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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
選びし道行き
31/144

Ex

「……あぁ、もうそんな時期でしたか」


「一年ぶりだな、占ってもらいに来た」


「今回も今まで占ったことが無く先入観も無い者に?」


「ああ、誰か一人でも占える者がいるかもしれない、そうだろう?」


「……ええ」


「忙しい時期にすまないが私もあまり自由がきく身ではない、二~三日中に頼む、人数は問わない、都合のつく者でいい、連絡を貰えれば私から赴こう」


「心得ております、暫しお時間のご猶予を戴きたく」


「勿論だ、連絡は何時も通りで」


「はい」



 小姓の見送りで堂舎を出た男は預けていた剣を受け取り剣帯に取り付ける

 淀みなく取り付ける手は手馴れたもので、節くれだち、剣が単なる飾りではないことを示していた


 暫し歩き、堂舎の影を出たところで僅かに振り返る

 背後に沈み行く茜色の空に半ばを染められた、本来は純白の筈の真っ赤な堂舎

 巨大な建造物の影は深く、濃く、赤と交じり合って何ともいえない仄暗い不気味さを煽る



(まるで悪魔の居城だな)



 清廉なものが奈落の果てに堕ちた、そんな印象すら覚える、占術師たちが拠点にしているというだけで宗教染みたものではない筈なのだが、占術師という特性上 彼らは神聖視される傾向が非常に大きい

 この堂舎は寄付されたものだという話しだったが、寄付をした者は恐らく そういった眼で彼らを見ているのだろう


――おぞましいことだ


 途中、路上で籠を下げた痩せ細った子供から焼き菓子を半銅貨(銅貨を割ったもの)で買い取り、それから五枚の銅貨を全部別の場所に隠すようにと密かに与えた

 痩せて薄汚れても子供の目はぎらぎらと強い意思を露にしていたから、いずれ自力で這い上がるだろう


 宿に戻りはしたものの、これと言って特にすることがあるわけでもなく、惰性のままに窓の外を見下ろす

 眺める四角く区切られた向こう側は、そろそろ日暮れだが来たる祭事の準備の為か慌しく人々が行き交う活気付いた様相を男に見せた


 気分が高揚しているのか、路上には酔っ払いや ならず者の姿が少なからずちらほらと目立つ

 行き交う人影はそれらを避けて通るが、そんな当然の自衛行為すら許せないのか難癖を付ける姿すらあった



(平和なことだ)



 先程路上で購入した焼き菓子を割り砕き、脅える若い女を囲っているならず者達の頭に一欠けらも外さず均等にたっぷりと投げつけてやる

 小さく砕かれた焼き菓子が頭に載っても血の気が多く愚鈍な男達がそれに気付くことは無かったが、虎視眈々と獲物を狙う鳥達の眼は釘付けにして逃すことは無かったようだ



「うわっ?! んだこのクソ鳥が!!」


「やめろこのっ、ぶっ殺すぞ!」


「痛っ! あっちへ行けこらっ!!」



 男達の注意が逸れた時、機を逃さなかった娘は四角い窓の向こうの救い主に気付くことも無く逃げていく


 間も無く耐え切れなくなった男達も鳥達に執拗に追われながら散り散りに逃げて行き、娯楽を失った男は、至極つまらなそうに焼き菓子を齧り酒で胃に流し込んだ


 独りこの地を訪れ、この宿に泊まり、こうして窓の外を眺めるのは果たして一体何度目か……


 二日後にはやはり、何の手掛かりも得ることができず、男は帰りの船に乗っていた




*** *** ***




 船縁で生温い風を受けながらグラスを傾けて酒を呷り、考えるともなしに変化の無い遣り取りを思い出す



『これは本人ではなく その近親者の若い頃の姿だ、本人のものではないがこれで充分事足りる筈だ』



 立体投影された姿を見せられた占術師は、提示された姿をじっと見た後ゆるゆると眼を閉じ、暫しの沈黙の後、ゆっくりと首を左右に振る



『当人か、もしくはその極めて近しい縁者が、過去か現在、或いは未来にあの御方から色濃く影響を受けており、そのお方を視ることができません』



 いつも、いつも、似たような事を言われ、その内容に変化は無い


 "あの御方"……列国最高の魔導師とかいう眉唾物のアレの話は、どの大陸でも通じないことなど無い

 どんなに離れた大陸でも通じるそれは"列国"だなどという卑小な規範に果たして収まるものなのか?


 ただの偶像であればどんなにか良かったことだろう

 だが、各地に証拠と共に残る伝承がその存在を確かな現実として逃避することを許しはしない


 そんな化け物の影響を当人か、或いはその極めて近しい縁者が色濃く受けているというその言葉は、ありがたくないことに何度聴いても腹の底を冷やし、たっぷりと重くしてくれる


 生きているのか、それとももう……

 それすらも、分からない、死んだと確定したわけではないと今年もまた訪ねたが、たとえ死んだとはっきり言われたとしても、次にはその遺骸を見るまで彼らは信じない筈だ

 否、遺骸を突きつけられても、それが求めた者ではない証拠を探しはじめるに違いないだろう



(どこにいる、二人が泣いているぞ……)



 懐から魔具を取り出し、そっと開く

 すると男性の胸像が立体投影された


 何かの式典の際の記念品なのか、映し出された その装いは貴族然とした、それも軍人のもので、その容姿に至っては、髪も眼も色が違いはするものの



――シリウスに生き写しだった

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