07
「ま、家電がどうこうは俺にとってはそんな心惹かれる話しじゃないな」
冷蔵庫も電子レンジも洗濯機も家に置いておくものだ、あんなもの持ち運びできない
先程使ったデンシレンジだって、電気は必要無いが大きさが大きさだ、中に皿だのを入れなければいけない用途からして あの大きさは仕方ないと言えば仕方ないが、それでも手軽に、とは言えないだろう
いくら何でも入る荷袋があっても、見た目の圧迫感はどうしようもないものだ
「それが、縦横奥行き自由自在の家電があったらどうします?」
「なに?」
勇人の目の色が変わる、なんだそれ、尻尾があればぱたぱたふりふりしていたかもしれない
「パソコンのウィンドウのように、自由に縦横の幅を変えることができ、扉を開けば奥行きは無限大です、勿論やろうと思えばこのテーブル大の皿を入れてどんなに対象物が大きくても表層部から中心部まで均一に加熱することだって容易くできますよ」
「なにそれほしい」
家電にはそんなに心惹かれないと言ったのは何だったのか、舌の根も乾かぬうちに手の平が華麗に翻った
「電子レンジだけか?」
「レンジは基本機能の他にオーブン機能だけでなく蒸し物もできます、他にガスコンロのような加熱台だとか冷蔵庫や洗濯機なども勿論存在し、総て自在に大きさが変わります、額縁に入れた絵画のように壁掛けにして使うことだってできますよ」
「値段は」
「最低で一台千五百万からです」
「……だよな、うん、分かってた分かってた」
絶対に千五百万では済まない、貴重な宝石や貴金属を持ち込んで金に換えることは可能だが小粒なもの程度なら兎も角、大金に換える程の物となると目立つどころの騒ぎではない、勿論言うまでも無く必要経費でだって落ちる筈も無い
金の卵を産む鶏と確定されると後々が面倒になる
だから人前で大金を作るなら偶発的な事態によってその場で即座に金にし目の前で使い切ってしまうくらいでなければいつまでもしつこく後を付け回される羽目になるだろう
一度撒いてもそういった噂はどういった経路か不思議な広がり方をし、なかなか消えるものでもなく、欲望というものは時として相手が死神であっても抑えられない者が存在する
一気にテンションの下がった勇人は不貞腐れてジョッキを呷る、しかしちびちびと
最近飲んでいないアルコールが恋しいところだが、ぐっと我慢するしかない
シリウスに代わりに飲んでもらってもいいが、今のところ味を感じはしても酩酊感は共有されないので微妙だ
因みに内臓も丈夫なこの男は一舐めで即死級の酒でも瞬時に分解し殆ど水のようにがぶがぶと飲むので酩酊感を共有できたとしても普通の酒では全く楽しめないだろう
「で? それも義姉婿の作か?」
「いいえ、製作者の銘は"ギメイ"だそうです」
「……ぁー……"偽名"か」
「違和感を感じない方が異常なほどですね」
もう、なんだかなぁという感じだ、なぜこんなにも日本人ばかりが影響しているのか
こんなところで自己主張してどうなるもんでもないだろうに、いや、ただ同族を見つけるにはいいかもしれないが、変な個人や団体さまに目をつけられないのだろうか、と勇人は小市民らしくひやっとする
シリウスの義姉婿のことを考えると、仕組んでいるのは日本人たちよりも寧ろその周囲の人間が面白がってやっているのだろうかとも考えてしまうが、データとしては一件(義姉婿)のみなので平均値が出る筈も無く、そもそも偏見による推測でしかない
「ギルドのタッチパネルモドキとか髪には神が宿る、あと馬……じゃなくて、ぁー」
「馬でいいじゃないですか」
「馬でいいか、馬の獣人とかか」
「タコもですよ」
「タコもか(たこ焼き食いたいな)」
「そうです、翻訳が掛かっている貴女の耳には違って聞こえますが共通語を例に挙げた場合 髪は"ハルス"神は"ルキファ"、ですがこの詞ではどちらも"カミ"と読みます」
読み方も、韻を踏むことも、おかしいのにしっかり言葉は根付いている
「そもそもまんま日本語だしな、っつーかお前のお袋さんも含めそんな日本人多いのはどういうことなんだよ」
「……地理的な問題です」
「え、ここへきて地学の話?」
「日本が丁度 被っているんです」
「は? かぶる?」
「カラーセロファンがあったとします、赤と青の」
「お、おう?」
「この二色の重なっている部分は何色になりますか?」
「紫」
「つまり、その紫の部分が日本とこの星の一部です」
「……まじで?」
「まじです、それも日本列島がそのままの形状で被るのではなく、粉々に砕いてこちらの世界に均一にばら撒いたように散在している筈です」
「ベタ塗りじゃなく?」
「ベタ塗りではなく」
電子レンジモドキなど、交流の無い大陸でも発生するのはこの辺りが原因だろう
それも恐らく、接点は固定ではなく、血液が廻るように常に流動している
「ですから引き込まれるのは日本に存在する生物が多いんですよ」
「生き物って、人間限定じゃないのかよ」
その理屈なら日本にさえ存在すれば、日本人でなくてもいいということになる
そして、ソレは恐らく"正しい"
「ええ、引き込まれた生物が、この星の歪みによって変質する、貴女のように」
地球と重なるこの星は、星自体の発する力が強過ぎ、それによって星の環境も、その地上に生きる生物も、更には空間すらも、周囲を丸ごと歪ませている
その結果が多種多様な人に相当する種族、地球人の理解の及ばない動植物、不可思議な自然現象、そして所謂"魔法"の存在
「地球の動植物に似た獣人や魔獣など、祖は恐らく総てそうだと考えられます、けれど、一番多いのは恐らく日本人の女性です」
「……なんでだ」
「一番初めに引き込まれたからです、その女性を捕らえた男が歪みに影響を与えた、だから似た様な気質の女性に対してこの星は特に歪みます」
「……その男って、誰だ」
問いには答えず、三つの眼がじっと勇人を見据える、"ソレ"が、答えだ
「なるほどな、……で? その情報、……どこから引っ張った?」
分かり易い作り笑いが返される
「っとに、隠し事の多い奴だな、お前は」
「慣れた対応を有難う御座います」
「ドーイタシマシテ」
本当に、隠し事が多い
本人は否定するだろうが、それは不器用ながら俗に言う"優しさ"に相当するものだ
それがたとえ、本人にとって知っておいた方がいいことでも、身の内に置いた者ならば背負い込む
やられた方はたまったモンじゃないが
――本当に、悪い癖だ