07
「お嬢さんどうだい? 幸運の導だよ」
「あ、えっど、遠慮しどくだす」
「そうかい、気が向いたら言っとくれ」
露店で菓子を買ったレプスは道すがら露店商に声をかけられながら勇人たちの下へ戻るが、それまでは数歩歩く度に声を掛けられていたのに、勇人たちの待つテーブルに近づくとそれらはピタリと止んだ
レプスにとっては既に馴染みの光景でも、やはり女の胸を公衆の面前で女本人と男の二人掛かりで無心にぷにゅぷにゅしているのは近寄り難いらしい
「また声を掛けられただす」
「んー……」
勇人は生返事だ、あの占い師(に憑依した誰か)と分かれたすぐ後、ギルド窓口で何かを調べ、それからずっと何かを考えている
女神さまの思考を遮ってはいけないと、レプスは人間観察をすることにした、霊体の母と話しをするにしても、最近 なんとなく心を許して近寄ってきてくれるようになった小さな存在にしても、どちらも一般的には見えない相手なので、人目の在る場所で相手をするのは厳しいし、シリウスに至っては問題外だ
それは言うまでも無く話しが弾むどころか、会話のボールがぼてりと落ちてそのままどこかに転がっていってしまうからである
一応、シリウスは少し離れた露店に向かったレプスを密かに護衛していたのだが、密かなので彼女が気付く筈も無い
というか感知能力の高い者でもそうそう分からないだろう、同じ能力者だとしてもシリウスは破格だ
ここはギルド窓口からそう離れていない場所に位置し、あちこちに露店が立ち並ぶ幅広の往来の真ん中に幾つもの席が設けられ、レプスたちはそこに相変わらずミステリーサークルを築きながら腰を落ち着けている
焼き菓子をさくさくと堪能し、ささやかな贅沢に悦を感じつつ活気在る人々の営みを眺めること暫し、先程レプスに声を掛けてきた露店商が売り上げにありつけたようで満面の笑みで接客しているのが目に付いた
足元に置いた箱の中から木製の判を取り出し、彫刻面をさっとひと拭きしてから数色の色墨を塗りつけて客の腕にぽんと押し付ける
客の腕には色鮮やで可愛らしい華のような意匠の紋が現れ、年頃の娘は嬉しそうに、乾くまでは触ってはいけないという店主の注意事項を聞いていた
この色墨の紋は数日で消えてしまうらしく、手軽で値段も幼子が貰える程度の小遣いでやってもらえることから人気があるようで、紋様違いの露店をあちこちで見掛けることができる
値段は安いが回転率が非常に高いということだろう、レプスが見ている僅かな時間だけで、また来たよーお願いー、とか、一度に幾つもやってもらっている客の姿があちらこちらにあった
安いからと用の無いものを大量に買う姿は百円ショップに似てるな、と勇人が言っていたがレプスにはヒャクエンショップが何なのかよく分からず、とりあえず話の方向性から考えて商店のことだべか? などと思いつつ そうだすな、と相槌だけ打つ
臨機応変なスルー能力は順調に上がっている
その当の紋様はシリウスによると、基本構造が三つあり、後はそれぞれの露店の特色で飾り付け補っているらしい
安全祈願だとか無病息災だとかの他にレプスの気になる運気急上昇とか金運満開などの紋様が幾つかあったのだが、勇人は一時的とはいえそういったものは好まないらしくニホンジンにはちょっとなーとか歯切れ悪そうに小さくもごもごした後「俺はいいからレプスやってきな」と言い、レプスはあっさりそれらを相容れない物として配置替えした
――女神さまの言うごとは総て正すいに決まってるべ!
「……よし、取り敢えず生態系に影響しない程度に複数箇所で獲るようにして魚は新巻鮭サイズを一日三食六匹の計算で最低でも六十匹、肉は種類は兎も角ホルスタインサイズを百八十頭分で爬虫類は問答無用で総て却下、ミルクは一ヘクト、卵五百個、後さしすせそを相応量揃えないとな、あと他に何かあるか?」
どうやら勇人の考え事は、乗船中の食材のことだったらしい
(行ぐか行がねか迷っでるんだど思っでただす)
「ヘクトは此方では通じません」
「あー……それについては後で教えろ、兎に角 後は寄航する度にこまめに追加してその都度 消費した分の最低五倍を目安に備蓄を増やす、向こうで買ってたら地域のスーパー全滅で地元民を餓死させかねないしな、っていうか出入り禁止になる、それはまずい」
「食べないという選択肢もありますが」
「生きるってことは食うってことなんだよ、バカなこと言ってないで飯ぐらい温和しく食え」
「――分かりました」
思春期の女の子じゃあるまいしと小言を言う勇人に温和しく諾と答えるシリウスにレプスはとても満足感と誇らしさを感じた、総て女神さまの仰られるその通り、ひもじさは敵である
そんなわけで勇人ら一行は翌朝の出航時間まで市場や山河を廻り食料の調達に励むこととした(シリウスが)
そして翌朝、乗船してきた彼らを見て、ファティニを含め多くの人間が絶叫することになる




