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「……進捗はどうだ」
「六割強といったところだ」
「十割はありえないが、最低でも八割は超えさせたいところだな」
「目標の進路は?」
「青を目指しているようだ」
「ならまだ余裕があるな」
「ああ、"そんなもの"は役に立たないからそれで気付かれることもないだろう」
「だがいつバレるとも知れん、そうなれば準備不足でも一気に畳み掛けなくてはいけなくなる」
「そうは言うが青の実際の座標はとんでもなく遠い、本来の座標周辺を囲わなくては青で戦り合うことになっても仕込みは殆ど役に立たんぞ」
「分かっている、それに今準備しているアレも、魂に刻むものではないから目標の手に掛かればすぐさま無効化されてしまう、発動すれば一瞬だが事前に気付かれれば反故されるだろう」
「実際、どの程度なんだ?」
「通常なら接触しないと能力は効かないがアレから受肉しているのなら能力の変化や上昇は著しい筈だ」
「単純に相性の良し悪しもあるだろうな、上昇率はそれでかなり違ってくる筈だ」
「だが伸び止まりも相性次第だろう、なんにせよ、勝算のある内に仕掛けねばならん」
「――ああ」
*** *** ***
「はぁぁ~、あれが水の海だべか、きれぇに線ば引いだみでぇだなや」
「あの水の海は、実際には此処ではない遠い場所に存在していて、箱の中身を入れ替えるように、本来あの場所にある筈の溶岩の海と交換されているんだそうだ」
「えぇっ?! な、なんで、だれがだすか?」
(……素知らぬ顔して混じってやがるな)
(面の皮が大層厚いようですね)
レプスにねだられ甲板のオープンカフェで水の海を鑑賞しようとしたところ、早速招かれざる客がさも"最初から君達の一員としてここに居ました"とばかりに会話に滑り込んできた
勇人は、若い頃はスーパーの特売争いに入っていけないのにおばさんになると勇ましく敵(主婦たち)を蹴散らして戦利品(特売品)を掻っ攫っていく女性を連想する
(男でも女でも年取ると図太くなんのかな)
(貴女は素質があると思いますよ)
(……)
勇人は無言でジョッキを傾けた
「その昔、魔導師が占術師たちの声を聞き入れ、彼らの安寧の地とする為に隔絶したという伝説だ」
「まどうし……お、わだす、わだす聞いたごとあるだなす、この世にはたっだ一人、神さまば凌ぐすんげぇお人ばおっで、気分次第で国ば滅ぼしたり人ば救っだりすんだっで」
「魔導師の伝説を知らない者は殆ど居ないだろう、架空や偶像の存在とするには、あまりにも不可思議な痕跡が世界中に残っている、この水の海のように」
その凌がれる神というのも曖昧だ、生き神なのかそれとも自称神なのか はたまた他称神なのか
日本では自然現象が神の御業、あるいは神そのものとして伝わっていたりすることもあるので その定義はなんとも曖昧なものである
人間や自然現象だけでなく、力の強い精霊や竜種などの長命種も神呼ばわりされるのでなんとも言い難い
それらを総じて凌ぐのか、それとも単なる誇張なのかは少なくとも勇人には判断しかねるがこういった溶岩の向こうにすっぱりと切り分けられたような水の海だとか、シリウスの三つの眼のことを思えば、そう伝わるだけのものがあるんだろうな、というところだろう
名乗られたわけではないので確証は無いが、シリウスの眼は三つともその魔導師に与えられた……否、押し付けられたものだ
今のところメリットだけでデメリットが発生していない為にシリウスはそのままにしているが、多分、この男は不都合が生じた瞬間に眼球を抉り取るだろう
既にこの三つ眼の状態が正常なものになっている以上、抉った後は癒すこともしない筈だ、癒せば恐らく押し付けられた眼球がそのまま再生する
(まぁ抉ったところで能力が無くなるか、っつったら無くなんねぇんだろうけど)
(でしょうね)
将を射んと欲すればまず馬を射よとばかりにレプス懐柔に掛かっているラドゥを眺めながら勇人はほのかに香りはじめた潮の香りを感じ取っていた
この男自体は悪い人間ではないのでそのまま放置しているが、レプス自身は多分無意識なのだろうな、と推測する
年齢的に言ってラドゥはレプスの父親とあまり変わらないだろう
普段は綺麗さっぱり忘れ去っている様子だが、長年虐げられていたわけでもなく母親を失ってから突然に極短期間での豹変となれば、本人は意識しなくても多少なりとも未練が残っているのかもしれない
そのことにレプスが気付かずにいてくれれば、と思う
気付けば、距離を置き、心の傷を自覚することになる
このまま気付かずに、自覚も無いまま自然に癒えてくれれば勇人としては言うことは無い
(時間薬に頼るしかねぇよなぁ……)
カウンセラーでもなんでもない身の上としては時の流れに期待するしかない、第一、メンタル面でどうこうしてやれる程 器用ではないのだ、下手に触って障りが出ても洒落にならない
傷が深くなったら目も当てられないだろう
(人それぞれです、彼女の場合は霊とはいえ母親が傍にいるだけ遥かにマシでしょう)
(まぁな、それに踏み込める領域でもねぇしな)
レプスが根を下ろす場所を決めるまでに少しでも傷が小さくなればいいと願うばかりだ
何時までも、こうして傍に居てやれるわけでは無いのだから




