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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
腐り堕ちる(仮題)
135/144

09

 果汁を飲ませた後、途切れがちな呼吸を助ける為に、鳩尾の辺りに手の平を置いて呼吸に合わせてゆっくりと押してやっていたシリウスの手が止まる

 自発的な呼吸が安定したためだろう、後は体力が回復するのを待つしかない


 外套で包んだ勇人を抱き上げて立ち上がったシリウスは、ランタンを頭に喰らって床に蹲り悶絶していたランヴェルドを放置して、いつの間にか解放されていた出入口を出て行ってしまい、助手は灯りを拾い上げて慌ててその後を追う



「時間通りでしたね兄上、こちらの兵力は負傷者はいますが今のところ戦闘不能に陥った者や死者はいません、兄上の方は敵のアーシャルハイヴはどうでしたか」


「既にアーシャルハイヴに足りうるものではありませんでした」


「というと?」



 シリウスの応えに、ラドゥが訝しげに尋ねる



「寄生型の魔具でただの人形になっていました」


「寄生型……それで術のようなものが使えたのか」


「操り手には本来の能力を引き出すだけの腕がありません、次はカミシロを連れていきます」



 次は連れて行くという言葉に、王太子とラドゥは頷くが、助手は言いたいことを飲み込むような顔をした

 そもそも先程も最初は勇人を連れて行く気でいた、しかし土の能力では単純に見たまま聞いたままの情報しか手に入らず、シリウスが直接肉眼で相手を見た時のような情報を得ることは出来ない

 だからこそ、勇人は万一を考えて着いて行かなかった


 勇人と別行動をとっていた時も、勇人の体力がどんどん削られていくのは見ていたが、遠隔での癒やしは直接肉眼で視るのとは異なり精度に若干の差が出る

 一般的な土の能力者はそもそも遠隔での癒やしができないが、シリウスは余程の場合か、相手が特に重要ではない時でなければ遠隔での癒やしは行使しない



「もう行くんですか兄上」


「わたし目当てに、この砦を目指して敵が寄ってきています」


「そういえば、さっきからこの砦の後を追ってきている者達が増えていますね」


「げえっ、あいつらまだ追って来てんのかよ!」


「…………誰だね、君は」



 頭をさすりつつ室内に入ってきたランヴェルドをモロ不審者を見るような眼でラドゥが凝視する、っていうか見るような眼も何も紛うこと無く不審者である



「先程、兄上と一緒に砦に入ってきた人ですよランドゥルーグ殿」


「…………なぜ我が軍の毛布に?」



 ランヴェルドは先程助手が勇人の為に出した毛布に身を包んでいた、やはり面積が大きいとは言え葉っぱ一枚では心もとなかったらしい



「その方は、服を一枚しか持っていない哀れな方なのです」


「いちまい……」


「おいまてまさか葉っぱを服にカウントしてんじゃねーだろうなこのガキ痛ぃってえ?!」



 腰に下げた剣に伸ばそうとした手を王太子のとりなしでおさめたラドゥであったが、ガキという単語が出た瞬間、すかさず王太子の水分補給の為に持っていたゴブレットを投げつけた



「不敬な口をきくな」


「まず口で言えよっ! なんでここの人間はどいつもこいつも先にモノ投げてくんだよ!!」



 不審者には遠距離攻撃が定石である、不用意に近寄るべきではない



「そういえば、先程兄上は物資が置かれた部屋を封鎖していましたよね、どうしたんですか?」


「単なる密談です」


「内緒ですか」


「内緒です」



 隠すこと無く密談だと断言したシリウスが、また砦の外に出る為に部屋の出入口へ向かおうとしたところへラドゥが声を掛ける



「コレを置いていくのかシリウス」


「置いていきます」


「おい、コレってなんだよモノ扱いかよっ!」


「……騒音が酷いのだが」


「口でも塞いでおけばいいでしょう」


「だから何でまず口で言わないんだよ! 静かにしろくらい言えよお前ら!!」



 王太子の集中力を乱さないかと懸念したラドゥにシリウスが最も単純且つ有効な手段を提示すると、頷いて傍の薬箱から包帯を取り出したラドゥの姿にランヴェルドは怒声を浴びせた


 その、直後



「――っ?!」



 砦が戦場の中央を通り掛かった時だった

 がくん、と王太子が床に膝をつき、砦が大きく傾く



「殿下っ」


「きゃぁっ?!」


「うぉっ?!」



 その瞬間、無数に伸びる蔦が王太子たちを室内に宙吊りに絡め取り

 一方で砦は戦場を移動していた勢いを殺すこと無く、傾いた後もそのまま惰性で密林の中を転がりながら進み続け、数キロに渡って樹々を薙ぎ倒した後、漸くその動きを止めた


 蔦がぶちりと切れ、衝撃をやり過ごすことの出来た者達は僅かな高さから床に落ちる



「……ぅ……で、……でんか、いったい……なにが……」


「ゎ……かり……ま……せ……」


「使うんじゃありません」



 全身を襲う強烈な虚脱感と眩暈に耐えながらも周囲の状況を把握しようと土の能力を使おうとした王太子を、ぞっとする程に熱を感じさせないシリウスの声が制す



「あにうえ……でも……あ、……にぅ……ぇ?」



 崩れはしなかったものの横倒しになった室内を灯りが照らす中、常とは違うシリウスの様子に怯えながらも、王太子が声のした方向へ眼を向けると

 ……そこには、その三つの眼から血を涙のように流すシリウスの姿があった


 凝視する王太子の眼の前で、シリウスの口から、ごぷり……と血が、溢れ出す

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