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いつもの様に勇人を抱え、あちらと地球を繋ぐ虚を抜けたシリウスが、一歩地に足をつけた時、その動きが止まった
「どした?」
「貴女の従姉殿です」
「よし、出直そ、」
「おやゆうくん、おかえり、あんたもね」
「……どうも」
「た、ただいまばぁちゃん、あ、ど、どっか行くの?」
裏の畑の隅に生えた樹の虚から出て早々、戻ろうとした勇人に声を掛けたのはビニール袋を持った祖母だった
二人は数日おきに帰るので、安心しきって特に心配も無く大げさなもてなしもしない彼女は、出迎えもそこそこに畑の中に踏み入ると野菜を見繕って次々と袋に詰め込んでいく
「今日はほら、子ども会でお泊りの日だから」
「あ、そ、そっか、じゃあ聖子と英人はいないんだ、じゃあばぁちゃんこれから公民館に晩飯作りに行くんだよね、で、出直すよ」
「何言ってんだい、お夕飯までには帰ってくるよ、それより四葉ちゃんがね、彼氏と来てるんだよ」
「エ、ソ、ソウナンダー」
既にシリウスから知らされているが、初めて知ったかのように棒読みで驚く
「な、何しにこんな遠くまで来たんだろーなぁ」
「四葉ちゃん結婚するんだって、ご挨拶に来てくれたんだよ」
「へ、へー」
腐女子と百合男子ならお互いの主義主張が反発しなくて丁度いいんだろうな、と大学時代の同期生が言っていたのを聞いたことのある勇人は、あまり理解力が追いつかないまま、そうなんだろうな、と特に驚かなかった
あの従姉と付き合っているのだから、その彼氏もマトモなワケがない、間違いなく
兎も角、めでたいことなのだから、と自分を納得させた勇人は久々に従姉に会うことにした
――二分後には激しく後悔することになるが
「デュッフ! キタコレ☆ お主、パイオツが前にも増してハイエボリューションとかwww お・さ・か・ん・か・よ、ぐっふ!!」
「ごめんねぇよったん大興奮しちゃって、でもホントにおっぱいデカくなったよねーゆぅたん、やっぱ弛まぬ努力的な? 日々の積み重ねが大事なの? 丹精込めちゃってる?」
「k・w・s・k! k・w・s・k!!」
「死ねよお前ら」
スマホとデジカメの二刀流でハイ&ローなアングルを網羅しつつぐるぐると周囲を回るデキる才女系腐女子と、全然悪く思ってなさそうな爽やかな笑顔で毒を吐いてくるどこからどう見ても安牌な公務員百合男子
「おこなの? おこなの? 激おこ?」
「分かんねぇ言葉でしゃ・べ・る・な!」
「腹に力を入れるんじゃありませんよ、この駄馬」
「オウフ、魅せつけてくれるではござりませぬか、見せるではござらぬよ、魅・せ・る☆ デュッフ!」
「みせるみせるうるせーよ!! 何でお前は俺の前だと途端に会話できなくなんの?! 俺に対しても普通に話せよ意思の疎通がで・き・ね・え・ん・だ・よ!!」
「ごめんねぇよったんハッスルしちゃって、あ、でも聞いて聞いて、この前のイベでね、良く売れたんだよ~、ゆぅたんが男体化とフタナリになってシリウスくんにアヘらされてるのがなんとどっちも即完売! 最近のエロ系はフタナリ爆上げだね、ゆぅたん達のお陰で壁入りしたし、ゆぅたんサマサマかな、ボク的にはフタナリは鬼門なんだけど、シリウスくんに妹化してもらった本が結構評判良くってイベだけじゃなく通販も盛り上がっちゃって予約すごいんだよ、次のイベまで間があるのに印刷所もう予約しちゃった☆ 募集掛けてないんだけど売り子サンの立候補も多くってさぁ、あ、ゆぅたん売り子してみる? コスとかどう? ギャップ萌えを狙って姫系いってみる? ボクの推しはねぇ」
「に・ほ・ん・ご・しゃ・べ・れ・よ!!」
ラノベは読むものの同人界隈に疎い勇人は、言われていることの九割が理解できなくとも、なんだか侮辱されているのは察して怒り狂うが、誰も気遣ってはくれない
「あら四葉ちゃん、宗介くんいらっしゃい、勇ちゃんもシリウス君もお帰り」
「あ、お帰り母さん」
「伯母様、お邪魔してます」
「突然すみません」
「いいのよ、遠慮しなくても」
玄関で言い合っているところに母が帰宅し、ころりと猫を被った四葉に勇人はぐぬっと黙り込む、なんでこの従姉はこうなのか
そうは思っても、彼女が猫被りだと両親や叔父夫婦に告げ口したことはない
「あら! 結婚が決まったの? おめでとう! じゃあお祝いしなくちゃね、勇ちゃんご馳走作るの手伝ってちょうだい」
「え、あ、う、うん、おう、お、おめでとう」
「ありがとうございます、ゆぅもありがとう、手伝います伯母様」
「ボクも手伝わせて下さい」
「あら、主役はゆっくりしてなきゃ、待っててね二人共、さあ中へ入って入って」
鶴の一声で全員ダイニングに移動すると、着替える為に私室へ向かう母とは別に勇人はキッチンへ行き、先に準備を始める
せかせかと動き始めた勇人を眺めながら、四葉がぼそりと呟いた
「即行ボテ腹とか、テメェ ヤンデレかよ」
「ヘタすると監禁してたりして、ゆぅたんはよったんの大事な従弟なんだからシリウスくんてば自重してよね」
通りすがる度に勇人の下腹部を念入りに撫ぜるシリウスを見て、四葉は忌々しそうに舌打ちをするが、シリウスは歯牙にもかけない
「……お前、ゆぅにナンかあったらブチ殺すかんな」
言葉は物騒だが、四葉は労るような顔で勇人から眼を離さない
からかっても、ばかにしても、大事な従弟だ
両親が絶対良い顔をしないようなこの趣味と出会って吹っ切るまでは散々心配を掛けた、よっちゃんだいじょうぶ? と、教師の両親に半ば放置されていた自分の頭を小さな手がいつも撫ぜてくれたのだ、年上の筈の自分の方がいつも守られていた
勇人をからかうのは、何も心配はないと元気な姿を見せる為でもある
心配そうな顔よりも、元気に怒っている顔の方がずっといい
ただ、それだけだ