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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
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37/144

06

 ざっざっざっざっ



(あ、こごでも色墨がしっがり流行っでるべな……)



 レプスは視界を素早く通り過ぎていく人々の腕を見て思った

 そろそろ支えられた腹回りが痛くなるかと思ったが、癒されているのか一行にそういった気配は無い



「待ってくれ、本当に聞き覚えたことがないのだろうか、よく思い出してみてはくれまいか」


「ありません」


「ではこれを見てもらえないだろうか」


「見ません」


「うーん、どこにでもストーカーはいるもんだな」


「黙っていないと舌を噛みますよ」


「わかったわかった」



 何時も通り片腕に勇人を抱え上げ、もう片方には小脇にレプスを抱えたシリウスは、競歩……というか強歩で突き進む

 その勢いはかなりのもので、気付いた人々は無意識に慄くように端に寄り、さながらモーゼの如く人の海が割れた

 シリウスは種族は兎も角として平均より背が高く、当然それに伴って足も長くそれに見合った歩幅があるのだが、そのシリウスの強歩を苦も無くストーカー……ではなく男が憑いて、否、付いてくる


 男は壮年ほどでシリウスよりも上背があり、横幅もがっしりとしている、髪が短く腰に剣を下げていることから、シリウスの肩越しにそれを見た勇人はこの男を傭兵の類いではないかと推測した


 そして何よりも、顔つきがややシリウスに似ている


 親戚だと言われれば そうだろうなと思ってしまう程度の顔立ちをしており、男は この名前に聞き覚えが無いかと、誰かの存在を前提に此方に迫ってくる

 シリウスが面と向かって切り捨てもせずただ逃げ回っているのはその所為だろう


 要するに、面倒ごとを避けているわけだ


 シリウスの足なら振り切ることは簡単だが、ここは船の整備や乗換えの為の島であり、島の大部分がそれらの施設と港になっていて他には市場と船を待つ客の為の宿泊施設などが主となっており他に行くところなど無い

 島の中心部には多少の山河があるが大した獲物は無く、この島を出る為には行き先が何処であろうとも結局は乗船の為にこの港に戻ってこなければならなくなる


 子供の頃のように幻覚作用のある植物を使うとしても、周囲に聞き込みをされることを考慮して島全体を、となると効果の方向性は兎も角として影響力が大き過ぎ、下手をするとシリウスが討伐対象になってしまうだろう


 一時的に撒いたとしても乗船下船手続き所で張り込まれる可能性が高く、乗船手続きすらできなくなることを考えれば、隠匿系の術を使うわけにもいかない


 この男が敵対する存在であったなら、その対処は情け容赦の無いものを選べていただろうに、幸か不幸かシリウスは義母親の躾けが良く行き届いており、それは受けた教育に反することになる


 強歩はどんどん勢いを増した



「あー、おら、シリウス、シリウス」


「……なんですか」


「飯にしようぜ」


「腹は空いていません」


「でも腹が空くと怒りっぽくなるって言うだろ、それにこのまま午後の出航まで島中練り歩いても どうせ船まで付いて来るぞ」


「……」



 むっと眉根を顰めたシリウスは、唐突に立ち止まりレプスをすとんと下ろす

 そこへ男がすぐさま追いつき正面から顔を見ようとするが、シリウスは顔を顰めたままつんと顔を逸らし、反対側に回り込まれるとその反対へと顔を逸らし、不機嫌を隠そうともしない



「食事か、友好の証に私がもてなそう」


「いりません」


「普段なら兎も角、今は止めた方がいいな、喰い潰されるぞ」


「なに、こう見えても懐はしっかりと潤っている」


「不特定多数が居る場所でそんなこと言うもんじゃないぞ」


「気が急いてしまっているようだ、忠告を感謝する、貴女はしっかりしたお嬢さんのようだ」


(お嬢さんじゃないんだが……)



 まぁ、些細なことを気にしても仕方が無い、男だと言っても、もう心だけなのだから……うぐぐ





*** *** ***





 ぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅ……



(ぁあ~、すとれすたまっでるべな)



 勇人とシリウスに付き合って、ストレスという単語を覚えたレプスである(えすえむの意味は未だに教えてもらえない)

 言語野の発達は知能向上に繋がる、どんどん覚えるべきだろう

 そんなある意味英才教育中のレプスは当たり障り無くを心掛けつつ黙って屋台飯を食べながら勇人たちを観察する、沈黙は金である


 そのレプスの視線の先で無言でぷにゅぷにゅしているシリウスは、露骨に嫌そうな顔をしているのも面倒になったのか何時もの無表情に戻ってはいるものの、気配は物凄く圧迫感が増していた

 顎は勇人のつむじでごりっごりにぶいぶい言わせており、顔の向きは明後日であるがその表情は完全に"無"、近寄り難い雰囲気ぷんぷんである


 その上ぷにゅぷにゅふにふに、営業妨害の懸念があるため元から閑静な(つまり寂れた)店を選びたかったが、島の特性上、そんな店は存在しなかった


 ここは市場と屋台が混在する広場の中央であり、テーブルとイスが幾つも立ち並んでさながらフードコートである

 まぁ、店舗を構えるのは相当な負担のため、こちらではこういった形式が一般的であり、何ら珍しいものではない

 飲食系の店舗を構えるのは土地が余っている地方か、もしくは宿を兼ねた食堂くらいであり、後は経済規模の大きな都市部に多く、大概はこのような屋台が市場に混在している


 店舗が必要なのは(高級な)服飾店だとか(高級な)武具防具店だとか(王道の)宝飾店だとか、例え一品だけであろうと盗まれたら単価が痛いものを扱っている店が殆どだ

 後は店舗という名の風通しの良い掘っ立て小屋で武具防具農具古着等々(取り扱う商品の九割九部九厘が中古)が扱われる他は大体天幕か屋台、露店である


 つまり、何時ものように風通しが非常に良く晒し者状態なわけだ


 その結果としてミステリーサクルは何時にも増して大きくなっており、テーブルの稼働率は著しく低下しているものの、立ち食い客は増えている、トコロテン風に(屋台や露店の売り上げ自体が上がったワケでは無く、寧ろ売り上げ自体は下がっている)

 そして皆 遠巻きにこちらを警戒しているのが丸分かり状態

 閑静な店舗なら被害は少なかったが、このような場合 被害は拡大し、店舗という名の壁が無いので営業妨害力は無差別に波及し鰻上りだ



「青年よ、気持ちは分かるが時と場所を選んだ方がいい」


「……」



 三つの眼がぎろりと男を捕らえるが、男の眼はどこまでも穏やかである

 まるで人生の先輩男子として息子や甥っ子を見守るような、そんな暖かい眼差しである、うぜぇ



「貧乏揺すりや中高年男性の無意識な股間ふにふにと一緒だ」


「「!!」」



――ぴしゃーんっ ごろごろごろっ!!


 まるで落雷を受けたかのように勇人とレプスに衝撃が走った

 あっ、あぁーっ、そ、そうだ、近所のアウトローなじいちゃんが手持ち無沙汰で超リラックスしてた時なんかによくやるわソレ



「……ぁあ、なるほ、痛ってっ、痛ってっ、痛いって!」



 でもシリウスは止めなかった、そして余計イラついたのか勇人のつむじへの圧が増した

 ぷにゅぷにゅは勇人も同罪である、ギルティ

落ち着くらしいですね、他人事ですが


男の外見年齢を中年→壮年に変更しました

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