04
「えっど、えー……っど、……お産ば手伝うってぇこどだなすか?」
「おや、君は産婆の経験があるのかい?」
「まるでねぇだす」
「そうかい、何事も経験と言うからね、健康や倫理観に引っ掛かるようなことでなければ大概のことはやっておいて損は無いよ」
「はいだす」
来るべき勇人御産の折には大活躍したい、レプスはそう心に決めたが異種族間の為か勇人の下腹部はなかなか膨らまない
もしかしたら下腹部が大きくならない類いの妊娠なのかもしれないがレプスはそういった系統の妊婦は見たことが無い、というか見ても気付けていないだけかも知れないので判断は不可能だ
「うんうん、良い返事だ、素直なのはいいことだよ」
「キモイ」
「ボケてるんでしょう」
「だな、相当耄碌してんじゃねえの」
「ふふふ、小鳥達の囀りはなんともいえないね」
「うがぁぁあああああっ!」
「貴女、ストレス耐性低いんですから聞き流せなくてどうするんですか」
「ヒステリーか、体力が有り余っている証拠だね、溌剌としているなぁ、いいことだよ、大いに結構、ほら頑張れ頑張れもうひと頑張り」
「うっきぃぃぃいいいいいい!」
「この単細胞が、腹に力を入れるんじゃありませんよ駄馬、どうどう」
「馬じゃねぇよ!」
発狂する勇人の腹をシリウスが押さえるのを他所にレプスは飴をころころと味わった、彼女は意外にストレス耐性が高い、前回は勇人と一緒に鳥肌を立てていた筈なのに、二回目でこれである
というか多分、レプスは前回占い師に憑依していた人物を声の感じから老人だと認識しており、この子供だとは思っていないのだろう
とりあえず、ガス抜き……ではなくて、あー……ブレイクタイムらしきものが設けられた
「はー、んまいだなす、何の砂糖漬けだべ、こりこりすんべな」
「なかなか再現できなくてね」
「……梅か」
「その通り、まあ正しくは見た目だけの梅モドキかな、梅酒に蜂蜜漬けに梅干しに砂糖漬け、庭に立派な梅の樹が何本かあってね、毎年大きな実がたっぷり生ったものさ、それを家族で加工して、親戚に送って、皆で味わう、それが当たり前だった」
縁台から見回せる庭のどこにも梅は見当たらないが、不自然な空白があるところを見ると、あそこへ植えたいのかもしれない
塀の内側にあるのが家一軒ではなく、ちらりと見えるだけでも数件というのが些か妙な景観ではある、記憶が頼りらしく再現しきれていない箇所もちらほらと見えるが仕方ないだろう
出された梅の砂糖漬けもどきは、見た目はそのものなのにただただ甘く、ほんの僅かに酸味はあるものの風味は梅のソレではなく、初めて食べるレプスは兎も角、シリウスを通して味わう勇人には多少の違和感が目立つ、残りを包んで懐に仕舞い会話を進める
「ふーん、梅で作るっつーとジュースとかジャムか」
「ゼリーも作ったね何て言ったか忘れたがケーキも作っていたなぁ、妻や同居していた息子の嫁が料理にも使って色々工夫してくれて和食でも洋食でも中華でも色んな食事を食べさせてくれたものだ、ちょっとしたものなら女性陣は牛乳割りとかヨーグルトやアイスクリームにジャムをたっぷり掛けて楽しむのが定番だったな、住んでいた所が水が美味い酒所でね、ボクは地酒で作った梅酒を炭酸水で割るのが定石だった、息子はロックだったなぁ」
「好物は」
「――豚肉の梅紫蘇巻きだったよ」
勇人が会話の内容を理解できるのが嬉しいのか、大層口が緩むようだ
「名前は」
「大塚早百合」
「あんたは」
「幸治郎だ」
「そっちの二人はあっちでも両親で間違いないな」
「ああ」
「兄弟は」
「菖子という姉が一人」
「そっちはいいのか」
「ありがとう……まだ幼くてね、奥で寝ている」
「後は住所教えてくれ」
子供が住所を言うと、シリウスが勇人を抱えて立ち上がり、レプスも慌てて残りの砂糖漬けを詰め込めるだけ口に含んで立ち上がる
両の頬をぽっこりと丸く膨らませた彼女を見て、勇人は弟を思い出した
「ん、じゃー行くか、レプスは預かってくれ」
「ひぇっ、ひょふぁふひゅひゃんひゃふひゃっ(えっ、おら留守番だすかっ)??」
行き先はまず間違いなくアチラだろうからレプスを連れて行くという選択肢は初めから無い
それに、こういった生業の人間に頼むということは、少なく見積もってもそれなりの危険が伴うのは間違いないだろう
でなければ、幸治郎やその息子夫婦が迎えに行っている筈だ
彼らが行くことができないのであれば、理由は恐らくソレでほぼ間違いなく合っている
「祭りまでには帰ってくるから、レプスはそれまでに郷土料理とか習っといてくれ、こんな時でもないと俺のレシピに無い料理を習う機会なんてそうそうないからな、後でレプスが習ったの俺にも教えてくれよ」
「ふぁふぉふぉ(だども)……」
「レプスの任務は肉体労働じゃなく監査なんだから引け目に感じることは無い、土産は持ってこれないかもしれないけど そん時は勘弁な……さて、行けるところまで道案内を頼むわ」
「勿論、正幸彼らを」
「分かった、ついてきて下さい」
「はいよ、じゃ、行ってくるぞレプス」
「ふぁひひゃひゅ(はいだす)」
妊婦に寄り添っていた正幸と呼ばれた男性の後をついていき、勇人とシリウスは行ってしまった




