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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
レプスの女神さま
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01

 年若く敬虔でもない神徒レプス

 彼女はその日、確かに神の存在を知覚した






 人はいる、人の気配もする――けれど生命力は希薄だ


 彼女は案内役の白い背中を追いながら、もう何度目かも分からない うんざりとした取り留めの無い思考に囚われる

 結論はでている、けれども考えることを止められないのだ


 早まった、彼女がそう感じたのは此処へ来て一週間もしないうちだった


 ここは俗世と隔たれ、神に従属する者達が集う場所

 彼女は半年ほど前に此処へ来たばかりだが、既に還俗したくてたまらなくなっている――なにせ



(こったらとこさ人間のいる場所じゃねぇべさ……)



 食事がとんでもなく味気ない、まずそれが第一印象だった

 その次の印象は潤いが無い、というよりは和むものが何一つない

 そして――生きている実感が持てない


 同じ神属者でも男女で殆ど交流が無いのは元より、年齢層でも活動域が分かれており、同世代での無駄口は禁止

 特に、家族の話や恋人の話、故郷の話、そういった人の仲を円滑にするような話題が一切禁止されている


 成人してから神属した彼女には息が詰まるとか居心地が悪いとかそんなかわいい次元ではなかった


 ここは死人の住む国だ、そんな風にすら思ってしまうほどに、生命力というものを感じない、そんなところだった


 そもそも彼女がここへ来たのは、信心深いとか誰かの助けになりたいとかそういうご大層な理由ではない


 彼女は商人の娘だった、片田舎の小さな個人商店というには少しだけ大きい、家族経営のわりとありふれた店の娘


 両親と自分、そして婿入り予定の雇い人が一人、そんな店だった


 ……その店も、たぶん今はもう、ない


 彼女の母親はどっしりとふくよかで誰が見ても健康そのもののような女性だった

 けれどあっという間に病に倒れ、三月ももたなかった

 それは衝撃だった、あの強い母が、なんで、どうして、彼女はぐるぐるとそう思った


 だけどもっと衝撃だったのは、母親が亡くなって埋葬したその日の夜には父親が働き手が足りなくなったから、と若い女を連れてきたことだった


 娘である彼女より若いその女は、さも当然といった態度であたかも店の女主人のように振る舞う、それだけでもう、分かってしまった

 一体、いつからだったのだろう、父親と彼女の関係は


――それだけではない、彼女の婚約者である雇い人も、その女に靡いていった


 父と男、二人して店の金に手を出し、競って女に貢ぐ毎日、彼女の制止の声はついぞ届かなかった

 店はあっという間に傾き、父親は娘の名前で金を借りようとまでした


 これ以上は無理だ、彼女は父親も店も婚約者も捨てることにした


 けれども勝手に借金を背負わされてはたまらない

 彼女は神属し、俗世を捨て、新たに名前を賜ることで総ての縁を断ち切った


 心残りは母親の墓だけだ、特定の贔屓が許されない神属では、おかしなことに墓参りすらも許されない

 納得がいかないが、手をこまねいていてはいらぬ苦労を背負うはめになる

 だから、なけなしの財産から墓の管理を頼み、後は碌な身支度もできずに逃げてきた

 勿論頼んだ相手は父親ではない、全くの赤の他人にだ


 身内に墓守すら頼めないなさけなさ、憤り、やるせなさ


 そんなものを感じる余裕があったのは神属するまでだった

 元々けして裕福とは言えない生活だったが、あれは恵まれていたんだと考えを改めるには充分だった


 衣食住は満たされている、身体を壊さない程度には


 清貧を心掛け奉仕に従事し、平和と調和を説く

 贅沢ができないことは分かりきっていたし、覚悟の上の神属だったから それはなんとか耐えた

 けれど、この身を襲う寒さだけはどうにも我慢できないものだった


 確かにそこに居るのに、まるで居ないように振舞う神属者たち

 用が無ければ声を掛けることは一切無い


 相手が上の位ならば頭を下げて礼を取るくらいはするが、同じ位の者にはそれすらもない


 贔屓を生まない為だとは再三聞いたが、挨拶程度で生まれる贔屓とは一体なんなのか、誰も答えてくれそうには無かった


 それでも納得いかないまでも我慢はしたのだ、あの寒さを目の当たりにするまでは


 贔屓を生まないために、情が湧かないために、受け入れた身寄りの無い赤子や幼児を、大して歳の変わらない子供が作業のように世話している姿を見るまでは


 世話が行き届かなくて死んでしまっても仕方がない、そんな薄ら寒い常識がそこにはあった


 ああ、ここには冷たい死人しかいないんだ、彼女はそう悟った



――それからの彼女は、還俗するために耐えた



 模範的な神属者として奉仕に従事し、上位者から使い勝手のいい人間だと認識してもらい、より多く所用を言い付かり"外"へと出る機会が増えるように


 彼女からすれば重用される者がいる時点でソレは既に贔屓だと思っているが、彼らはその矛盾には気付いていないようだった


 だがそれもどうでもいいことだ、外に出て人脈を作り、還俗する

 それだけが今の望みだ


 今のままでは外に出た際に行方を眩まそうとしても、与えられた名に縛られ、結局は自由になれない

 自由になる為には正式な還俗の手続きをしなければならない、そのための人脈だ


 元の名前がある者は還俗したら賜った名前は返上する決まりだ、そこで元の名前にはならず、新しい名前にしよう

 その後は金も時間も手間も掛かるがこの国を出て、母親の骨と共にどこか遠い国に根を下ろそう


 可哀想な子供達のことを想えば後ろ髪を引かれるが、彼女には自分自身すら満足に立ち行くかどうかの力しかない

 此処に残ればいずれ彼女自身も冷たく凍り付いていってしまうだろう


 そんな風に思い詰める程に事態は深刻な状態に感じられるが、実は彼女にとってはそう大したことではない

 そう思い至ったのは、還俗して別の国に行こうと決めた後だった


――ひょっとかすっとおらぁ関係ねぇべか?


 そう、関係ない

 酷い言い様だが、引き取られた子供達の現状は下っ端の彼女にはどうにもできないし、そもそもどうにかしようと思う程の縁も無く、義務も存在しはしない


 精神衛生上受け入れられない環境だというだけで、還俗してしまえば関係ないのだ


 彼女のように人によっては良心の呵責を感じるかもしれない、だが、この国では不幸な者はけして珍しくはない

 彼女は父親は兎も角として母親との仲は頗る良く、それに加えて感傷的になるようなことが立て続けに起こったことで、同類相憐れむように全くの赤の他人の心配までしてしまったのだ


 ただ、それだけのことだ


 完全ではないものの多少なりとも精神の安定を取り戻すと、気持ちは随分と楽になった


 小なりとはいえ商家の娘、流石に天才だなどとは自称できないがその辺の者よりは多少 頭が回る彼女は、白い背中を追いつつも今回の奉仕(という名の給料の発生しない仕事)のことを考える


 なんでも、"探し物"をするのだとか


 何を探すのかはまだ知らない、一緒に探す人物が知っており、彼女は後でその人物から教えてもらうらしい


 しかも、彼女自身は探し物をするわけではないという話だ

 では、一体何のために同行するのか


 彼女自身の任務は――監視、だそうだ


 誰を、勿論、その人物を




 監視が必要な人物と聞いて、背筋が冷えた記憶はまだ新しい

 なんでも、私欲の為に人の道に外れる行いをし、一度は神属を解かれているという話だ


 ……それが、何故、今また神属として探し物をするのか


 その人物は男性で名は"シリウス"と言うのだそうだ

 私語も厳しく制限される生活では、どういった人物なのか噂すら耳に届かない

 彼女が巫女の地位ならば 喩え下位だったとしてももう少し情報を得られたのかもしれないが、彼女はただの神徒だ


 そしてもう一人、そちらの人物は神属ではないらしい、それしか、分からない



「ここだ、君は神殿育ちではないから耐性があるだろうし大丈夫だろう」


「は、はぁ……(耐性?)」



 案内人に促され、凡そ色味というものが感じられない室内へと一歩足を踏み入れる

 そこに居た二人の人物


 ぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅ。


 一人は若い男だ、人種は兎も角として人族だと仮定するのなら背は高い、濃い焦げ茶の長い髪が緩く編まれて背中へ流れており、神属の装束は纏っていない

 よく見る平均的な風貌だろう、ただし、横顔だけの判断だが顔は恐ろしく整っており、違和感を感じる伏し目がちな眼が三つでなければ



――もっと眼は落ち窪んで、髪の色は


(え?)



 男は恐らく亜人種、三つ眼など噂話し程度なら聞いたことがある者は多いだろうが、この辺りではまずお目に掛かることのない種族だ、レプスもその例に漏れず初めて眼にした

 見た通りの性別ならば、こちらが監視対象の"シリウス"で まず間違いないだろう


 ぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅ。


 もう一人は若い女だ、一見して人族なのか亜人種なのかは分からない

 人族と仮定した場合、背は全体的な平均よりやや低く目鼻立ちの彫は浅い、雑踏に紛れてしまえば凡庸な顔立ちではあるが、見かけない人種だ

 やっとなんとか結べる程度の肩ほどまでしかない短い髪を一括りに結っている


 珍しい、"髪には神が宿る"とされ加齢によるものか軍人でもなければ国や大陸の隔て無く長い者は割合に多く、女ならば男以上に災難が降り掛かる可能性が高いため守護を期待し殆どの者が長い

 特にここセラスヴァージュ大陸では神属の勢力が非常に高く、前例に当て嵌まらずに短い髪の者は目立つ


 ぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅ。



「……」


「……」



 ぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅぷにゅ。



「うぉっほん!」


「うおっ?! あ、すんませんっ、おい、シリウスっきたきたっ待ってた子が来たぞっ」


「そうですね」


「そうですねじゃねーよ!」



 ばっしぃ! べちっ!



 彼女たちの眼の前で、無心に"二人掛かり"で女の胸をぷにゅぷにゅ揉んでいたが、案内人が大きく咳払いをすると女の方がいたずらが見つかった子供のように慌てて手を下ろし、未だ手を止めない男の頭をばしっと叩くと、男は女の頭をべちっと叩き返した



(……あ、こりゃぁだめなカンジのやつだべっちゃ)



 もしかして"耐性"とはコレに対してだろうか、レプスはそう思わずにはいられなかった

視覚的セクシャルハラスメントで爆誕

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