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「あ゛ぁ゛ああ゛あぁぁあああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
ああっ
どうして!
どうして!
どうして!
いきているのにっ
おれはまだ、いきているのにっ
どうしてからだがくさりおちる
どうしてからだがくずれおちる
どうしてこうなってまだいきている
たすけてくれっ
たすけてくれっ
たすけてくれっ
どんなにさけんでも
どんなにすがっても
うでにとどまるこううんのしるべは
かれを
かれらを
たすけては、くれなかった
今、戦場を
おぞましい光景が覆い尽くしている
敵も、味方も、関係なく
身体が拉げ、腐り、崩れ落ちる
それなのに、死ぬことすらできずにいる
許されるのか
こんなことが、許されていいのか
いつしか視点は変わり、彼らは自分自身が苦しみにのうたうつ姿を見ていた
なぜこんなことになった
敵の所為か、戦争の所為か、まさか神の所為か
誰でもいい、自分以外の誰かの所為だ
俺がこんなめにあっているのは
ああ、憎い……、憎い……、にくいぃぃいいいいぃいいいいいい!!
誰かの怨嗟が更なる怨嗟を呼び
誰彼構わず恨みの念が吹き出し続ける
いつの間にか自身が死んでいることにも気付かないまま
ただ、ただ只管に、恨みを募らせ、誰かを咒い、魂までもを腐らせてゆく
そうして腐った魂が、その地に縛り付けられ、大地を深く、広く、何処までも、穢していく
「あにうえ……っ、いったい、どれ……ほどの、……ものが、しんだ……ん、で、すかっ」
エルの眼の前で、穢れを受けて力を削がれた、兄と慕う強大な男
その男が、ここまで力を削がれる為には、一体、どれほどの命が費やされ、堕ちて逝ったのか
兵が、国民が、父が、母が、皆、死んだのか、穢れ果てて、死んでしまったのか
血の気の失せた真っ白な顔で、エルはシリウスに詰め寄った
「さぁ……、取り敢えず、貴方の城の者達と、大抵の上位貴族は無事でしょう、腕に色墨をいれていた者は、諦めなさい」
「……ぇ」
色墨と聞いて、エルは視界がぐらぐらと揺れだした
あれが、咒いの核だったのか、幸せを願い、不安を打ち消す為に、道行く者達の腕に見た、願いの象徴が
「いろすみ……だと?」
シリウスを見つけた後、ずっとその後を付いて回っていたラドゥの頭からも血の気が引いていく
船が寄港する度に、何度も、何度も、彼も眼にした
男も、女も、老いた者も、幼い者も、……腕に抱かれた乳飲み児でさえも
その、腕に、身体の、どこかに
ただ幸せを願って……、ただ、しあわせを、ねがって……
それを、最後に無理に力を使った時、一瞬だがシリウスは確認した
色墨を核に、生きながら身体が腐り果てていく、その様を
「お、おい、何のことだよ、いろすみって何だよっ」
産婆助手のラティナは最近よく見掛けるようになった色墨に心当たりがあり、彼らの会話から導き出された最悪の想像に彼女は絶句したが、勇人と同じく元日本人のランヴェルドは刺青になぞ然程の興味も無かった為に気にも留めていなかった
凍りついた空気についていけず、面々の蒼白になった顔を見回すが誰もこの男の疑問に答えるだけの余力が無い
「恐らく、並み程度の巫女や神官では浄化できないでしょう、浄化できる程の能力者はギルドにも絶対的に足りない筈です、依頼しても大国でない限り後回しにされるでしょう、数年か数十年かは分かりませんが力は使わず温和しくしていなさい」
「わかり……ました」
「わたし達はこのまま行きます、ここにはもうマトモな者は残っていません、念の為にこれを持って、貴方達も馬を拾って戻りなさい」
「そんな……コレを渡したら兄上がっ」
ぶつり、と後頭部に纏めてあった編み髪を元から切り落としエルの手の内に捩じ込むと、シリウスは勇人を抱え立ち上がる
腕輪を通して敵兵達を操っていた者も咒いの影響を受けたのだろう、操り主は魂までも腐れて死に、既に連動するように結界は破壊されている
渡された髪にはたっぷりと魔力が蓄積されていた、物心ついた頃からベッドの上の住人だったエルは魔術の勉強もこなしていた、環境が揃えば簡単な治癒術くらいならば使えるだろう
「追わせないように」
「……分かった」
ラドゥに言い含めるとシリウスは壁の一角を破壊して外へと出て行ってしまった
額の第三の眼を隠す為の術も、空間を繋いで地球へ渡る為の術も、あちらで使うことを前提に魔力ではなく四元素を使って成立するように組み上げたものだ、この状況ではもう使えない
出来る事と言えば、これからやって来る"何者か"が辿り着く前に、エル達から出来る限り離れなければならないことくらいだろう
色墨を目にするようになった港は、セラスヴァージュ大陸の次の大陸の港からだった、時期と規模から考えて、狙いはシリウスで間違いない
シリウスが場所を移れば、その後を追ってくる筈だ
後は、どれだけエル達と距離を置けるかが肝になってくる
能力は封じられ、砦を安全に倒す為に穢れた元素を取り込んで無理に能力を使った身の内はズタズタだったが、単に走る程度なら問題ない、他の能力者はどうか知らないが、この男はそんなことは無視して走る
勇人の身体が冷えないように念入りに外套で包み
その呼吸を阻害しないぎりぎりの速度で、シリウスは疾走り始めた