへ生まれ変わっているのなら、水を伝ってその気配を早百合ちゃんへと流すことはできないかと』


(見える、俺には振り返らなくてもお前がすげぇムカつくドヤ顔してるのがよぉーく見える)


(そうですか)


(……もうちょっと反応してもいいと俺は思う)


(そうですか)



 何時も通りの無表情だが、勇人から見て違いは分かり易いらしい

 土の能力者として幼い頃から感情制御をしてきたせいで見た目はあまり変化しないが、中身はその辺にいる偏屈と大差無いことを勇人は知っている



『それで、何かを感じ取って、出てきてくれればいいと、憎しみで眼を塞いでしまった彼女がわたし達に気付いてくれればいいと、そう願ったのです』


「……藤乃さん、その選択、大正解ですよ」



 藤乃の眼から、はらはらと雫が零れ落ちていく



「藤乃さんの言う助力とは、彼女を引き戻せる人物を探してきて欲しいということですね?」


『……はい、わたしはこの地の守りとして縁を結んでしまいましたので、ここから遠く離れて探しにいくわけにはいかなくて……』


「その選択はちゃんと実を結びました、彼女は今、貴女と同じように水の精霊として佳代子さんに宿っているんです」


「正幸くんのお嫁さんですね、二人もあちらに生まれ変わっていたんですか」



 佳代子という名前に涼太郎の反応は早かったが藤乃の反応は遅い、彼女の存在は特殊であるためになかなか神社の外の人物との交友ができないからだ


 当然のことながら彼女には戸籍も無い、精霊の身で滅多に怪我や病気になることは無いのでそういった面では心配は無いのだが、そんな彼女がそういった事態に陥れば、こちらの医療ではどうにもならないだろう



「そうです、ただ、早百合さんはこちらでの"縛り"が強すぎて、動けないんでしょう」


「縛り?」


「幸治郎さんが言うには"自縄自縛"だそうですよ」


「つまり」



――そう、彼女は地縛霊になってしまっている



「憎しみ、悲しみ、執着、それが彼女を縛り付けているんでしょう、特に執着、彼女にはもう生まれ育った生家しか残されていないと思い詰めてしがみ付いている、その家を守ること、ただそれだけが存在理由になっている可能性があります」



 だから新たな体を得ても、生家から離れることができない

 それだけが心残り、唯一の心の拠り所だからだ


 もはや、思考能力も無いだろうに、その思いは、一体どこへと刷り込まれているのか


 生への本能が新たな肉体を作っても、かつての心が生家を捨てられずにいる



「ま、欲張りになっても良いと俺は思うんですけどね、頑張った自分にご褒美とか」


「そうして太るんですね」


「それは思ってても言っちゃダメだろ!」

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