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「あ、まただべ」
出発から八番目の港に着いた一行が倉庫充実の為に船を下りると、レプスがさっそく行き交う人々の腕や手に見慣れたものを見つけた
最初に寄航した港で見た色墨を使った紋だ、レプスが"また"と言うだけあって、これまで寄航した総ての港で流行っており、見たところどうも流行っているのは若い女性だけでなく、男女共に年齢層も幅広く流行っている
レプスが最初に見た華を模したもの以外にも武具や農作物など男性向けのモチーフもあるからだろう
それにやはり数日で消えてしまうというのが強みだ
ずっと残るとなれば良いものであろうとも後々飽きてしまったり別のものが良かったなどと思ってしまった時のことを考え多少悩むが、数日で消えるのならばその辺りのことは障害にはならない
港で見ただけで後は狩りの為に山河くらいしか行っていないが、港だけで流行っているなどということは恐らく無く、大きな都市部でもほぼ確実に流行しているだろう
「あぁ、まぁ流行り廃りなんてそんなもんだよ、俺らが乗ってきた船や別の船なんかが、これは今流行りの~って広めてくんだから どこでも似たようなものが流行るのはしょうがない」
「カミシロさまの言っでる事さ聞いでっと、流行っちうのは流行らせたいもんば吹聴しで回っでるみてぇだべな」
「なかなか鋭いぞレプス」
「ふわっ、褒められたべ!」
「ほら、前見て歩かないと危ないぞ」
「はいだす!」
レプスはシリウスが勇人を抱え込む理由をレプスなりに察して以降、どこへ行くにも露払いよろしく先を歩くようになった
背後にはシリウスがいるので自分が前に、と本人なりに護衛のつもりなのだろう
元々、レプスにとっては珍しいものが多くあれもこれもと視線が定まらない彼女がそんな風に変えた行動は特に勇人に違和感を感じさせるようなものでもなく、シリウスは気付いてはいたがわざわざ勇人に教えるようなことでなし、前に居ようが後ろに居ようがシリウスの能力であれば差は皆無な為に特に改まって言うべきことでもないと気にも掛けない
「これと、あとこっちも、それもください」
「まいどありぃ!」
何時ものように、港に降り立ってすぐ現地の地図を購入した後、一箇所では賄いきれないミルクや卵、加工品などを各店を回って分散して注文しつつ屋台の肉料理や魚料理を一通り買って味を試していく
「この魚、えれぇ油ッ気だべ」
「鮭に似てるな、これいいな、これ捕まえるか、何て魚だっけ」
「シアケです」
「あぁ、うん、そうだったそうだった……狙ってないよな?」
「狙ってません」
「えー……あー……じゃあ、狩るものリストに鮭……じゃなくてシアケ追加で、他は?」
「この鶏肉が旨がったべ」
「ロコですね」
「んじゃロコ追加な、後で肉屋や魚屋に行って生息地教えてもらったら地図に書き込むとして……野生の方が個体は大きいんだろうが味はどうしても栄養状況から家畜に比べて下がるのは仕方ねぇよな、まぁ味は俺らの腕でなんとかするしかない」
「味は全然問題ねぇだす!」
「そっか? でもなぁ……」
「日本人は食べ物に関して妥協点も心も狭いですからね」
「いいだろ別に、美味いモン食えりゃそれに越したことはないし」
「……あの倉庫の中さ牛とが鶏とが飼えないんだべか」
「んー……飼えないこともないけどちょっと現実的じゃないなぁ」
シリウスの食べる分を賄える牛や鶏となるとそれなりの頭数になり、そうなると飼育の為の広さや環境は兎も角として それ以外の世話が大変なことは間違いない
素人飼育でどこまで味を向上させられるかは怪しいが飼育自体は頑張ればまぁいけないこともないだろう、だがそうなると、それ以外の食事の為の調理時間だとか編み物だとかそういった時間はキレイさっぱり吹っ飛ぶことになる、まぁつまり平たく言わなくとも本末転倒だ
「時間の経過と共に増殖するあの道具が欲しくなりますね」
「あー、この前 英人が青狸の再放送見てたもんな……あんのか?」
「あります」
例の通販である
「あんなら早く言えよ!」
「七千億です」
「……」
勇人はどこぞの深窓のご令嬢のように気が遠くなった
「……なんだそのかかくせってい」
「恐らく、我々のような人間対策でしょう、あの調理環境を揃える人間となると多少高価なものでもさして苦労せず買うことができるでしょうから、それに何も増やすのは食べ物とは限りません」
物騒なものも増殖できるだろう、とシリウスは暗に仄めかす
「……はぁ~、むかつく、むかつく、むかつく」
自棄食いよろしく、勇人は試食用に買った屋台飯をシリウスの口に次々と突っ込んだ
「長期計画で貯金しますか」
「する」
諦めきれない
そんな勇人たちの姿を見てギリギリ歯軋りする姿があった
「……羨ましい、なんだあれ、俺も番にあーんしてほしい」
「泣くなよ、仕方ないだろ、そもそも女が殆ど生まれねぇんだからよぉ」
たまたま居合わせた竜種である
竜種は他の亜人種に比べ長命の所為か出生率が元々低く、その上ここ数百年は雄ばかり生まれており、雌は殆ど生まれてきていない
いくら竜種が長命だと言っても、雌が生まれるまで待ってもその間雄は生まれ続けるわけで、当然のことながら差が埋まるわけも無く焼け石に水状態だ
しかも相手を選べる権利は雌にあり、番という本能故に一妻多夫は出来ない
前途多難である
そしてそんな涙に暮れる男たちを気の毒そうに見る者の姿があった
「……あの人 涙で顔がぐちゃぐちゃ……誰か親しい人でも亡くなったのかな」
「やぁだ、あんた知らないの? あれ竜人よ」
「竜人? へぇ、見た目そのへんの亜人と変わらないんだね」
屋台の売り子である
「まぁ竜の姿でうろついてると彼らの故郷以外じゃ色々と不便だからね」
「ふぅん、それで何で竜人だとあんなに泣いてるのが不思議じゃないの?」
「ああ、ほら、竜人って女が極端に少ない人種なのよ、で、あっちのお客さんがほら」
「らぶらぶね」
「そのらぶらぶ? ってのは聞いたことないけど意味はだいたい分かるわ、そのらぶらぶってのを見せ付けられて我が身の不幸を嘆いてるわけなのよ」
「へぇー、竜人って暖かい地域に国があるのね」
「あれ、国の場所は知ってたの?」
「んーん、全然、でも女の人少ないんでしょ? わたし亀飼ってた従弟から聞いたんだけど、爬虫類って卵が置かれる環境の気温によって性別が偏ったりするんだって」
「かめ? はちゅーるいとか……なにそれ」
「あ、そっか、えっとね……」
その時、売り子たちを影がぬっと覆った
「娘さん、その話、俺達にも聞かせてもらえないだろうか?」
「ひぃ?!」
噂の竜種の二人組みである
「大丈夫大丈夫、獲って喰ったりしないから、俺ら凄く紳士だから、多種族の女の子に食指が働いたりとか世界が滅んでもできないから」
「いやちょ、ど、どこつれてくんですかちょっと~っ?!」
こうして屋台飯に夢中の勇人たちの斜め前方ではちょっと趣旨の違うナンパが発生していたが、シリウスは特に問題と見做さずそのまま黙殺した
大丈夫、問題など何もありはしない
最後、竜人にナンパ(比喩)されてたお嬢さんの話は続きません
短編用に考えてたネタでして、いつまで経っても纏まらないのでとりあえず供養に……




