02(■水害の表現があります、申し訳ありません)
本稿には水害に関する記述があります、よろしければこちらをご覧下さい。
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『無礼な行いをお許し下さい、わたしは藤乃と申します、お三方は水を通ってあちらからお越しになられましたね』
容姿こそどこにでもいる普通の少女だが、醸し出す雰囲気とでも言えばいいのか、元々神社は神々しさや清涼感があるものだが、彼女を中心にその気配は特に濃厚に感じられた
宮司が姉と言ったことも考えれば、恐らく外見通りの少女ではないのだろう
お三方という言葉を考えれば、少なくとも小さな存在が見えていることは間違い無い
「……見ていましたか」
『はい、わたしは卑小な身なれど水の精霊ですので、この神社のことは元より、この地一帯の水に関わることは総て』
勇人の問いに、藤乃は静かに答える
「助力とは」
『……何もかもわたしの力が及ばない為の不始末でございます』
「不始末……」
『わたしは丁度この年頃の頃、病を患いこの世を去りました、そしてあちらで精霊として生まれたのでございます』
「人から生まれた精霊……ですね」
『ご存知でしたか、その通り、わたしは人より生まれました、そこで百年、守護の役目を承り、ほんの数年前、役目を終えてこうして戻ってきたのです』
肉体を持つことから勇人が推測した通り、藤乃は人から生まれたことによって肉体を得た精霊だった
それも百年の間 守護の役目を果たしていたということは、あの水の都のことで恐らく間違いないだろう
『やっとの思いで戻った郷里は、人も土地も、多くのものが変わっていました、生まれ育ったこの神社と弟とその家族だけがわたしを迎えてくれたのです、……けれども当然のことながら変わっていたのはわたし自身もでした、自分で思っていたよりも遥かに』
「……」
思っていたよりも遥かに、やけに実感の篭った言葉は、勇人には吐き捨てられるかのように感じられる
『一昨年の記録的な豪雨の日のことです、数日に渡り軽い長雨が続いた後、雨は急速に勢いを増して豪雨となり、あちらこちらで水害が起こりそうになりました、わたしは精霊としての力を使い、それらを押さえ込んでいたのです、ですがわたしは、わたし自身を理解しておりませんでした』
まるで懺悔のように、言葉は綴られ続けた
『その十数時間はとても集中力を必要としたことをはっきりと覚えております、こちらではわたしの力は相性が良すぎたのです、自分自身が意識した以上の遥かに大きな効果を齎してしまう為、わたしは力が過ぎないよう腐心しました』
「……この地の守護は弟さんから?」
『いえ、涼太郎は何も……わたしは良くも悪くも神社の娘なのです、力が無くても、何かしらのことはしていたでしょう、兎も角 何もせずにはいられないわたしは、この地一帯を水場や人の多い場所を中心に警戒していたのです……けれどもそれでは足りませんでした』
「……見落としが?」
『その通りです、そこはこの地の中でも山間の僻地で、以前はほんの小さな集落がありましたが、今ではその不便さから人の居ない土地になっていました、ですが、あの豪雨の日、そこにはほんの数十人の人が集まっていたのです』
ぶるぶると震える自身の手を、ぐっと押さえつけるように藤乃は膝に押し付ける
『そうそう無い程の豪雨です、わざわざそんな中をあのような僻地に出掛ける者はいないだろうと、他の危険な場所に要点を置いてわたしは警戒しておりました、けれども水の溢れる気配を感じ、今正に土砂崩れが起ころうとしている場所があることにわたしは気付いたのです、其処に人が居ると気付き、その後は一瞬でした、一瞬の、ことでした』
姉を労わるように、涼太郎がその背を支えた
『わたしは焦って、その山に溜まった水を取り除こうとしました、急なことに加減もできず、総て、……けれどもその力が行使されようとした時、山だけでなく、そこに生きる総ての生物から水が失われそうになったのです』
生物、つまり、集落に集まっていた人間からも、ということか
『それに気付き、行使されようとした力を遮断した、正にその瞬間、崩れた土砂が、集落を襲ったのです』
詫びるように、藤乃は自分の体を抱き締めて身を折った
『集落に居た総ての人が、亡くなりました、わたしの力が及ばなかった所為です、……そして、彼らが亡くなったことで、怨嗟が生まれたのです』
「……怨嗟?」
「そこから先はわたしがお話させていただきます」
涼太郎が震える姉の背をゆっくりと撫ぜながら申し出る
「集落に居たのはある親族の一団でした、毎年とはいきませんが親戚中で休みを調整して、元々住んでいた集落に集まっていたんです、わたしの、幼馴染の家もその一員でした」
「幼馴染……ですか」
「大塚幸治郎という名です」
「あぁ、なるほど(繋がったな)」
つまり、正幸たちは親戚諸共、それによって亡くなってしまったということだ
その後は、記憶を持ち占術の力を持つ者、幸治郎が中心となって親族の安否を調べて回っているのだろう、生まれ変わる度に何度も、何度も
――となれば、助力というのも見えてくる
「大塚早百合さんについて、ですか」
「『ッ!!』」
「俺達の目的も彼女です、頼まれて、探しに来ました」
「頼まれて……?」
「幸治郎さんにです」
「こうじろう……いきて……?」
「あちらで、ですが」
「そう、でしたか」
涼太郎の眦に僅かに涙が滲む、噛み締めるように小さく毒づかれた言葉は聞かなかったことにした
「……話しが早くて助かります、そう、早百合ちゃんのことです、彼女はとても……とても惨い目にあったのです」
「惨い目……ですか」
「災害で親族が一切……本当に、彼女以外、誰一人居なくなってしまいました、それだけでも十代の少女には奈落の底に突き落とされたようなとてつもない不幸なのに、そんな彼女を欲望の眼は見逃しませんでした」
「……遺産ですね」
「その通りです、親戚中の遺産をたった一人で受け継ぐことになった彼女に、寄って集って金を強請ったようです、わたし達は数十人分という葬儀の手配に駆け回り、彼女が何を言われたのか気付きもしなかったのです、彼女は両親の浮気を仄めかされたり、借金があると言われたり、祖父母や姉の不道徳まででっち上げられ、壊れて、しまいました」
「……ッ」
「自宅の窓や扉を総て開け放ち、家の外から中がよく見えるようにした上で、首を吊ってしまったのです」
当初、彼女が自害したのは独り残されたせいだろうと涼太郎は考えていた
かわいそうに、若くして天涯孤独になればソレを選び取ってしまうこともあるだろう
彼女を引き止めてやれなかった己の力不足を憂う彼を、家族も氏子も誰もが知っている
だが、それは違った、拝殿で懺悔する声を聞き、初めて彼女に何があったのか、涼太郎はやっと気付いた
先程、勇人達が見た片足を引き摺る女性はその内の一人だ、彼女の他にも、何人もの人物が、ああして懺悔に、赦しを乞いに訪れている
皆、体を損ない、精神を損ない、不幸に、ただ只管に不幸に、不幸に
あまりの不幸に自殺を図るも、死に切れず、より不幸に堕ちる
そんな地獄を、早百合は与えたのだ
「……彼女の遺体は、今も、吊られたままです」
「?!」




