06
(……はぁ……くそ、ホントに遠慮もなにもあったもんじゃねぇな……)
薄暗く所狭しと物資が詰め込まれる その奥まった合間に、勇人はぐったりと荷箱に凭れ掛かるようにして床に座り込んでいた
まださして時間が経っているわけでもないが、体力はどんどんと容赦なく削り取られていく
少しでも体力の消耗を抑えたくて、勇人は荷箱に凭れ掛かったままずるずると床に横になった
倦怠感が身体中を支配し、深々と大きな溜め息を吐く、思考力が低下し、時間感覚も無い
勇人はゆっくりと眼を閉じた
「……カミシロさん? こちらにいらっしゃるの?」
数分後、戻らない勇人を探してラティナが灯りを手に物資の保管室に足を踏み入れる
「カミシロさ……!」
荷箱の影から伸びる足を見つけた彼女は慌てて駆け寄り、診察を始めた
彼女は国王夫妻から勇人の身体のことを予め教えられており、真っ先に下腹部を診る
「ひっ?! な、こ、こんな……!」
*** *** ***
「シャンガルの"隻腕"か、アーシャルハイヴはどうしたのだ」
自身の口が勝手に開き、自分に分からないことを喋りだしたことにランヴェルドはぎょっとする
(なんだ、なにいってる、どうなってんだよ俺の身体はっ)
「……アーシャルハイヴに用でも?」
「無論、用が無ければ口にするわけがなかろう、ユェヴォルグ・ウルなぞ滅多にお目に掛かれん、楽しみにしておったのだ」
「……楽しみ」
「そうだとも、非常に楽しみだ、だから貴様程度に手駒を減らされるわけにはいかんのだ!」
勝手に怒声をあげ、ランヴェルドの身体は眼の前の男に向かって斬り掛かりだす
(何の話しだよっ、俺には関係ねぇだろ?! 駄弁るならテメェらだけで駄弁れよっ、俺を巻き込むな!)
口には出せないながらもランヴェルドは喚き散らし、その思考は支離滅裂になっていった
シリウスが僅かに眼を眇めた程度でも気に障るようで、暴言の内容はだんだんと現状に関係のないものが占めるようになっていく
(なんだその顔は、カッコつけてるつもりかよっ、大体俺はこンなとこに戦争なんてしに来る筈じゃなかったんだ、あんな階段落ちるとかマヌケな死に方する筈じゃなかったんだ! 俺は英雄だとか勇者だとかそーいうモンになる筈だったんだよクソが!)
そして一方のシリウスも、そんなランヴェルドをじっと見ていた
腕輪を中心に肥大化する神経は、腕輪をつけていない反対の腕や両の足先、果ては鼻梁の辺りまで浮き上がり、今日これまでに見てきた中でも段違いの侵食具合だろう
そしてその容貌は肉体的に見れば若そうではあるが、その表情の作り方は老いを感じさせるものだ
恐らく腕輪を介して何者かがその肉体を操っている
神経の肥大化に個体差があるのは、その支配が強いか弱いかの違いだろう
途中視た支配の弱い敵兵は、自ら進んで戦争へと身を投じている者で、支配の強い敵兵はランヴェルドのようにタダ飯だけ喰らって逃げようとした者や怖気づいた者達、どうせそんなところだ
シリウスが確認した思考力の低下している者は、支配の影響が強かったせいだろう
ただ、そんな者達ともランヴェルドは少し違っていた
一目見て手遅れだと判じられる程に肉体を支配されても、その眼だけは挙動不審にぎょろぎょろとあちらこちらへ彷徨っている
だからシリウスは、その頭のなかをじっと覗いていた
(あのままモブ野郎に出し抜かれずに召喚されてたら、ストーカー女に追い回されることも無かったしっ、こんなダサい貧乏男爵の三男になんか生まれ変わることも無かったっ、俺は今でも天乃流星のままチーレム勇者やってたんだ!!)
「……あぁ、なるほど、貴方が」
天乃流星、この男は本来、召喚によってこの世界に渡る筈だった
セラスヴァージュ大陸で神子たちが行う大規模浄化の為に、一時、浄化の悪影響に曝される神子達の心を支える為
神代勇人ではなく、本来ならば、この男が呼ばれる筈だった
なぜ紛い物(神代勇人)にも関わらず召喚が成立したのか、なぜ代用品(神代勇人)で済んだのか
理由はさして難しいものでもない
ルディナ教は、召喚の条件にあれこれと余計なものを付け加え、それによって召喚の術が正しく機能しなかったが、二つの大事な条件だけはそのままだった
一つ、神子たちが好む気質であること
二つ、神子たちの精神依存を受け入れても尚、自身の精神を保つことのできる者
この二つだ
神子の精神を守る為には、この二つは絶対であり、そうでなければどんなに他の条件に沿っていようとも召喚は絶対に成立しない
ストーカーに追い回されて階段落ちで死んだ挙句、うだつの上がらない貧乏男爵家三男に生まれ、前世と現世の著しい乖離の為に随分と性格は捻じ曲がったが、それでも腕輪の支配に耐えて自我を保っていられる程には天乃流星の精神力は強い
だからこそ、この男は神子たちの為に呼ばれる筈だった
「偶には手土産でも持ち帰りましょうか」
「なに?」
腕輪の主からの猛攻を適度な距離を維持しながら、剣を抜くことすらもせず特にこれと言った苦もなく避け続けていたが、腕輪の主が疑問を口にした瞬間には、既にコトは終わっていた
「……貴様、……ソレは」
シリウスの手に掴まれた、髪
……否、頭部の上半分
いつの間に獲られたのか、腕輪の主には、分からなかった
使い物にならなくしてしまわない為に支配を向けなかった脳とそれに付随する眼球は元から使っていなかったが、眼の代わりはちゃんとその腕輪が果たしている
その腕輪でも、見ることができない、一瞬のことだった
掴んだ頭部から、トカゲの尾のように、ずるりとその下が生え、男の身体が形成される
「もしや、貴様が……!」
腕輪の主の前で頭部を掴んだままの手がぱっと開かれ、次の瞬間には形成した男の胸に掌底を叩き込む
「かっは?! っぐ、ぉうっふ、げほっ!」
作られたばかりで機能していなかった心臓に強制的に心拍を与えられ悶絶する男に目を向ける間も無く
腕輪ごとその主は両断された
――見つけたぞ