01
「……動き出したな」
「あれだけやられた中で能力まで使った後に走り出すとはな」
「中身はずたずただろうに、あの様子では精神汚染も無いぞ、化け物め」
「今更騒ぐことでもあるまい、アレから受肉したんだ、普通の能力者と同じとはいかんことは分かっていただろう」
「そりゃぁな、その為に高い金を払ってこんなものまで揃えたんだ、俺達もただでは済まん」
「ふん、分かりきったことを」
「――皆、別れは済ませたか」
「便所に立つ時だってその都度に別れだと思えと教えてらぁ」
「ぶ、っはっはっはっは! ……泣かせるなバカ野郎、いいか、できれば生かして杭にしたかったがそんな手心が通じる相手じゃないことは確定した、狙うのは脳幹だ、殺す気で行け」
「ああ、即死を狙わなければ僅かな瞬間で術が完成する前にこちらが全滅しかねんからな」
「よし――逝くぞ」
*** *** ***
「ぅぅ……ど……した……」
ぼんやりと意識を取り戻した勇人が、下腹部に違和感を感じシリウスに問い掛ける
癒される感覚が何時もと違う、そう感じるのも無理はなかった
シリウスは今、使えなくなった能力の代わりに髪とは別に身体に残した魔力を使った魔術によって勇人をいつもの様にこまめに癒している
土の能力による治癒は、当人の身体が自ら記憶している正常な状態へと自己治癒を促進させるものだが、治癒術などによる治癒は細胞分裂の促進であり、正しい状態を術者が導いてやらないと傷口が歪に繋がったり盛り上がったりする
この辺りは能力者であっても王太子が自身の身体や王妃に対して失敗したように、未熟な者が癒やすのを優先して正しい状態を無視した場合に同じような結果になってしまう
だがそうした治癒もいずれ体内の魔力を使い切れば打ち止めになってしまうだろう
大気や土地に蓄積した魔素も既に穢れの影響を色濃く受けており、他の術師ならば兎も角としてシリウスにとっては毒に他ならない
「敵です、此処を離れます」
「……んなこたぁ、わぁってんだ、よ、……なんで、ちからをつかわない、やられたのか、はしって、だいじょうぶなのか」
「走ってるんですから大丈夫なんでしょう」
「なんでしょうじゃねーよばか」
ちっともだいじょぶじゃねーじゃねーか、とシリウスの風を受けて乾いた血の跡を弱々しい力で擦り落とす
このまま大陸中を走り回っても穢れていない土地は何処にも無いだろう、恐らく港も壊滅状態だ、大陸外へ出ることは出来ない
怨嗟に塗れた元素を取り込んだことで肉体よりも寧ろ精神に対する汚染が強く、シリウスは先程から破壊衝動が突き上げて堪らないが、そこは周囲に影響力の強い土の能力者として普段から精神制御は強固なものを自身に強いているだけあって我慢強さだけは人一倍強く、今のところはなんとか耐えている……が、こんな状態では当然 判断力も鈍る
それに、ずっとこのまま凌げるものでもないだろう
「てきのしょうたいは」
「さあ? 遣り方が的確ですから、能力者については良く知っているようですが」
敵が対戦国であるのなら、シリウスを無力化する為に最初からこの方法をとっている筈だ
だから相手がオンヴィガンではないことだけは分かっている
シリウスのギルド登録情報には能力のことなど何も記してはいないからだ、同じ階位のアーシャルハイヴの閲覧権限を行使したとしても、書いていないことは知りようがない
それに、シリウスの力を殺ぐ為に大地を穢すには、それ相応の規模が必要になり、膨大な仕込みが必要になる、セラスヴァージュの次の大陸からその兆しがあったのなら、相手はセラスヴァージュに居た時には既に此方を伺っていた、そう考えるのが自然だ
「……とりあえず、ぶきはあんのか」
「剣が一振りです」
「そうか……」
王の護衛である大元帥が佩いていた剣故にそれなりの業物と言えば業物だが、何かの魔法剣というわけでは無い
魔術も使えないことは無いが、基本的にシリウスは医術・隠蔽・空間連結の三種類だけでライター程度の灯りの魔術やコップ一杯分の水を出す術すらも覚えなかった、そんな訳で攻撃や防御の魔術なぞ問題外
興味が無いにも程があるが、逆に義母親や勇人のことで必要がある分野にしか興味が向かなかったとも言える
(おいてけっつっても、きかねぇんだろーなぁ……)
能力は殺がれても魔眼に拠る能力は健在だが、今のは読むまでもなく察したらしい
シリウスの眉間に皺が寄り、勇人を抱える腕に僅かに力が入るのを勇人は感じた
「おこんなよ、ほら、あれがあっただろ、まじょのくにでつくったげっしょうせき」
「あれは当面のバッテリーです」
「つかいどきはいまだろ、どっちみちいまをきりぬけねーとさきなんてねぇんだから、はらくくれ」
この場を切り抜けるまでは、あの月晶石は勇人を治癒する為に小出しに使うつもりでいたシリウスは即座に却下するが勇人は引かなかった
のろのろと、先程よりは力が入るようになってきた手を荷袋の中に彷徨わせ、取り出した月晶石をシリウスの引き結んだ唇に押し当てる
「ほら、あーんしろ、あーん」
今のシリウスでは石を身体に固定したり剣に埋め込むなどという加工は出来ないからこその次善策というやつだ
少なくとも胃袋に納めれば、腹を切り裂かれない限り取り落とすということもない
「たべないならすてるぞ」
それが単なる脅しではないことは、浅からぬ付き合いのシリウスにはよく分かった
捨てられてもシリウスの反射速度なら瞬時に拾うことが可能だが、それをやると後が面倒になることが分かりきっていた為に渋々口を開けば、遠慮なくそこに月晶石を突っ込まれる
ごくりと飲み込みながらシリウスは抜剣し、ギャン! と鋭い金属音を響かせながら剣を薙いだ