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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
腐り堕ちる(仮題)
130/144

04

「エルディアル」


「はい兄上」


「貴方が気にすべきは戦況です、"自分の駒"だけを支援しなさい」



 最後の身支度を整えながら、シリウスが王太子を見据えつつ口を開いた



「じぶんのこま……」


「俺とシリウスの事は無視しろってことだ、忘れるなよ」


「ぇ」



 常なら勇人を抱えている腕に、王太子たちの眼の前で蔦が撚り合わさり人一人分程の大きさになったものが抱えられる、撚り合わさったうちの一塊はシリウスの首に腕のように絡みつく

 そこへ勇人が外套を被せて整えていくと、まるで誰かを抱えているようなシルエットになった


 首に回った蔦を覆うことで、後頭部に纏めた髪も見えなくなる

 これで、アーディグレフ・ギアム・レンディオム大元帥と、血を被らないよう外套を頭から丸ごと覆いかぶさって温和しくその腕に抱えられるその妻の完成だ

 こちらの情報がどれ程抜かれているかは分からないが、少しは目眩ましになるだろう


 ただし、馬だけはシリウスに怯えてしまい乗ることができない為に再現率はやや下がるが、そこは諦めるしかない

 魔女の咒いか魔具か何かで馬よりも速く駆けるようになったとか、そのあたりを勝手に脳内補完してくれることを期待するしかないだろう


 問題は、相手方が戦場でアーシャルハイヴ(シリウス)を探し始めることだ

 戦場に姿が見えなければ、砦を総当りで探し始めるだろう



「返事を」


「ぁ……でも、」


「貴方は、何者ですか」


「! ……シャンガル国……王太子……です」


「では、わたし達は何者ですか」


「兄上たちは……」


「貴方が守るべき国民ですか」


「あにうえたちは……」


「答えなさい、エルディアル」


「我が、国が、雇った……外国人、……です」


「雇用契約の中に、その身の保証がありましたか」


「……いいえ、……いいえ、あにうえ」


「では相応しい判断を」


「……はぃ」



 ぐしゃり、とシリウスの大きな手が、耐えるように俯くエルの髪を掻き混ぜるようにして頭を撫ぜる

 十一歳の子供でなくとも、辛いだろう


 だがその判断が彼には必要だ


 血の繋がった親兄弟でも、情を分かち合った伴侶でも、その間に実った子供でも、……その者に、何一つ悪いことなどなくとも

 一を捨て百を救う、そう判断しなければならない



――その"一"が、たとえどんなに大切なものであろうとも



「……もう、着きますね」



 王太子の頭からそっと手が離れていく



「エルディアル」


「……はい、兄上」



 その応えに合わせ、砦が敵の視界に入る直前、王太子によって密林が生み出され、そこへ動きを止めないまま ぐばりと口を開いたように作られた砦の出入口から兵が砦を支える枝からタイミングを測って次々に此方へ階段のように伸ばされる枝を伝い密林へと渡っていく


 中には当然の様に騎馬兵も含まれていた、この馬たちは厳しい訓練に耐え移動中の砦から飛び移るという離れ業をこなす度胸はあるのに、シリウスを乗せる度胸はとうとう得ることができなかった、そんなに怖いか



「少し操り難いような気がします、兄上」


「気のせいです」



 シリウスたちの力は、気の持ちようでどうにでもなる

 確かに、敵は先に部隊を展開し、魔術を封じる措置を施していたようだが、シリウスたちには関係ない

 逆に、気にすれば気にするだけ自分自身に不自由を強いてしまうことになる


 


「後は、貴方次第です、行きなさい」


「はい兄上」



 勇人へと向けられる手の平で先程の種が芽吹き、勇人へと絡みつく

 直後、勇人を置いてシリウスも外へと出た


 遠ざかり森に飲まれるシリウスの姿を最後まで見送ることなく、砦の出入口は開かれた口をばくんと閉じる

 王太子が迎えない限り、破壊しなければ中に入ることはできないだろう


 そして戦場を撹乱するように、これらの砦は動き続ける



「姉上、どこに行くんですか?」


「んん? 内緒だ内緒、気にするな、お前にはやるべきことがあるだろ? 一箇所に集中し過ぎないようにな」


「はい姉上、まんべんなく頑張ります」


「偉いぞ」



 どこかに行こうとした勇人を王太子が呼び止めると、彼女は戻り、シリウスが乱した王太子の髪を整えてやってから側を離れ、同行を申し出た産婆助手のラティナを断って勇人は部屋を出て行ってしまった



「わたくしも、」


「いえ、あー、トイレ……じゃなくて、ご不浄ですんで」


「まあ、失礼しましたわ」



 砦の一階である此処は兵たちを内包する為だけの空間で、兵たちが出撃した今となってはただの何もない空間だ

 空気の取り入れは出来るが、敵の侵入を警戒して腕が通る程の隙間もなく暗いそこは、敵の仕掛けで魔具が使えない為に、予め用意し点々と置いておいたランタンだけが頼りになる


 上の階は物資で埋まっており、更にその上に申し訳程度に空間があり、そこには砦を支える枝が内部にまで侵食し、椅子とテーブルの役割を果たしていた



「殿下、我々も上がりましょう」


「はいランドゥルーグ殿」



 外に集中力を割いている王太子に余計なことを考えさせないように、ラドゥは王太子を抱き上げ、助手を伴って自分たちも部屋を出ていく



(さて……)



 密林に降り立ったシリウスは歩き始める

 既に交戦は始まっており、あちらこちらから金属のぶつかり合う音がするが、訓練が効いているらしく、その戦況は概ね悪くはない

 兵としては、側の樹木や岩土が訓練時とは異なり完全に自分たちだけの味方だという分、遥かに楽だろう



(二十五分……時間を潰しましょうか)

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