06
「そんでお前は疑問が湧き上がって、本を書いたのが誰か聞いたのか」
「そうです、娘婿だと聞きました」
話しながらもその手は止まらず、味が気になる料理をひょいと摘んでは頭上のシリウスに食わせる
お互いに好みの味ではなかったのだろう、まずいわけではなく料理としては当然美味いのだが また食いたいと思う系統の味でもない
しかし勿体無いので残すという選択肢は存在しなかった、皿を空けるのはシリウスの任務だ
代わりに勇人の旋毛に不満が訴えられた、ごりごりとやられるので対抗してひょいひょいと好みでない味のソレを給餌してやる
結局ソレは今現在 味覚を共有中の勇人にとって自爆行為だが、それでもその攻防は続く
男には無駄と分かっていても戦わなければならない時がある、阿呆か
因みに、ソレを見ていた食堂に居合わせた竜種の男はギンギンに血走った眼を皿のようにまんまるくかっぴらき 限界まで膨らんだ鼻の穴からぼたぼたと際限無く出血大サービスしていた、誰が見ても立派な変態です本当にどうも有り難う御座いました!
そして留まることを知らない血流は開きっぱなしの口の中に流れ込み、口の端から溢れ出て顎を伝い流れるがままになっている、えんがちょっ
雌から給餌されるなんて、うらやまけしからん……!
鼻血男の隣の男が、お前には刺激が強かったな、とドヤ顔で肩をばしばし叩いていた、後にこの二人は血で血を洗う殴り合いに発展する、激しくどうでもいい
更にどうでもいい話だが、数ある給餌行動を行う種族に共通するように、給餌するのはほぼ雄であり、されるのは子を孕む前の、もしくは孕んだ、あるいは乳児を抱える雌である
子を宿す為の母体を整える、または胎児の栄養に、そして母乳のために
まぁ多種多様な人種と関わる現代ではそれに情緒的なものも含まれるようになり、愛情表現としての意味を大きく持つ行為としても使われるようになったようだが、基本的にはこの三つの為の行為である
では雌から雄への給餌行動は何を意味するかというと、「子を孕む準備が整いましたのでしっかりお食べになって今夜はたっぷりとわたくしを可愛がって下さいませねア・ナ・タ(意訳)」というわけだ
人目も憚らす、けれど恥ずかしいのか雄の方を見ず俯き加減で(顎で頭を抑えられているせいだが)それでもせっせせっせと給餌行動を続け、雄は「愛い奴め、今夜はたっぷりじっくりねっとり可愛がってやるから覚悟しておけよ、げへへへへ」と言わんばかりに懐に抱え込んだ雌にすりすりと(ごりごりだが)執拗に抱擁している(嫉妬フィルターによる幻覚作用を多分に含んでいるようだ)
経験の無い雄には刺激が強烈過ぎて鼻血を吹く、リア充 爆散しろ
血の涙? 心でたっぷりと流しとるわ……!
「お袋さんの為に探し物をした時、その義姉婿も探したんだな?」
「その言い方やめて下さい」
「当たりだろ」
「……外れです、既に死んでいましたから」
「……そうか」
まぁ四千年前の男だ、それが普通だろう、事実残された手書きの書物も新しく書き直しが必要なくらいの文法をしている
嫁の母親が生まれ変わっているのだから、婿も生まれ変わっていそうなものだが
「婿も何度か生まれ変わって、その度に同じく生まれ変わった母の娘と夫婦になっていたようです」
「ストーカーか」
「娘夫婦は母が生まれ変わるまでは生まれ変わりません、娘は必ず母の娘として生まれるからです」
「……マジでか」
神子は浄化の力を継いでいる、その関係で神子には救われたい霊が集まり、神子が常時耐えている浄化の力の余波によって消えていく
だから娘婿は死んだ後 直接姑には近寄ってこなかった筈だ、まぁ元々彼女は霊を見る能力は無かったようだが
そして姑は術を扱う素質が無く、使うことが出来ない……となれば死後の連絡の手段は無いも同然だろう
では亡くなる前に根本的な対策をとらなかったのは何故か
恐らくソレは浄化の力を変質させないためだ
セラスヴァージュには絶対的に必要なものであり、それを損なうということは多くの命は元より、推測ではあるが大陸自体の物理的な崩壊を招く恐れが在る
溶岩の海の上にただ浮いているだけの大陸だ、そこには絶妙なバランスが存在し、そしてそのバランスは酷く傾き易いものの可能性がある、まさか気軽に実験できるものでもなく、何か対策をとることで偶然にしろ必然にしろその力自体を変質させてしまっては元も子もない
だからこそ大規模浄化を行うのは魔に属する生物の割合がある一定を超えた時なのだろう
そしてある程度減らせば、それ以上は害が無い限り積極的に討伐するということもしない、魔属の増減も循環の内だと考えられる
それを考えると、代わりに力を継がせる"心を持たない物"というのもよくよく吟味して探さなければならないだろう
土の浄化の力については、その点において最も好ましい受け皿が既に手に入っている
残り三つ、当のセラスヴァージュ大陸内で見つけられなかったのは痛い
やはりその土地にはその土地で生まれ育ったものの方が好ましい、そちらは引き続き巫女の手の者が探しているが、未だ見つかる兆しは無かった
「電子レンジ一筋四千年かぁ……」
「一筋じゃありませんよ」
ストーカーの話しはストーカーで終らせておこう、別に凄い人物に昇華しなくたっていい、そんな考えの透けまくりの勇人の言葉をシリウスは拾う、利も害も無いが一致したのだろう
「元からあった冷蔵庫や洗濯機に掃除機・テレビ・電話の改良型、録画機器その他諸々」
「代表的 ザ・家電じゃん」
「シリーズ名は"カデン"です」
「まんまじゃねーか」
洒落ているつもりなのか、真面目に考えてソレなのか、勇人には判断が着きかねた
「っつーか何でお前レンジとか冷蔵庫とか家電事情に詳しいんだよ、興味の無いカテゴリの話だろ」
「閲覧魔具の広告欄に載っていました」
「いきなり現実に引き戻されるな」
広告欄があるのかよ、勇人の顔はそう言っていた
給餌行動についてはテキトーに屁理屈捏ねただけなので現実には当て嵌まらないと思われます、多分、伝わらない☆