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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
腐り堕ちる(仮題)
129/144

03

 決戦の場……と言ってはなんだが、まあ例の"お約束の場所"まで歩兵で四週間というところを、王太子の用意した幾つもの砦に兵力を総て内包し操る樹木によって運ぶことで、その時間は五日と大分短縮することができた


 先に現地で陣取り、こちらに優位になるように駒を配する



「っていうつもり、……だったんだけどなー」


「まあそんなこともありますよ姉上」


「うん、この境地において緊張や焦りが無いのはいいことだと思うぞエル」


「兄上を見ているとそういうものは無くなりますよ」


「だよな」



 少し小高い丘の手前で、砦の一団は進行を止めた

 なだらかだが遠方まで続くその丘陵地帯の向こうが約束の場所だが、エルの索敵によって既に其処には敵の部隊が展開していることが分かっている


 丘を越えれば即開戦となるだろう

 今は兵装や馬装を整え準備を整えているところだ


 此処にレプスの姿は無い、戦場に出すわけではないが連れて来るべきではない

 彼女には、仕事が入ったので依頼品を受け取りに行くのが遅れると連絡をしてくれるよう頼み、後は大公夫人と王妃を労り生活の手助けをするようにも頼んだ

 彼女はもう平穏に生きて良い筈だ、余計なことに肉体的にも精神的にも関わるべきではないだろう


 王太子と側に控えるラドゥの眼の前で椅子に腰掛けたシリウスは、服装が何時もとは異なり、兵装も含め祖父であるアーディグレフ大元帥の軍服を纏い、その腰にも国王の腹を刺して以降 終ぞ返さなかった剣を下げている


 長い髪は、彼らの前で手慣れたように勇人がいつもの様に長い三つ編みにし、三つ編みは後頭部でぐるりと纏められた

 その色は白金、眼は少々濁った紅玉、肌の色は土気色、術によって額の第三の眼を隠蔽した姿は、祖父、アーディグレフ・ギアム・レンディオムの今現在の姿をそのまま写しとったと思うほどになっている

 違いは精々、後頭部に纏められた髪くらいのものだ


 近親者でも、一瞬の判断で見分けることは難しいだろう



「……髪と眼の色を合わせると覿面だな……その剣、使えるのか」


「同じように振る舞うことは可能でしょう」


「……そうか」



 ラドゥの問に、然もない風にシリウスが答える

 元々大元帥もシリウスと同じようにその妻を抱えることで常時片腕が塞がっており、彼は数十年、その状態で戦ってきた、真似ることは苦ではない


 勇人が纏めた編み髪を、解れないようにシリウスが糸のように細い蔓性の植物で絡めて留め、椅子から立ち上がる

 いつもの様に勇人を抱え上げようとその腰に腕を伸ばした時、それは引き止められた



「お待ちになって」



 この場に存在する二人目の女、国王夫妻が雇った産婆の助手である

 勇人を心配し、国王夫妻がこちらへ同行するようにと付けてくれたわけだ……が、



「ちょっと、無視なさらないで下さる?! 聞いていらっしゃるの?!」


「……」



 助手の言葉なぞ歯牙にも掛けず、シリウスはいつも通りに勇人を抱え上げる



「貴方は殿方ですからお分かりにならないのも仕方ありませんが、本来カミシロさんは、このような場所へ連れてきても良い身体ではありませんのよ?! お聞きなさい! せめて此方を向くくらいなさったらいかがなの?!」


「ああ、えっと、気遣ってもらってありがとうございます、ラティナさん、大丈夫です、こいつが出陣する時にはちゃんと此処に残りますから」


「あら、それならいいのですけ、」


「何故です」



 助手が溜飲を下げる間もなく、シリウスが口を挟んだ



「いや、何故も何も、逆に聞くけどお前こそなんでだよ」


「……」


「……あのなあ、支配階級をばらっと相手にすんのと違うだろーが、俺は足手纏になるつもりはねーぞ? 共倒れとか洒落になんねーだろーが、おい眼を逸らすな、こっち向けこら」


「……」



 支配階級をばらっと相手にする、の下りで助手もラドゥも若干青ざめたが、今は構わず言葉を続ける



「何分保つんだよ」


「……」


「な・ん・ぷ・ん・も・つ・ん・だ・よ」


「…………六・七分です」


「アレあんだろ、出せ」


「……」


「出せ」



 勇人はじっと見据えるようにシリウスの視線を捉え、眼を逸らすことを許さなかった

 長い、長い沈黙の後、シリウスが空いた片手の平に種を一粒取り出す



「コレでどのくらい保つ」


「……貴女なら、精々が三十分保てば良い方です」


「よし、じゃあ二十五分以上三十分以内に戻ってこい、早引きと早退は無しだ」


「……」


「返事は」


「……」


「へ・ん・じ」


「……分かりました」


「よし、後で肉じゃが作ってやっから、拗ねんな」


「拗ねてなどいません」


「分かった分かった」


「まったく、やっていられませんわ」



 ストレスのためか、ぷにゅぷにゅやりだしたシリウスから眼を逸しずっしりと重い溜め息を吐く

 六分だ三十分だと、意味はさっぱり分からないが、取り敢えず助手は医療に携わる者として看過できない事態が避けられたことには溜飲を下げた、自ら馬に蹴られにいくなぞ冗談ではない



「よし、じゃあ行くか総指揮官」


「はい姉上」



 返事をした王太子が、丘を左右に回り込むようにして砦を散開させた

 それぞれの砦の出入口には、既に兵が待機しており、戦場に乗り込み次第一斉に散るようにして飛び出る事になる


――開戦だ

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