05
正幸の案内で家々の合間を通り抜けていると、それぞれの家の住民らしき人々が勇人とシリウスに頭を下げる
足の不自由そうな人影も家の中から頭を下げていた
種族も、年齢層も様々な彼らのその立ち居振る舞いは、誰も彼も日本人によく似ている
「大所帯だな」
「皆、親戚です」
「この家はみんな自分達で?」
「ええ、経験者でも精々が日曜大工程度の腕前なんで、一応こっち流の建築技術を学んだ上での再現ですが、それでも造りはあまり胸を張れるもんじゃありませんけど」
「雨風凌げる以上の出来栄えなら充分胸張れると思うけどな」
「そう言ってもらえると気が楽です」
家々の合間を抜けて畑の畦道を通り、そのまま雑木林に入って少し行くと崖が見えた
崖には洞窟がぽっかりと大きな口を開き、注連縄が渡してある
脇には住民らしき若い男が立っており、男から灯りと軍手のようなものを二セット受け取った正幸は一セットを此方へ差し出し、勇人が受け取ると注連縄を跨いで中へと入って行く
「宜しくお願いします、お気をつけて」
「はいよ」
洞窟の中は雑木林の奥に在る所為か十メートルも進まないうちに灯り無しでは歩けない程の薄暗さになった
「もう少し先に行くと、そこから先は足元が濡れているので気をつぅおあ?!」
注意を促す為に勇人とシリウスを振り返った正幸は、素晴らしい反射神経で背後に飛び退きごつごつと凹凸の激しい壁面に強か背中と後頭部を打ち付ける
「な、なん、」
「ああ、悪い悪い、気にすんな」
「え、で、」
「俺はジェットコースター駄目なんだ」
「は、はぁ」
暗闇の中、灯りに照らし出された麻袋、頭を丸々そんなもので被った姿を見れば誰だって驚く
一応、会話が必要なので耳も口も塞いではいないが、突発的な事象に対してシリウスが対処した時の為にシリウスの首に両腕を回し安定は図っている
渡された灯りは予備として使用せずに持ったままだが、索敵能力の関係上 暗闇は無意味なものだ
「どうせ外注に出すくらいなんだから、お宅らで対処しきれない荒事なんだろうし、戦闘にしろ遠征にしろ高速移動になるだろうからな」
(仕事とはいえ、目上の相手に対しての言葉遣いも結構なストレスですから、せめて隠せる所では顔でも隠していないと自己嫌悪しますからね)
(うっせ、俺は善良な一般人なんだよ)
(善良が聞いて呆れます)
(やかましい、そもそもお前がコミュ障なせいだろうがっ)
シリウスが交渉ごとで前面に出ると、大体が相手を脅えさせるか憤慨させるか決裂するかのどれかだが(大抵どれもセット販売)、だからと言って代わりに交渉する勇人が下手に出るわけにもいかない、足元を見られ、やりたくもやる必要も無いことを押し付けられることにもなりかねない
だが大分慣れたとはいえ、仕事上の遣り取りで偉そうにするのは勇人にとってそれなりのストレスだ
船上で依頼遂行時に毛布に包まりビーチチェアに横になっていたのも体力面の事もあるが本音は話し掛けられたくないからだし、ラドゥに対して素っ気無い態度をとるのも気疲れする
それを考えると、今回の依頼主の子供(爺さん)は流石に年の功と言ったところだろう
別の種類のストレスは掛けてくるが、そういった方面のストレスは掛けてこないのだから
「結構な傾斜だな」
自分で歩くわけでもなく麻袋を被っていたとしても坂を下っているかどうかくらいは分かる
「徐々にきつくなってきます、長さは凡そ五~六キロといったところで、最後は角度のきつい擂り鉢状の大空洞です」
「へぇ、目的地までは行ってるんだな」
「いえ、目的地はもっと遥か遠方です、此処を抜ければ目視はすることができるんですが……」
「辿り着けない、っつーことか」
「お恥ずかしい話しですが、俺達では辿り着くことすらできません」
「娘を迎えに行くのに死んじまったら本末転倒だからな、そうなったら盛大にグレるぞ」
「ははは、グレるくらいで済んだらいいんですがね」
本人達が辿り着けなくても最終的な目的地が分かり、その為に必要な前知識を請負人に教え込む辺りは占術師のなせる業だろう
雑談の合間にも徐々に空気は冷たくなっていき、耳の奥まで冷気が差し込むがシリウスのお陰か痛む程にはなっていない
「此処が洞窟の最深部です」
「へぇ、地獄へまっ逆さまみたいだな」
正幸の言葉に麻袋から顔を出した勇人は渡されていた灯りを点灯し空洞内をぐるっと照らし出す
彼の言う通り、傾斜のきつい擂り鉢状の空洞があり天井部の中央辺りからアンカーで固定された太い鎖がずっと下まで下がっていき青白く発光する水面に飲み込まれている
ゆらゆらと波立つ水面は、勇人が灯りを使って照らし出す前からその存在を主張していたが、一体、どこから光源を得ていたのか
空洞内は中央から下がる鎖の他に側面にも擂り鉢に沿う様にして横に鎖が固定されており道が造られていた
洞窟内で湿っているために腐るのを考慮して縄ではなく鎖を選択したのだろうが、それはそれで結露が酷そうだと勇人は思う
正幸が灯りを銜えて空にした両の手に軍手を嵌めて手首で固定し中央に垂れ下がる鎖に飛び移るのを見て、勇人は耳栓をし口に噛み締め用にハンドタオルを銜えてから再び麻袋を被り、しっかりとシリウスの首に齧り付く
「っぐぅ!(こいつ、直にッ)」
ふわっと内臓が持ち上がり、そのまま着地の感触も無い
(テメェ覚えてろよこのやろぉぉおおおおぉおおおおおぉぉおおおおッッ!!)
数瞬の後、派手な衝撃音と水飛沫を高らかに上げ、勇人は水に飛び込まされていた




