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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
水のむこうを
46/144

07

「で、目的地は」


「暫く待って下さい、アレが移動しきれば見えると思います」


「アレかぁー……」



 先程 話題に上がった山のような何かがアゲインしてくれた

 しかし暫くと言っても結構 掛かりそうだ、間が持たない



「一服するか」



 勇人は取り敢えず、黙っていても問題ではない状況を作ることにした

 荷袋に片手を突っ込み袋の口から別の袋の口を引きずり出すと、その中から白くもっちりとした大きな饅頭を出す



「手っ取り早く腹を塞ぐように肉まんだけど、嫌いじゃなかったらどうぞ」


「ありがとうございます……中華まんか、懐かしいな」



 一口齧り付いて小さく うまい と呟いた正幸を見ると何とも言えない

 記憶を持っているなら馴染めないことも多かっただろう

 あの年齢も種族もバラバラの親戚達を見れば、此方に生まれた時から皆一緒だったとも考え難い

 建てた家や再現しようとした梅の保存食のことを考えれば、どれだけ強い郷愁の念を抱え込んでいるのか、今日会ったばかりの勇人にも察することができる



「やっぱり外食はあまり気が進まないみたいだな」


「そうですね、あの国は豊かな食文化でしたから、どうしても比べてしまって、再現するのも中々難しいですが、それでも似ている食材を探すだけでも多少なりとは気が紛れます」



 肉まんに集中しながらもぼんやりと彷徨わせる正幸の視線の先で、勇人が片腕を空けておかなければならないシリウスの口に肉まんを持って行くと、どう見ても口を大きく開けているようには見えないのに五~六口程で瞬く間にそれらが消えること十数回、途中もう一つどうだ、と勇人が申し出て無意識に一度は受け取ってしまったが、次にもう一ついけるかと言われた正幸は流石に断った


 いくら種族的に日本人の時よりもよく食べるとはいえ、人の頭程もあり みっちりと肉の餡が詰まった饅頭は無理に詰め込まなければ三つも食べられない、腹八分くらいにしておくべきだろう


 それに二つ目をどうかと言われた時に、シリウスに凝視されたのが心に残っている、懐かしくて夢中で食べているところに二つ目を差し出され つい貰ってしまったが、食べている最中の視線が猟奇的だったので正幸は目を逸らしながら二つ目を食べた


――食べ物の恨みは恐ろしい



「えーと、貴女は食べないんですか」


「この喰いっぷりを見てどう?」


「無理だな」



 思わず素で答えてしまう程に全く衰えることのない勢いで単調に消費していく姿は、正幸の胃をずっしりと重くした



「……ご馳走様でした、久々に懐かしい味を味わえました」


「帰ったら適した小麦の配合と作り方を教えるよ」


「お願いします」



 父親の占いのお陰でそういった食材の在り処を知ることはできるのだが、如何せんそれについて多少なりとも知識のある女衆は危険を考慮して探しに出ることができず、男衆は知識に明るくないので探しに行ったところで正解が分からない

 そして他人に頼んでも要領を得ず、なんとか手に入ったとしても、それはやはり"似た物"であって、あの梅モドキのようにどうしても違和感を覚えることがある


 それは親族についても言えることで、面影は変わってもふとした仕草が懐かしいものであったり、記憶はあるのにどこか変わってしまったり、小さな差を違和感として捕らえてしまう度に、ほんの僅かな遣る瀬無さを感じてしまう


 父親の占いでどこに住んでいるか、記憶はあるのか、それとも無いのか、幸せでいるのか、不幸でいるのか、そういったことが事前に分かる

 ……分かるが、どうしてやることもできない場合があり、そんな時は遣る瀬無い思いを抱える嵌めになるのも間々だ


 幸せならばそれでいい

 けれどもそうでないならば、少しでも幸せになるように、そうやって自分達をも誤魔化すようにやり過ごす


 と言っても、やることは大体限られている


 記憶があっても幸せならば、家族と逢いたいと切に思う程でないのなら、それはそのまま偶にそっと様子を見る程度にし、記憶があって不幸ならば、拠点にしている水の都へと誘う


 記憶が無いのなら、無理に思い出させようとはしない

 その上で幸せならやはり偶に見守る程度にし、幸せでないのなら幸せになれるように本人に覚らせない程度に少しずつ周囲の環境を変える


 本当は記憶が無かろうが現世が幸せだろうが名乗り出たい

 けれども押し付けたいわけでも、それによって彼らの人生を歪めたいわけでもない

 だから、できるのはその程度だ


 そんなことを、正幸の父親は此方に生まれるようになってから何十回何百回と繰り返している

 家族が、親戚が、現世を終え、生まれ変わる度に、辛くは無いか、幸せでいるか、と


 その中で唯一人、正幸の下の娘だけが、一度も生まれ変わることなく分かれたきりになっていた


 占っても占っても、此方にはその片鱗すら無く、あちらで、地球で今も生きているのかと、幸せでいるのかとそう思っていたのに

 何度占っても結果を濁す父親の口をとうとう割らせ、その言葉を聞いたのは自分だけだった


 独り、たった独り、残された娘がどうなってしまったのか


 独り残してきてしまっただけでも辛いのに



――妻には、とても言える筈が無い

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